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走馬灯を撮る 再撮影

以前執筆した『走馬灯を撮る』を書き直したものです。
大きな変更点はキャラクターの名前くらいで、ストーリーに変化はありません。
全体的に台詞をすっきりさせたかったのと、今の技術で書き直したらどうなるのか試したかったので書きました。僕的最高傑作なのでぜひ最後までご覧ください。

前投稿したやつ


人物表

白石義博(29・72)写真家
白石雪子(29)白石の妻
ルシエル(110)天使

本文

○天国・映画館・スクリーン8(夜)
誰もいない劇場、中央の席に白石義博(72)が座っている。白石はゆっくりと辺りを見渡す。
ルシエル「いつもここが分からないんだ」
白石が前を見ると、スクリーンの前にはスーツ姿で黒髪のルシエル(110)が立っている。ルシエルの背中には大きな翼があり、頭上には仄かに光る光輪が浮いている。
ルシエル「お疲れ様でした、じゃ素っ気ないだろ? かといってご愁傷様でした、は本人に言う言葉じゃあないよな。……まぁ、いずれにしても、ようこそ。天国へ」
ルシエルはお辞儀をする。
白石「随分と変わった天国だな……」
ルシエル「おぉ、死を受け入れるのが早いね。助かるよ。ここが一番ダルいんだ」
ルシエルはいつの間にか白石の隣に座っている。
ルシエル「天国は想像と違ったかい?」
白石「えぇ……もっと幻想的な場所かと……」
ルシエル「はぁ、君もそれか。まったく、人間って奴らは想像力が乏しいぜ」
ルシエルは呆れた表情。
ルシエル「見ての通り、天国は映画館なんだ。ここではずーっと映画の話をしてるんだ。雲の上、みたいなとこじゃないんだよ」
白石「映画……ですか……」
ルシエル「そ。でもただの映画じゃあないぜ」
ルシエルが座席から立ち上がる。
ルシエル「ここでは君達の瞳を通して撮影された現世の映像を映画として上映するんだ。君達で言うところの、『走馬灯』をね」
白石「走馬灯……」
ルシエルは自身の光輪に触れる。
ルシエル「えーっと……白石義博、写真家、享年七十二。この歳で天国に来れるのは珍しいね。こういうタイプは根っからの善人か、突き抜けてつまんない人間かのどっちかなんだよなー」
白石「……そうですね。人様に見せられるような人生ではないですよ」
ルシエル「心配はいらないよ。私たちだって七十二年分の映画をダラダラ観てらんないさ。君が見せたいって思えるような尊い思い出だけを映画にすればいいよ。それにね」
ルシエルはいつの間にかスクリーンの前に立っている。
ルシエル「たった一度、たった一度だけ人生を再撮影できるんだ。子供の頃に戻って夢を叶えてやることだってできるし、現実では起こり得ないようなファンタジーだって撮れるぞ。私は想像力が豊かだからな」
白石「人生を再撮影……」
ルシエル「そう。ただ、再撮影を行ったとしても変わるのは映画の中だけ。人生そのものが変わるわけじゃない。君がヒーローに憧れて空を飛べるように再撮影したとしても、次のシーンからは何事もなかったかのように記憶通りの人生に戻る。再撮影の影響を受けるのはそのワンシーンのみなんだ」
白石「どんなことでもできるんですか……?」
ルシエル「あぁ。君をスーパースターにだってできるし、魔法が使えるようにも……」
白石「じゃあ、雪を……」
白石がルシエルの声を遮って言う。
ルシエル「……ん? なんだい?」
白石「雪を、降らせて欲しいんです……!」

○芦原大学附属病院・病室(朝)
中央に置かれたベットの上に、入院着姿の白石雪子(29)が窓から晴天の空を眺めている。その隣では白石(29)が椅子に座って本を読んでいる。
雪子「……今日、雪降るってね」
白石「降りそうにないけどね」
雪子「……ねぇ、人生の価値ってどこで決まると思う?」
白石は視線を本から雪子に移す。
白石「……なんだ? どうしたんだ。急に」
雪子「想像してみて。自分が死んだ後、天国で神様から人生の評価が渡されるの。そう、きっと学校の成績表みたいに」
白石は読んでいた本を閉じる。
雪子「自分のことを好きな人の数、嫌いな人の数、叶えた夢の数と、叶えられなかった夢の数。全部纏めて点数がつけられるとしたら、何が一番マイナスになると思う?」
白石「うーん、分かんな……」
雪子「分かんない、でしょ。言うと思った」
雪子が白石の言葉に被せて言う。白石は不満げに雪子を見る。
雪子「きっとね、きっと残した後悔とか未練の数だけ、大きく点数を引かれると思うの。だからさ……」
雪子は白石の顔を見る。
雪子「雪を見たいの。屋上に連れてって!」

○同・屋上(朝)
高いフェンスで囲まれた人気のない屋上。入院着の上にコートを羽織った雪子が車椅子に乗っている。その隣には首にカメラをかけた白石が立っている。
雪子「……で、私気づいたの。つまらない映画が嫌いなんじゃなくて、そういう映画を観た後の映画館の空気が嫌いなんだって」
白石「うん……」
白石は退屈そうに雪子の話を聞く。
雪子「誰かは面白いって思ってるかもしれない空間で、素直に感想が言いにくいあの感じ。あの息苦しさというかさ、そういうのが苦手だって気づいたの。分かる?」
白石「分かるけどさ……。今度は雪じゃなくて映画が観たいのか? また行こうよ。スターウォーズの二作目がやるらしいから」
雪子「SFかぁ。SFも苦手なんだよなぁ。なんか都合が良すぎる気がしちゃって……」
風が吹きつける。白石は寒そうに身体を震わせる。
白石「……雪子、もう戻ろう。こんな話なら中でもできるし、今日は多分降らないよ」
雪子「待って。今日しかないの。今日降るって予報で言ってたの」
白石「雪どころか、曇りもしないよ。元気になったら雪でも映画でも何でも見に行こう」
雪子「待って! もうちょっとだけ……! あと5分……いや、3分でいいから……!」
白石は車椅子のハンドルを掴む。
白石「今は無理できる身体じゃないんだから」
車椅子を動かそうとすると、雪子が振り返って白石の手を掴む。
雪子「お願い。もう少しだけ……!」
雪子は白石に真剣な眼差しを向ける。
白石「どうして、どうしてそんなっ……」
白石の言葉を遮るように、白石の鼻先に雪が乗って溶ける。二人が空を見上げる。雪がしんしんと降っている。
白石「雪だ……」
雪子は涙を押し殺すように嬉しそうな表情で白石を見る。
雪子「……ほらね。予報通り」
白石「……そうだね。予報通りだ」
白石は照れたように笑う。
雪子「ほら、写真撮ってよ。せっかくの雪なんだから」
白石はカメラを構える。
雪子「綺麗に撮ってよ。こんなシチュエーションで綺麗に撮れなきゃ写真家失格だよ?」
白石はフッと笑みを浮かべる。
白石「誰に言ってるんだよ。僕が君を撮るんだ。最高傑作にしかならないさ」
白石はカメラのファインダーを覗く。

○天国・映画館・スクリーン8(夜)
劇場後方の席にルシエルと72歳の白石が座っている。スクリーンにはエンドロールが流れている。
白石「いなくなってから思い出したんです」
ルシエルは白石を見る。
白石「二人で冬の秋田に旅行に行ったことがあったんです。雪子はこんな名前で晴れ女でしてね、旅行中はずっと晴れてたんですよ。その時に私がふと、雪の中の雪子を撮りたいって言ったこと、ずっと憶えててくれてたんですよ。私は忘れちゃってたんですけどね。……いなくなってから、雪を見たがってた理由を思い出したんです」
白石は顔を隠すように下を向く。
ルシエル「……後悔や未練を断ち切るために再撮影する人間は多いが、誰かの後悔を断ち切ろうとする人間は珍しいね。きっと君は、根っから善人だから天国に来れたんだ」
白石「……それは少し違いますよ。これは私の未練と後悔で、その穴を埋めるための自分勝手な再撮影ですから。おかげで……私の心は……幾分か救われました……」
白石の声が少し潤む。
白石「ありがとうございます……!」
ルシエル「……エンドロールももう終わる。 最初に言った通り、再撮影して変わるのは映画の中だけだ。君の人生がすり替わるわけじゃない。でももしかしたら、この映画を観た人間には何かを残すかもしれないね」
白石「この映画を、ですか……?」
白石が隣に目をやると、既にルシエルの姿は無い。エンドロールが終わり劇場内が明るくなる。白石が席を立つと、劇場前方から拍手が聞こえる。
白石「えっ……?」
白石が前を見ると、劇場最前列の席に人影が見える。白石は劇場の階段をゆっくり一段ずつ降る。一段ずつ降る度に、白石の見た目はどんどんと若返っていく。最前列まで降った頃には、29歳の見た目になっている。白石は拍手している人物を見て、涙を浮かべながら息を呑んで微笑みかける。
白石「……君から言わせれば、この映画は少し、都合が良すぎるかな」

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