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いてもいなくても
人物表
谷中賢太郎(36・42)会社員
谷中早苗(36・42)賢太郎の妻
谷中小春(12・18)賢太郎の娘
谷中仁(2・8)賢太郎の息子
本文
○車内
谷中賢太郎(36)が、高速道路を車で走っている。助手席には谷中小春(12)、後部座席には谷中早苗(36)が座っており、その隣には谷中仁(2)
がチャイルドシートに座っている。
早苗「じゃあ……銀河鉄道の夜」
賢太郎「る、る……、ルノワール」
小春「またる……? もう出てこないよ」
賢太郎「る責め対策がなってないな」
早苗「やっぱしりとりって終盤になるとどうしても知識勝負になっちゃうね」
小春「時間制限つけようよ。じゃないと二人共、んで終わる言葉言わないでしょ?」
賢太郎「暇つぶしなんだから、早く終わらせたって仕方ないだろー?」
小春「でもお父さんだって、ただのしりとりじゃ楽しくないでしょ?」
賢太郎「まぁ確かに楽しくないな。だからお父さんは別で縛りをつけてるんだ」
小春「縛り?」
賢太郎「そう。初めの言葉と最後の言葉を同じ文字にして考えてるんだ。さっきのルノワール、とかそうだろ?」
小春「何それ。それで楽しくなるの?」
早苗「ただのこだわりよ。ずっとこれなの」
賢太郎「小春も何か縛りを考えたらどうだ?」
小春「……分かった。じゃあもう一回。しりとりのりから……」
○谷中家・リビング(朝)
生活感の溢れるリビング。ソファでは賢太郎(42)が横になって眠っている。ソファの前にはテレビが置かれており、パジャマ姿の仁(8)がボーッとアニメを見ている。リビングに洗濯籠を持った早苗(42)が入ってくる。
早苗「仁! もうすぐ出るんだから早く着替えなさい!」
早苗の声で賢太郎が目を覚ます。
仁「はーい……」
賢太郎「……あれ、今日どこか行くんだっけ?」
早苗は賢太郎の声に反応せず、リビングを横切ってベランダに出る。リビングに小春(18)が入ってくる。
賢太郎「あ、小春。今日どこに……」
小春「お母さーん。車ガソリン入ってるのー?」
小春は賢太郎の声を遮るように言う。賢太郎は釈然としない様子。賢太郎は目の前で着替える仁を見る。
賢太郎「……なぁ仁。お父さん、なにか二人を怒らせるようなことしちゃったか?」
仁はベランダで話す早苗と小春をチラッと見た後、賢太郎の目を見る。
仁「(小声で)お姉ちゃんが車運転できるようになったから、練習に行くんだよ」
賢太郎「あぁ、そうだったっけか……。完全に忘れちゃってたな」
仁「お父さんも来る?」
賢太郎「そりゃ予定無いから行くよ。忘れてたってバレちゃマズいだろうし」
仁「……お父さん、本当に気付いてないの?」
賢太郎「なんだ? やっぱ二人怒ってる?」
仁「いや、そうじゃないけど……。まぁいいか……。いいんじゃない?」
賢太郎は不思議そうな表情を浮かべる。
○同・前(朝)
一家四人が外に出る。一軒家の前には車が一台留まっている。
小春「お昼、どこで食べる?」
賢太郎「車なら行きたいラーメン屋があるな」
仁「お、俺焼肉がいい!」
早苗「お昼から食べるものじゃないでしょ? 道すがら考えよう。行くとしたら帰りだし」
賢太郎は仁を見る。
賢太郎「昼にラーメンってダメなのか?」
仁は気まずそうな表情。小春が運転席に乗り込む。仁が助手席の扉を開こうとした所、早苗に止められる。
早苗「仁はうしろ」
仁「なんで!? 俺前がいい!」
早苗「ダメ。危ないから」
賢太郎「仁、お姉ちゃんに道案内できないだろ? 今日はお父さんが助手席」
早苗「助手席は私が乗るから。早く乗って」
早苗が助手席に乗り込む。
賢太郎「えぇ……」
賢太郎は困惑した表情。
仁「……仕方ないね」
賢太郎「俺の道案内が信用できないのか?」
仁「……お母さん緊張でピリピリしてるんだよ。車に乗るの久しぶりだから」
賢太郎「久しぶりか? まぁ、そうか……」
賢太郎と仁は後部座席に乗り込む。
○車内(朝)
小春が車を運転している。助手席の早苗はソワソワした様子。
小春「ちょっと、緊張がこっちまで伝わってくるんだけど」
早苗「当たり前でしょ。あんなことがあったんだから……」
賢太郎「なぁこれ、どこに向かってるんだ?」
仁「着いたらわかるよ」
小春「ん? 今何か言ったー?」
仁「何も言ってないよ。運転に集中して」
賢太郎「え?」
車が赤信号で停まる。
小春「……そうだ、しりとりしようよ」
早苗「できないよ! 運転に集中して!」
小春「お母さん、私家の車が初めてなだけでもう何回か運転してるからね。そんな緊張されると逆に事故っちゃいそう」
賢太郎「ウチのドライブといえばしりとりだからな。やるぞ!」
仁「そっちの方が集中できるんでしょ?」
小春「うん。今よりマシ」
早苗「えぇ……?」
小春「やるよしりとり。私から、じゃあ……リッケンバッカ―」
仁「最初それなの?」
賢太郎「小春ってギター弾くのか?」
小春「リンゴじゃ面白くないじゃん。次お母さん」
早苗「えぇっと……。か、風の又三郎」
賢太郎「お母さんは昔っから文学縛りだな。次は俺か。……じゃあ浦島太郎」
仁「う……、ウサギ」
小春「ぎ……。じゃあ、きでキッス」
早苗「……スタンド・バイ・ミー」
賢太郎「み、み……、三つ編み」
仁「ミミズク」
小春「く、クロマニヨンズ」
賢太郎「ザ・クロマニヨンズだろ」
早苗「えーっと……、全てがFになる」
賢太郎「る、ルイス・キャロル」
仁「ルリカケス」
賢太郎「ん? なんだそれ?」
仁「鳥の名前。図鑑に載ってた」
小春「す、スキャンダル」
早苗「る、る……、ルイス・キャロル」
賢太郎「はい! ついさっきお父さんルイス・キャロルって言いました! お母さんの負け! ちゃんと聞いてなかったのか?」
仁は気まずそうに賢太郎を見る。
小春「ほら、次、るだよ、仁」
賢太郎「何言ってんだよ。お母さんの負けだろ?」
車内に沈黙が流れる。
早苗「生き物縛りじゃ無理なんじゃない?」
小春「じゃあ仁の負けだねー」
賢太郎「なんでだよ。次俺の番だろ?」
小春「まぁすぐ着くし丁度良かったかもね」
賢太郎「おい。なんだよ……」
仁「……本当に気付いてないんだね」
車は霊園に入っていく。
○メモリアルパーク皇園(朝)
小春と早苗が『谷中家之墓』と刻まれた墓石の前で手を合わせている。その様子を仁と賢太郎が、少し離れた所から見ている。
賢太郎「仁にだけ視えてたのか……?」
仁「うん。二人には霊感がないみたい」
賢太郎「俺だけが気付いてなかったのか……」
賢太郎の身体が薄れていく。
仁「……ほらやっぱり。そうなる気がしてたから、本当は来てほしくなかったのに」
賢太郎「そっか……。こうなるって分かってれば、最後に言うことを考えておいたのに」
賢太郎はしゃがみ込んで仁と目線を合わせる。
賢太郎「……仁、お父さんのこと、たまには思い出してくれとか、あんま言う気はないけどさ、……できれば忘れないでくれ」
仁「……忘れないし、しっかり思い出すよ」
賢太郎は笑みを浮かべて仁の頭を撫でる。身体が指先から次第に消えていく。
賢太郎「ありがとうな。仁はしっかりしてるから、仁が二人を護ってやってくれ……」
賢太郎の身体が完全に消える。
仁「……うん。分かったよ」
○車内(朝)
車に乗り込む小春と早苗と仁。賢太郎の姿は無い。
小春「……そういえばさ、お父さんってしりとりする時、最初と最後の文字を同じにするって縛りでやってたよね」
早苗「そう。そうなの。すごい独りよがりな縛りよね。だっていてもいなくてもしりとりは成立するんだから」
小春「……ん? あぁ、確かに……」
仁「……じゃあ、帰りもしりとりしようよ」
小春「なに? 負けたのが悔しいの?」
仁「違うよ。……だって、いてもいなくても変わらないなら、しりとりしてる間はここにいるかもしれないじゃん」
早苗「……そっか。そうだね」
小春「……じゃあ私から。り……」
ここに僕がやりたかったことが全部あります。
ここまで読んでいただいた上で恐縮ですが、これをご覧になって頂いた方が色々手っ取り早いです。