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シネマ・シネマ・シネマ

人物表

彩刃浅夏(28・36)ヴァンパイア
茜(5)孤児
ベッツラー(118)ヴァンパイア
枢木(62)ヴァンパイア
仁科(26)ヴァンパイア
岸井(22)ヴァンパイア
日野桃花(27)茜の母
ヴァンパイア1

本文

○(回想)Dandelion Laboratories・研究室
十畳ほどの広さの室内、部屋の中央にあったガラスの仕切りは割れている。壁は血で赤く染まっている。壁際では青白い肌で黒い長髪の彩刃浅夏(28)が日野桃花(27)を抱えている。
彩刃「(M)もしこれが映画なら、誰が観たいと言うのだろう」
桃花は血で染まった白衣をきており、腹部から大量に出血している。彩刃は憔悴と絶望、後悔と憎悪の入り混じったぐちゃぐちゃな表情で桃花の目を見る。
彩刃「あぁ…… あああ……! ごめんなさい…… ごめんなさい…… ごめんなさい……!」
彩刃「(M)誰にも共感されない、陰鬱な悲劇を、誰が観たいと言うのだろうか」(回想終わり)

○オスカーフィルムズ・スクリーン8(深夜)
人気の少ない映画の劇場、スクリーンには九十年代の映画が流れている。劇場中央の席には白髪で青白い肌、スーツ姿のベッツラー(118)が座っている。ベッツラーから三つ席を空けた右隣には彩刃(36)が座っている。ベッツラーの一つ右隣には眠っている女性が座っている。ベッツラーは女性の首元に噛みつき血を吸い取ると、ナプキンを取り出し口元を拭う。
ベッツラー「チッ……」
ベッツラーは彩刃の方を見る。
ベッツラー「……彩刃、この女くれてやる。B型の血液は好みに合わない」
彩刃は女性の首元から流れる血液を見てバッと目を逸す。
彩刃「……いえ、僕は結構です」
ベッツラーは怪訝な表情を浮かべる。
ベッツラー「彩刃、貴様まだ……」
ベッツラーの言葉を遮るように、劇場前方にどこからか、大量のコウモリが飛んでくる。コウモリが一箇所に集まり姿を消すと、枢木(62)と岸井(22)が現れる。枢木は見た目年齢三十歳ほどで、スーツ姿の青白い肌。岸井は金髪のパーカー姿。腕に背中側で手錠をかけられており、身動きが取れない様子。
枢木「連れてきましたよ」
ベッツラー「よくやった」
ベッツラーは席から立ち上がる。
ベッツラー「岸井、ヴァンパイアは如何なる生き物だ?」
岸井はゆっくりと顔を上げる。
岸井「……人目を忍んで、人と共存してきた生き物、です……」
ベッツラー「そうだ、よく分かってるじゃないか。よく分かってるのに……」
彩刃は革手袋を着けた手で胸ポケットから拳銃と銀製の弾丸を取り出す。岸井は焦った表情を浮かべる。
ベッツラー「貴様がどれだけ我々を危険に晒しているのかは、分かってないみたいだ」
岸井「ま、待ってくれ! もうしない! もうしないから!」
彩刃は弾丸を拳銃に込め、ベッツラーに手渡す。ベッツラーは劇場前方の岸井に銃口を向ける。
岸井「やめろっ! いやだっ……!」
ベッツラー「ここからクライマックスなんだ。邪魔しないでくれ」
ベッツラーが岸井に向けて引き金を引く。

○同・スクリーン外(深夜)
彩刃と枢木が隣り合って歩いている。
枢木「彩刃の言ってた通り、岸井は立川にいたよ。どうして分かったんだ?」
彩刃「前に聞いたんですよ。残した妹が心配だって」
枢木「はぁ、家族か。やっぱいても邪魔なだけだな」
彩刃「……そうですか?」
枢木「そうだろ。今回みたいに足枷になるだけだし、どうしたって俺らより先に逝っちゃうだろ」
彩刃「……」
枢木は何かに気付いたようにスーツの内ポケットを弄る。
枢木「忘れるとこだった。これやるよ」
枢木は彩刃に血で満たされた輸血パックを渡す。
枢木「非喫煙者AB型だ。貴重だぞ?」
彩刃「……いいんですか?」
枢木「あァ。彩刃、どうせまだ人間を襲えないんだろ?」
彩刃「……はい」
枢木「いい加減覚悟を決めろ。当たり前のことだぞ? 俺らはヴァンパイアなんだ。どこまで行ってもな」

○ハイツメルシーズ202号室・前(深夜)
彩刃が鍵を開けようとしている。
彩刃「……」

×××(フラッシュバック)
岸井「……人目を忍んで、人と共存してきた生き物、です……」
×××
ベッツラー「お前がどれだけ我々を危険に晒しているのかは、分かってないみたいだ」
×××
枢木「どうしたって俺らより先に逝っちゃうだろ」
×××

彩刃は暗い表情で鍵を開ける。室内からドタドタと走る音が聞こえる。

○同・リビング(深夜)
電気の点いていない部屋。リビングに置かれたテレビからヒーロー映画が大音量で流れている。サンバイザー付きのヘルメットを被った茜(5)は映画を興奮した様子で暴れまわりながら観ている。茜は画面に向かってふらつきながらファイティングポーズを取る。
茜「ハァ……ハァ……、あいきゃんどぅーでぃすおーるでぃ……!」
彩刃がリビングに入り部屋の電気を点ける。茜はハッとした様子で振り返る。
茜「あ! おかえり!」
茜がヘルメットのサンバイザーを上げる。
彩刃「……寝てたはずだよな、茜」
茜「ねてた! ちょうはやおき!」
彩刃「……今3時だぞ? 早起きとかじゃ無いって。もう少し寝てな」
茜「ここからクライマックスなのに!」
彩刃「(M)この子は、僕が三年前に引き取った……」
彩刃「もう何百回と観てるだろ。今観なくたっていいでしょ?」
茜「このコウフンのまま寝ろというのか!」
彩刃「(M)人間の子供だ」

×××(時間経過)

リビング、カーテンの下からは日光が漏れ出している。パジャマ姿で寝ぼけ眼の茜はテーブルにつき、目の前に出されたトーストと目玉焼きをボーッと見ている。キッチンでは彩刃がコーヒーを淹れている。
茜「……あっぷるぱいじゃない」
彩刃「え?」
茜「あっぷるぱいがたべたいって言ったじゃん……!」
彩刃「え、あぁ、ごめん。すっかり忘れてた。今日の夜買ってあげるよ」
茜「手作りのがいい! それも食べるけど!」
彩刃は優しく笑う。
彩刃「フッ、わかったよ。明日の朝ね」
茜「はぁ、せわがやけるなぁ。まったく……」
茜はトーストに手をつける。

○同・廊下
廊下で彩刃が電話をしている。彩刃の背中側にはガラスの扉があり、扉の向こうのリビングでは茜が映画を観ている。
彩刃「今夜、ですか?」
枢木の声「あァ、まぁ二時頃だな。品川の方まで行ってもらいたいんだ。仁科も一緒に行かせるから」
彩刃「なんかあったんですか?」

○オスカーフィルムズ・事務所
スーツ姿でスマホを耳に当てている枢木。枢木の正面にはスーツ姿の仁科(26)が立っている。仁科は青白い肌で、二十歳ほどの若い見た目。
枢木「岸井の件と変わんねぇよ。疑わしいヴァンパイアの調査だ」
彩刃の声「……分かりました」
枢木「仁科に迎え行かせるから、頼んだぞ」
枢木は電話を切り、スマホを胸ポケットに仕舞う。
枢木「ってわけだ。できるな? 仁科」
仁科「……任せてください」

○住宅街(夜)
街頭の少ない夜道を彩刃と茜が隣り合って歩いている。茜は手元に持ったファストフード店のアップルパイを食べている。彩刃の左手にはパンパンに詰まった買い物袋がある。
茜「あっつい……」
彩刃「火傷しないようにね」
二人はT字路に出る。彩刃がふとカーブミラーに目をやると、そこには茜一人が映るのみで彩刃の姿はない。茜はアップルパイを食べ終える。
茜「さむい……」
彩刃「熱かったり寒かったり、大変だな」
茜は彩刃に向けて手を差し出す。
茜「手がさむい」
彩刃は少し驚いた表情を浮かべた後、優しく微笑んで手を握ろうとする。
桃花の声「お前はこの子を騙してる」
茜の手に触れようとする彩刃の手がピタッと止まる。彩刃には自身の手が、血に汚れた手に視えている。
桃花の声「嘘つきの人殺しが」
彩刃は虚な表情を浮かべる。
彩刃「ごめん……ごめん、ごめん茜……」

○車内(深夜)
車は海沿いの道を走っている。スーツ姿で虚な表情の彩刃が助手席に座っている。隣には仁科が車を運転している。
仁科「……彩刃さん?」
彩刃はハッとした表情。
彩刃「あ、あぁ……。どうかしたか?」
仁科「いや、ボーッとしてたから」
彩刃「あぁ、ごめん……」
仁科「ホント、頼みますよ? 枢木さんからの仕事なんですから」
彩刃「……大丈夫だよ」

○ハイツメルシーズ・階段(深夜)
マンションの暗い階段をスーツ姿の枢木が上っている。枢木はスマホで電話している。
枢木「……はい、まぁ間違いないでしょう」
ベッツラーの声「いつからなんだ?」
枢木「んー、二、三年前とかですかねー? そんくらいの時にタバコやめてるんですよ」

○同・202号室・前(深夜)
枢木は電話しながらゆっくりとドアの前まで歩いてくる。
ベッツラーの声「他に根拠はあるのか?」
枢木「色々ありますけど……」
枢木はインターホンに手を伸ばす。
枢木「もうこのドアの先に答えがあるんで」
枢木はインターホンを押す。

○同・中・リビング(深夜)
リビングの電気は消えている。茜がヘルメットを被ったままテレビで映画を観ていると、インターホンが鳴る。茜はため息を吐く。
茜「はぁ……鍵忘れたのか?」
茜は立ち上がり、玄関の方へと向かう。
茜「まったく、せわのやける……」

○同・玄関(深夜)
茜が玄関のドアを開ける。
茜「もう、何時だと思って……」
茜がドアを開けると、スーツ姿の枢木が立っている。茜はヘルメットのサンバイザーを下ろす。
茜「だれ……?」
枢木「彩刃から教わらなかったか? 知らない人には玄関を開けるなって」

○月島運送・廃倉庫・管理室(深夜)
ボロボロの狭い一室に彩刃と仁科が入ってくる。
彩刃「……なんだここ」
仁科が部屋の鍵を閉める。
彩刃「こんなところで……」
彩刃が振り返ると仁科が立ち塞がるように、ドアの前で仁王立ちしている。
彩刃「……仁科?」
仁科「彩刃さん、人間と暮らしてるって本当ですか?」
彩刃は険しい表情になる。仁科はジャケットを脱ぐ。
彩刃「仁科、通してくれ」
仁科「信頼されてたじゃないですか。枢木さんにも、ベッツラー様にも」
仁科はワイシャツの袖をまくる。
彩刃「そこをどけ」
仁科「本当なんですね。残念ですよ。嘘だったらよかったのに」
仁科が彩刃に迫る。

○オスカーフィルムズ・スクリーン8(深夜)
人気の少ない劇場内に、茜、枢木、ベッツラーの三名がいる。茜は劇場中央の席に座らされており、茜の前に枢木とベッツラーが立っている。茜は人見知りしている様子で縮こまっている。
ベッツラー「君は映画が好きなのか?」
茜「……うん。でも映画館来るの初めて」
ベッツラー「どんな映画が好きなんだ?」
茜「ヒーローが出てくる映画……」
ベッツラー「そうか……」
茜「……おじさんは?」
ベッツラー「……そうだな、私はサスペンスが好きだな。死が身近になったように錯覚できるんだ」
劇場内に一匹のコウモリが飛んでいる。
茜「……よくわかんない」
ベッツラー「……いつか分かるさ。君はヒーロー映画のどこが……」
枢木とベッツラーがコウモリに気づく。劇場前方に大量のコウモリが集まり、彩刃が現れる。彩刃は憤った表情。
彩刃「茜っ!」
茜「……ッ! うしろっ!」
茜が叫ぶ。彩刃が咄嗟に振り返ると、背後に日本刀を振りかぶる枢木が立っている。
枢木「チッ」
枢木はそのまま日本刀を振り下ろすが、彩刃に避けられる。枢木は疲れた様子で深く息を吐く。ベッツラーは茜の隣の席に座る。
枢木「お早いお着きだったなぁ……」
彩刃「茜に何もしてないだろうな……!」
枢木「何もしてないさ。初めての映画館に緊張してるみたいだがな」
枢木は緊張感のない様子で答える。
枢木「俺からも聞かせてくれ。……仁科は一緒じゃなかったかぁ?」
彩刃は茜の方を見て目をふせる。
彩刃「……」
枢木「あァ? まさか……、殺したか?」
彩刃は目を伏せたまま何も言わない。枢木は驚きと興奮の表情。
枢木「殺したのか!? お前が!? 人間すら襲えない、あの彩刃がか!?」
彩刃はバッと茜を指差す。
枢木「あの子はお前にそこまでさせるんだなぁ! なぁ彩刃ァ!」
彩刃「……茜は返してもらう」
ベッツラー「……無理な話なのは分かってるだろう?」
ベッツラーは座ったまま彩刃を見る。
ベッツラー「ヴァンパイアは人目を忍んで、人と共存してきた生き物だ。貴様はよく分かってるはずだろう?」
茜は何が起こっているのか理解できていない様子。
ベッツラー「彩刃、……選ばせてやろう。今この場でこの子を殺すか、血を飲ませてヴァンパイアにするか」
ベッツラーが茜の被るヘルメットの上に手を置く。彩刃は両手を握りしめる。
枢木「選べよ彩刃」
桃花の声「選べないよね。お前には」
彩刃が虚を突かれたような表情で枢木を見る。枢木の隣に、桃花の幻影が見える。
枢木「選べないよな。あの子を更に不幸にするなんてお前にはできないよな?」
桃花「それとも茜に嫌われるのが怖い? 恨まれても仕方ないことしたのに?」
彩刃は苦しみの表情を浮かべながら枢木と桃花を見る。
彩刃「やめろ……!」
桃花「辛いよね? 苦しいよね? でも忘れられるはずないよね? だってお前が……」
枢木「俺は知ってるぜ彩刃。お前があの子の……」
彩刃「茜……」
苦しみと後悔の表情で茜を見る彩刃。茜は依然彩刃を見ている。
枢木・桃花「親(私)を殺したんだもんな」

○(回想)Dandelion Laboratories・研究室
十畳ほどの広さの室内。真っ白な清潔感のある部屋はガラスで仕切られており、仕切られた一方の空間にはベッドが置かれている。もう一方の空間にはデスクとパソコンが置かれている。ベッドの上には二十八歳の彩刃が座っている。ガラスを挟んだ彩刃の向かいには白衣姿の桃花が椅子に座っている。
彩刃「……どうして、ヴァンパイアなんかになっちゃったんでしょう」
自虐的に笑う彩刃、真剣な眼差しで聴く桃花。
彩刃「ヴァンパイアになってから人間だった頃の記憶が少しずつなくなっていって、今残っているのは後悔だけです」
彩刃は俯いたまま話を続ける。
彩刃「人間としての普通ができなかったからヴァンパイアを選んだんだと思うんです。けど結局、ヴァンパイアになってから人間に憧れて、人間の血を欲するようになって、人間を傷つける生き物になった、人間の偽物なんです。僕は……」
暗いトーンで話す彩刃の言葉を遮るように、桃花がくしゃみをする。
桃花「わ、ごめんなさいごめんなさい! 大丈夫です! ちゃんと聞いてますから!」
呆気に取られた表情の彩刃は、申し訳なさそうな表情と慌てる仕草の桃花を見てフッと笑い出す。
彩刃「(M)陽の光のような人だった」

×××(時間経過)

ガラスの仕切りに、腕を通せる程度の丸い穴がある。彩刃はそこから右腕を出し、桃花が彩刃の腕から採血をしている。
彩刃「(M)今の組織に所属する前の僕は、不出来なヴァンパイア集団に身を置いていた。人間から血を奪うという当たり前のことができない僕は段々と孤立していった。その頃に出会ったのが桃花さんだ」
彩刃は目を完全に瞑りながら、苦しそうな表情をしている。
彩刃「(M)Dandelion Laboratories 遺伝子治療と細胞研究の裏で、秘密裏にヴァンパイアの研究もしているという小さな研究所だ」
桃花「はいっ! 終わりです!」
彩刃「終わった……」
彩刃は安堵の息を漏らして目を開ける。
桃花「彩刃さん、怖がりすぎ」
彩刃「どうしても苦手なんです……。血が抜かれていく感じが……」
桃花「フッ、フフッ……」
桃花は堪えきれない様子で笑い出す。
桃花「彩刃さん。ヴァンパイアなのに、人間よりも人間みたい」
彩刃は呆気に取られた表情。
桃花「どっちにしても、世話の焼ける人ですね。フフッ」
桃花は彩刃に笑いながら言う。
彩刃「フフッ……、そうですね……」
彩刃も釣られたように笑みを浮かべる。

×××(時間経過)

研究室、桃花が一歳の茜を抱えている。桃花は泣いている茜をあやしている。
桃花「ごめんなさい彩刃さん。ここに連れてくるしかなくて……」
彩刃「全然大丈夫ですよ。……お名前、なんて言うんですか?」
桃花「茜です」
彩刃「……茜ちゃん」
桃花「そう、茜。私にとってこの子がそうだったみたいに、誰かにとっての陽の光になってくれればいいなって思って、茜」
彩刃「……いい名前ですね」
桃花「そうでしょ! 私が付けたんです!」
彩刃「(M)思い返せば、まるで映画のような日々だった」

×××(時間経過)

研究室の電気を消して、デスクにあるパソコンから映画を観ている彩刃と桃花。室内にはベビーベッドが置かれており、その上で茜が眠っている。
彩刃「(M)桃花さんが主人公で、僕はヒーローに救われた名も無きエキストラ。桃花さんをヒーローたらしめるための一般市民。エンドロールの一番上に桃花さんの名前が出てきて、僕の名前は出てくるかもわからない。それでも僕には過ぎたる幸せだった。……けれど映画には、必ず『転』が訪れる」

×××(時間経過)

研究所内に警報が鳴り響く。研究室で彩刃はガラスを殴りつける。ガラスの向こうでは一人のヴァンパイアが、桃花の前に立ちはだかる。桃花の背にはベビーベッドがある。
ヴァンパイア1「お前がコイツらの警戒を解いてくれたお陰で難なく潜入できたぜ」
ヴァンパイア1は労いの表情でガラス越しの彩刃を見る。彩刃はガラスを叩き割ろうと必死に殴り続ける。
ヴァンパイア1「ヴァンパイアを治療しようだってなぁ。俺らは病気じゃねぇんだ」
彩刃は必死にガラスの仕切りを殴り続ける。ガラスが割れたと同時に、ヴァンパイア1は鋭い爪で桃花を切り裂く。彩刃は割れたガラスと、倒れる桃花の前で立ち尽くす。
ヴァンパイア1「長期間の潜伏ご苦労だったな、彩刃」
ヴァンパイア1はそのまま立ち去っていく。彩刃は倒れた桃花を抱き抱える。
彩刃「(M)僕のせいだ」
桃花「彩刃さん……」
彩刃「(M)僕のせいだ。僕のせいだ」
彩刃「あ、あぁ……ごめんなさい……」
桃花「彩刃さん……茜を……」
彩刃「(M)僕のせいだ。僕のせいだ。僕のせいだ」
桃花が彩刃の顔に触れる。
彩刃「ごめんなさい……ごめんなさい……」
桃花「茜を……お願い……」
彩刃「(M)僕のせいだ。僕のせいで。僕のせいだ。僕のせいで。僕のせいだ」
彩刃は絶望の表情で瞳から光を失っ
ていく桃花を見る。桃花の腕がだらんと落ちる。
彩刃「(M)僕が殺したんだ」

○ハイツメルシーズ202号室・リビング
リビングに憔悴しきった彩刃と、ベビーベッドで眠る茜がいる。彩刃は泣き出しそうな顔で茜を見ている。
彩刃「(M)桃花さんには身寄りがなかった。僕が桃花さんを殺した。僕がこの子から親を奪った。……これが僕にできる最低限の償いだと思った」
彩刃は力無い手で茜を撫でようとする。
桃花の声「私を殺したお前が、茜に触れるの?」
彩刃の手が茜に触れる直前でピタッと止まる。彩刃には自身の手が血に汚れているように見える。
彩刃「あ……、ああ……! ごめんなさい、ごめんなさい……! ごめんなさい……!」(回想終わり)


○(元の)スクリーン8(深夜)
絶望と後悔で嗚咽する彩刃。
枢木「……親を殺して、親のフリをしてたんだろ?」
枢木は日本刀を持ったまま彩刃にゆっくりと近づく。
彩刃「ハァ……ッ、ハァ……!」
枢木「あの子を騙して、人間になれたとでも思ったか? 言っただろ? 俺らはどこまでいっても……」
茜「ねー!」
枢木の言葉を茜が遮る。
茜「あかねのこと話してるみたいだけどさぁ」
枢木と彩刃は茜の顔を見る。茜はあっけらかんとした表情。
茜「そんなの、全部知ってたけど?」
呆気に取られる枢木と彩刃。
茜「茜が寝てる時にごめんなさいって言ってるのも、手を繋いでくれないこともわかってたよ」
彩刃の表情は俯いていて見えない。ベッツラーは黙ったまま彩刃を見ている。
茜「そんなの知ってた。知ってても、あっぷるぱい作って欲しいっていってんの!」
茜は呆れた表情で腕を組み、席に座り直す。
茜「茜のこと、なーんもわかってないなぁ……」
枢木「ハッ……、何言ってんだ」
枢木は軽んじるような表情で茜を見る。
彩刃「……」
茜は腕を組んだまま彩刃を観ている。
茜「……おじさん」
ベッツラー「……なんだ?」
茜「茜がヒーロー映画を好きなのはね……」
劇場内にバサバサと羽音が聞こえる。茜がベッツラーの方を見る。
茜「どんなピンチでもクライマックスには絶対にヒーローが来てくれるから」
大量のコウモリが茜の元に飛んでくる。次の瞬間、劇場後方に茜を素手で抱えた彩刃が立っている。彩刃は吹っ切れたように笑っている。
彩刃「茜、ありがとう」
茜「ほんと、せわがやけるなぁ……!」
彩刃「大丈夫、もう離さないから」
枢木はため息を吐く。
枢木「……よく笑ってられんなぁ! 状況はむしろ悪化してんだぜ!?」
彩刃「……何も分かってないな。しっかり観てないから理解できないんだ」
茜は彩刃の顔を覗き込むように見る。
茜「大丈夫そうだね」
彩刃「あぁ、ここからがクライマックスだ」
彩刃は茜が被っているヘルメットのサンバイザーを降ろす。彩刃は茜を抱えたまま、胸ポケットから拳銃を取り出し、枢木に向かっていく。
枢木「ハッ……、いいぜ……。二人纏まってくれんなら一振りだなぁ!」
枢木が日本刀を構える。枢木の後ろに桃花の幻影が視える彩刃。
彩刃「(M)ごめんなさい桃花さん。ありがとう桃花さん。……茜は、僕にとっての陽の光になってくれたよ。ずっと眩しくて見れなかったけど、これからはもう目を逸らさず、しっかり茜を護るから」
枢木の後ろにいる桃花が消えていく。
桃花の声「……ホント、世話の焼ける人ですね」
桃花の幻影は笑顔を浮かべ、完全に消滅する。彩刃と枢木がぶつかり合う。
彩刃「(M)ありがとう。さようなら……」

○ハイツメルシーズ202号室・リビング(朝)
カーテンの下からは日光が漏れ出している。パジャマ姿でテーブルの前に座る茜。テーブルにはホイップクリームが添えられたアップルパイが置かれており、茜は目を輝かせながら眺めている。
茜「すっげ……。あっぷるぱいがかがやいてみえる……」
茜の向かいに座る彩刃は、笑みを浮かべながらに茜の顔を見ている。
彩刃「(M)……映画は劇的な『転』が訪れた後、美しい『結』を迎える」

○(回想)スクリーン8(深夜)
客席に座るベッツラー。ベッツラーの頭に銃口を向ける彩刃。彩刃は茜を抱えている。
彩刃「……抵抗、しないんですね」
ベッツラー「あぁ、……もしかしたらずっとこの時を待っていたのかもしれないな。今は良い映画を観た後のような気分だ」
彩刃「相変わらずですね……」
茜はギュッと目を瞑っている。
ベッツラー「……私の物語はここで終劇。だが彩刃、私を殺したと知れれば貴様は数多のヴァンパイアから狙われる身になるぞ」
彩刃「……分かってます」
ベッツラー「私にそれを止める術は無い。覚悟の上か?」
彩刃「勿論です。もう、生きる意味を見つけたので」
ベッツラー「そうか。……仕舞いだな」
彩刃は拳銃の引き金を引く。(回想終わり)

○(元の)リビング(朝)
口元にホイップクリームが付いた茜。悔しそうな表情を浮かべる。
茜「くっ……! おいしすぎるっ……! もうこれをしらなかった人生には戻れない……!」
彩刃「五年とちょっとしかないだろ」
彩刃は頬杖を付いてフッと笑いながら茜を見ている。
彩刃「(M)できすぎたストーリーかもしれない。都合の良いストーリーかもしれない。それでも、これが僕らの映画だ」
彩刃「口元、クリーム付いてるよ」
茜「んあ? どこ?」
茜の口元を彩刃が拭う。茜は満面の笑みを浮かべる。
彩刃「(M)ここからも映画は続いていく。今度は僕の目の前で、茜が主人公の、陽の光のように温かい映画が」
笑いかける茜に彩刃も笑い返す。


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