今年でお別れとなる公募川柳
定例となっている公募川柳で季節を把握している節がある。
春はエコカレンダー。自分の応募作がカレンダーに載るかそわそわ。暑くなるにつれて、エアコン早期点検・除湿器などがテーマの川柳が増えていく。金魚川柳や箸川柳。秋からグッと公募の〆が増えて、各地域の地元サラ川で盛り上がる。冬はオタク川柳・セリア川柳などビッグタイトルが目白押し。その年の流行語と相まって、時事川柳の楽しさ大爆発の年末を迎える。
そんな風に季節を教えてくれる、恒例公募川柳の一つが今年で最終回を迎える。
とても寂しいので、今日はその公募川柳について。
■『台所・お風呂の川柳』が今年で終了
ある日、『台所・お風呂の川柳』の応募期間が始まったので(5/27開始)リンクにアクセスしたら、そこに書いてあった内容に驚いた。
最終回。。。始まりがあれば終わりはある。とはいえ、年々この手の大きな公募川柳は幕を閉じることはあれど、この規模で新たに開始される、ということは少ないように感じる。去っていく公募川柳に、「ありがとう」と笑顔で手を振るより、「待って、置いていかないで」と未練がましく追いかけてしまいたくなる私がいる。
■『台所・お風呂の川柳』のすごいところ
キッチン・バス工業会主催『台所・お風呂の川柳』は今年で20回目となる歴史のある公募川柳大会だ。「11月2日」を「キッチン・バスの日」と制定したことを記念し、毎年「台所・お風呂」などの川柳を募集してきた。昨年、第19回の応募総数は48,834句。応募数からもその熱量が伝わってくるが、協賛団体や選者の落語家の先生方が審査に携わっていたり、表彰式も毎年執り行われていたり、と応募数が多いだけでなく、格式の高い公募川柳の大会だと感じている。
私が『台所・お風呂の川柳』のすごく好きなところは、選ばれた各川柳に詩を感じて、心が動かされることにある。端的に言えばレベルが高い!ということなのだが、ただ技術的に巧いだけじゃなくて、「今までそう思ったことはなかったけど、言われてみたら確かにそうだな」というような気付きやハッとする思いがあって、感動するのだ。(もちろんユーモアに振り切った作品もある)
例えば、去年の受賞句に下記がある。
確かに三角のおにぎりを握るのは、手を合わせているようなポーズになるし、それが家族の健康、幸せ、明日を願う姿に通じるような、眩しい気持ちになる。この川柳を目にした時、タイムスリップするかのように、台所に立っていた母の横顔、ご飯の炊ける匂い、シンクに置いた食器に垂れる蛇口の水滴、まで一気に思い出させられた。
前にインターネットで「これまで出会ったことない表現を見て、確かにそうだと納得する時、それが詩である」という言葉を見かけたが、まさに、『台所・お風呂の川柳』に溢れているのはそういうタイプの川柳なのだ。
もしまだ見たことがなければ、全大会の受賞句を掲載しているので、良かったら全部読んでほしい。最高の作品ばかりである。
■『台所・お風呂の川柳』と私
20年。オギャーと生まれた赤ちゃんが昔で言う成人(今は18歳)をしてしまう位の、長い年月。私がまだ公募川柳を全く知らない学生だった頃にも、『台所・お風呂の川柳』はずっと存在して、毎年素敵な作品が世に出ていたのだ。
私は、というと、4回前くらいから応募し続けているのだが、残念ながら箸にも棒にも。。毎年「また次頑張ろう」という気持ちでここまで来たのだが、「今回が最終回」という告知に、いよいよ後がない状況である。
ここで高らかに、「今年は私が頂きます!」と宣言するには、これまでの苦しみが邪魔をする。真摯に応募し続けての結果の出ない4年間だったし、気合と根性だけでは、あの高みにはたどり着けないなあという諦念がある。
でも、今年も(まだ作句できていないが)絶対応募すると決めている。詩を生むような、納得のいく川柳を私も世に送り出したい。出し切った後に、ようやく「これまでありがとう」と手を振ることができる気がするのだ。
応募される皆さま、一緒に頑張りましょう。