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韓国映画『ソウルの春』ネタバレ感想/ファクションの危うさ

2023年制作(韓国)
英題:12.12::The Day
監督:キム・ソンス
キャスト:ファン・ジョンミン、チョン・ウソン、イ・ソンミン、パク・ヘジュン、キム・ソンギュン、チョン・マンシク、チョン・ヘイン、イ・ジュニョク、チョン・ドンファン、キム・ウィソン、ユ・ソンジュ、アン・ネサン、チェ・ビョンモ、パク・フン、キム・ソンホ、アン・セホ
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『パラサイト 半地下の家族』を超え、2023年の韓国の観客動員数1位となる大ヒットを記録した映画『ソウルの春』。

本作は、史実を元にしたフィクションであり、このような映画をファクションとも言う。ファクションは、歴史的事実(fact)とフィクション(fiction)と織り交ぜて描いた作品のこと。

韓国映画において、2010年代から民主化運動を中心としたファクション映画の傑作が製作され、ヒットを記録している。『タクシー運転手 約束は海を越えて』がその代表作といえよう。

このようなファクション映画は素晴らしいところは、自国の歴史をきちんと見つめ描くと同時にそうであってほしいという願いを見事に入れ込んだドラマとしての脚色力である。

フィクションだからできること、そしてフィクションを観客、作り手が信じているということが伝わって日本人の私も胸を打たれるものがある。

しかし、フィクションには危うさもある。バランス感覚を間違えると、歴史の歪曲化にもつながる。エンタメとしては単純な善悪の図式も同じく。

結論として『ソウルの春』は、そのバランス感覚が良くないと感じた。歪曲までとは言わないが、クールでもないしクレバーでもない。


『ソウルの春』は、1970年、朴正煕大統領が暗殺され、暗殺の首謀者・金載圭が拷問されている場面で始まる。この暗殺事件を元にした映画に『KCIA 南山の部長たち』、『ユゴ 大統領有故』がある。

大統領暗殺事件後、民主化への期待が高まり、チェコスロバキアのプラハの春になぞらえて“ソウルの春”と呼ばれた。

しかし、この映画に描かれた粛軍クーデター(12・12軍事反乱)、そしてその後起きる光州事件によって民主化運動は挫折する。ソウルは春ではなく冬を迎えることは知られている通りだ。

国民の願いとは逆行したその後の流れによって“ソウルの春”は皮肉な言葉になってしまったと言えるかもしれない。クーデターに対する抵抗軍も負けてしまったことを考えると、この映画のタイトルに置かれているのも皮肉といえば皮肉である。

私は専門家ではないので詳しくないが、おおよそクーデターに向かう流れや、クーデター当日の様子も史実とそう大きく変わらないだろうと思われる。大きく違うのは、チョン・ドゥグァンと、イ・テシンが直接対峙したというところであろう。

そもそも、本作は全ての配役がどの人物を演じているかは明らかであるが、フィクションであることを強調するためか実名ではない。

ファン・ジョンミンが演じているのは全斗煥、チョン・ウソンが演じているのは張泰玩である。張泰玩は、実際は全斗煥と対峙せず、首都警備司令部の執務室で逮捕されている。

更に映画を見ていれば、観客が感情移入しやすい善側の人間であり、国民感情を代弁する人物として配置されているのがよく分かる。とはいえ、あまりにもヒロイズムが強すぎる。

一方で、ファン・ジョンミン演じるチョン・ドゥグァン(全斗煥)をあまりにも露悪的に描きすぎではないかという印象も受ける。わかりやすいエンタメとして描くことで実際の人物を善悪で見てしまうのはやや危険である。勝てば官軍負ければ賊軍の逆で、勝った側は独裁者負けた側は民主的なヒーローとは限らない。

そもそも前政権からして、独裁者と言われた朴正煕大統領の政権である。自身もクーデターによって大統領になった朴正煕は、自身に刃向かうことのない人員をトップに選んでいたのかもしれない。軍部はへっぴり腰で早々に本部を捨て首都警備司令部のイ・テシンの元にやってくる。

イ・テシンに対しても、もう負けはみえている、これ以上部下を死に晒せないと攻撃命令を撤回するように求める場面がある。それに対し、イ・テシンは反逆者を許してはいけない、最後まで戦う軍人はいないのかと観客の感情を揺さぶる演説を披露するわけだ。

胸が熱くなる場面であるが、早々に撤退した軍本部や、負けを認めて降伏しようとしたイ・テシンの部下の姿がどちらかというとリアルな姿だったのではないか、とも思う。その方が人間心理として理解しやすい。ヒロイズムはかえって理解しにくい、綺麗事の境地にいきかねない。

確かに、鄭昇和陸軍参謀総長は、全斗煥と対立し、ハナ会が軍の中枢を占めることに危機感を感じ、張泰玩を首都警備司令官に任命した。同じくハナ会をよく思わない人は軍にも多くいただろう。粛軍クーデターの内実は、ハナ会対ハナ会に属さぬ軍人の内乱に近い気もする。

映画のエンドロールで、粛軍クーデターにより、全斗煥及びハナ会のメンバーがその後の軍部、政治の中枢に進出していったことが明かされる。それにより、大韓民国が民主化をむかえるまでに更に10年の期間を要することになった。

しかし、それは結果論である。『ソウルの春』は、フィクションをもって、クーデターを阻止することはできたのでは?というifの可能性まで描かなかった(描いていたら流石に興醒めである)とはいえ、国民やその後の政治を憂いて最後まで戦った人がいたと英雄視することには、しっくりこない部分はある。

とはいえ、参謀総長や首都警備司令官、憲兵監、特殊戦司令官が全斗煥やハナ会に迎合せず戦ったのも事実である。その後軟禁や拷問された人もいるし、軍を去ることになったのも事実である。

極端に全斗煥を露悪的に描き、イ・テシンらを英雄視した描き方故にかえって素直に受け取れなくなってしまうのが私の悪いところでもあるが……昨今の韓国のファクション映画を見ているともっとクールでクレバーな描き方が出来たのではと思ってしまうのが正直なところ。

特にハナ会のメンバーの内実をもっと描いて欲しかった。映画を見ていると単にチョン・ドゥグァンが怖くて従っているだけに見えるが、恐怖だけでない、懐柔の仕方のうまさなどあったはずだ。

クーデターの緊迫感に主軸を置いてたとはいえ、盛り立てたヒロイズムとヒールの恐怖と狂気だけで押し切らない何かが欲しかったな。

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