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プルースト・ヴァン・ヘルシング

人物表

愛染桜史郎(20)ヴァンパイアハンター
槇村一凛(20)愛染のバディ
春日野有彗(36)愛染の上司
岸井(22)ヴァンパイア

本文

○班目小学校・校庭(夜)
愛染桜史郎(20)と槇村一凛(20)が廃墟と化して小学校に向かって歩いている。愛染はワイシャツの上にショルダーホルスターをつけており、両脇に二丁の銃を携えている。槇村はスーツ姿で眼鏡をかけており、腰元には日本刀がある。
槇村「……ん、金木犀の匂いするな」
愛染「うわホントだ。俺嫌いなんだよな。吐きそうになる。ノロウイルスの匂い」
槇村「何だよそれ。結びつかないだろ」
愛染「小学生の頃ノロウイルスに罹ってさ、ずっとトイレに籠って吐いてたんだけど、そん時の芳香剤の匂いが金木犀だったから」
槇村「あぁ、プルースト効果ってやつだな」
愛染「前組まされてたバディがさ、金木犀の香水つけてて最悪だったんだよな」
槇村「この仕事してて香水つけてくるなんてロクなヤツじゃないだろ」
愛染「うん。すぐ死んだ」

○同・廊下(夜)
愛染と槇村が薄暗い廊下を歩いている。
愛染「なー、晩メシどこ行く?」
槇村「今八時半。終わる時間次第だな」
愛染「すぐ終わらせっぞ。カレーの気分だ」
槇村「俺は寿司がいい」
愛染「あー? じゃあターゲットを殺した方が勝ちな。今のうちにトッピング決めておけよ。俺はスクランブルエッグにタルタルソース」
槇村「気持ち悪。何をどうしたらそこに辿り着くんだよ」
二人は化学室と書かれた扉の前で足を止める。
槇村「……いけるか?」
愛染「いつでも」
槇村は目の前の扉を右足で蹴破る。

○同・科学室(夜)
室内は縦に広く、ランタンの僅かな灯りで照らされているのみで仄暗い。室内後方の扉が音を立てて倒れ、愛染と槇村が入ってくる。
愛染「お、いるねいるねー」
室内には十名ほどの人間がいる。十名はそれぞれ目が血走っており、愛染と槇村を見て呼吸が荒くなっている。教室前方には金髪でパーカー姿の岸井(22)が焦燥感を露わにした表情を浮かべている。岸井の口周りには血がついている。
槇村「まだ半吸血鬼状態だな」
愛染「えー? めんどくさ。まだ殺しちゃダメなんだろ?」
槇村「いや、見るにステージ4ってとこだな。もう助からない。俺らを攻撃してくればヴァンパイア扱い。殺しても問題ない」
愛染「絶対攻撃してくるってコイツら」
槇村はスーツの内ポケットから手帳を取り出す。
槇村「っと、我々は夜行会所属のヴァンパイアハンター。貴方達の活動は夜間における治安維持法に抵触していると判断し……」
槇村の言葉を遮るように愛染が銃を放つ。槇村は驚いた表情で愛染を見る。
槇村「まだ読み終わってねーよ!」
愛染「いいだろ。どうせ誰も聞いてないし」
槇村「聞いてなくても必要なんだよ!」
愛染「だってあの金髪逃げようとしたから」
二人が言い争っている隙に、岸井は化学室前方の扉から走って逃げていく。
愛染「……ほら」
槇村はため息を吐く。
槇村「……もういいよ。やろう」
槇村は刀を抜く。それと同時に半吸血鬼と化した人間が二人に襲いかかってくる。愛染は至って冷静な様子で半吸血鬼の頭部に銀製の銃弾を撃ち込む。
愛染「ここ俺やっとくからさ、一凛はターゲット追えよ」
槇村「じゃあ寿司でいいってことか?」
槇村は刀を鞘に戻す。
愛染「んなこと言ってねぇよ。一凛が追い詰めた所に俺が現れるってシナリオよ」
槇村「させねぇよ。絶対に俺が殺す」
愛染「いいから早く行けよー」
槇村「死ぬなよ」
愛染「誰に言ってんだよ」
槇村は化学室から出ていく。
愛染「あ、回転寿司だったらサイドメニューでカレーあるかもな……」
愛染は緊張感のない声で呟く。半吸血鬼達は唸り声を上げながら愛染に襲いかかる。

○同・廊下(夜)
廊下に出る槇村。廊下の先には逃げる岸井の後ろ姿が見える。
槇村「絶対寿司にしてやる」
槇村は刀を鞘からゆっくり抜き、逃げる岸井の背中に真っ直ぐ投げる。
岸井「がっ……!」
投げられた刀は、岸井の右太ももに刺さる。岸井はその場で倒れる。槇村は歩いて、岸井の前に立つ。
岸井「ああクソがっ! いってぇッ!」
槇村「ハンターの武器は全部銀製だ。治癒に時間がかかるだろ」
槇村は岸井に刺さった刀を抜く。
岸井「ああああッ……!」
槇村は刀を鞘に収めると、左手で岸井の髪を掴んで無理矢理顔を合わせる。
槇村「二回目になるが、我々はヴァンパイアハンター。貴方達の活動は……」
岸井は左手の鋭い爪で槇村を攻撃しようとするが槇村は目にも止まらぬ速さで、ジャケットの内側から脇差を取り出し、岸井の腕を切り落とす。
岸井「があああッ! ああああッ!」
槇村「もう要点だけ言うぞ? お前を殺しにきた。分かったか?」
槇村は脇差の刃を岸井の首に当てる。
岸井「クソが……! ぶっ殺してやる!」
槇村「黙ってろ。なるべく綺麗に斬りたい」
岸井は下を向いて唇を強く噛む。槇村が岸井の首を斬ろうとした瞬間、岸井は槇村に向けて口から血を吹く。
槇村「おいっ……!」
槇村は岸井を掴んでいた左手を離す。岸井はその隙に窓から飛び降りて逃げる。槇村は顔を拭いながら、逃げた岸井が渡り廊下から逃げていくのを見る。渡り廊下の先には体育館がある。
槇村「めんどくさ……」

○同・体育館(夜)
槇村が体育館に入る。槇村は岸井を探すように体育館を見回す。
槇村「どこ行った……?」
槇村を、集中した表情の岸井が天井から蝙蝠のようにぶら下りながら見ている。岸井の右腕から血が滴り落ちる。血の音に反応して槇村が振り返ると同時に岸井は天井から、槇村に向かって飛びかかる。

○同・度り廊下(夜)
血で汚れたワイシャツの愛染は、両手に銃を持って退屈そうに歩いている。
愛染「いーちりーん」
愛染は呼びかけるように言う。
愛染「こっち終わったよー。どーこ行ったのー?」
愛染の声に対して反応は無い。
愛染「やっぱ作戦ってしっかり考えなきゃ機能しねーんだなぁ……。……あ」
愛染が視線を落とすと床に血痕があり、血は体育館の扉へと続いている。体育館の扉は開いており、中には人影が見える。
愛染「ん? 一凛か……?」

○同・体育館(夜)
愛染が体育館に入る。
愛染「一凛?」
体育館の中央には、荒い呼吸の槇村が立っている。槇村は首元には噛まれた跡があり、口元には血がついている。
愛染「おい……マジかよ……」
槇村は愛染の顔を見る。槇村の目は血走っている。
槇村「あ、あっ……あいっ……」
愛染「チッ……」
槇村「アあアああッ!」
愛染は銃を構える。槇村は唸り声を上げながら愛染に飛びかかる。

○夜行会本部事務所・屋上(朝)
愛染が屋上のフェンスに寄りかかりながら、ボーッと景色を眺めている。愛染の腰元には槇村が持っていた日本刀がある。愛染の隣にはワイシャツにサスペンダーを付けた春日野有彗(36)が立っている。有彗は肩幅が広く眼鏡を掛けており、綺麗に整えられた髭がある。
春日野「バディを手にかけるのは初めか?」
愛染「……そーっすね。初めてっス」
春日野「辞めたくなっただろ、この仕事」
愛染「……いや、逆ですね。もう辞められなくなりました」
春日野「……お前のしたことは間違いじゃないからな。あまり自分を追い詰めるなよ」
愛染「……ありがとうございます」
春日野が屋上を後にする。愛染は腰元の刀を触る。
愛染「……やっぱ金木犀の匂いは嫌いだ。お前のせいで余計嫌いになったよ、一凛」

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