仏映画『助産師たちの夜が明ける』ネタバレ感想/助産師も人間だ
最初は、ドキュメンタリーだと思っていたが、途中で劇映画だと気づき、驚いた。
俳優と助産師が共に参加するワークショップを経て撮影されたという本作。ドキュメンタリーのようなリアルタッチで描かれているだけでなく、出産シーンの中には実際の映像も使われている。
私自身、出産の経験はなく、立ち会ったこともない。当然、しっかりとした知識がある訳でもない。少し触れたことといえば、以前勤めていた会社で子育てや妊婦のための雑誌の制作に携わっていたくらい。
正直言うと、小川糸さんの小説『つるかめ助産院』を読んで、妊婦や出産に対して神秘的なものとする風潮が苦手だった。日本の個人でやっているような助産院に対する勝手な苦手意識もそこにある。
本作は個人病院ではなく、大病院が舞台になっている上に、日本とはまた違うフランスの出産対する価値観が垣間見れて興味深かった。
5年間の研修を終え、助産師として働き始めたルイーズとソフィア。しかし、初日から新人の面倒を見ている余裕はないと悲鳴を上げる現実。初日から恋人と喧嘩して泣き、メイクがぼろぼろで出産ふるルイーズに何ともフランスらしいと思う良いシーン。
先輩助産師におどおどしているルイーズと違い、ソフィアは何でも分娩に立ち会った経験がある、人のために働きたいと妊婦教室での仕事にあてられ不満を抱いていた。
しかし、現場は常に人手不足である。ソフィアは自ら人がいないところに入っていき先輩らに認められていく。人手が足りないとはいえ、入って何日かの新人に任せるということは日本だと考えられないのではと思ってしまったが、助産師の現場を知らないので分からない。他業種だったらまず任せないと思う。
ソフィアも他の助産師同様数人を担当することになり、大丈夫だろうと思っていたが、モニターが壊れ、心音が確認できなかったというのともあり、生まれてきた乳児の心臓が動いていないという緊急事態に。様々な処置を経て命を取り留めたものの、病院は対応の反省を迫られる。
人手不足、モニターの不備などソフィアのせいではないと言ってくれる人もいたが、ソフィアはその一件がトラウマになってしまう。必要以上に神経質になり、些細なことでも確認した方がいいというソフィアは周りとの連携もうまく取れなくなっていく。
さらに、少しずつ仕事にも慣れ周りにも打ち解け始めたルイーズに対してコンプレックス意識を持ちすれ違い始めるソフィア。(2人は仲良しでルームシェアして住んでいる)
2人の新人助産師の成長物語と共に描かれるのは、あまりも過酷な助産師の実態である。食事もろくにとれない、トイレに行けず何度も膀胱炎に、家族と過ごす時間もない、ストライキをしようにも目の前の命を投げ出すわけにいかない……。
更に、救急で搬送された移民の妊婦を通して、出産をすることは可能だがそれ以上の介入はできないという現状も映し出す。フランスだけではなく、移民の問題に直面している欧州各国で問題になっているかもしれない。
命を助けたくてこの仕事をやっているはずなのに、一人一人の妊婦、パートナーに向き合えないというジレンマ。その切実な叫びが最後の仕事を辞めると言った助産師の言葉に込められている。
最後はストライキの場面で終わる。フランスでは、何回か助産師らがストライキをしているという。コロナ禍で更に厳しい状況に置かれたことは想像するに難くないが…2021年に大きなストライキがあったようだ。この映画のストライキの映像はいつのものだかは分からないが、参考までに。
先にも述べたように私は出産に詳しいわけでも、医療関係者でもないため、日本の詳しい実情はわからない。しかし、コロナ禍であれほど医療の逼迫、そして医療従事者の必要性を実感したというのに、何も変わっていないように思う現状はいかがなものかと思う。
フランスの助産師の現場、切実な叫びが突き刺さり、日本の現状はどうなのだろうと考えてしまう映画であった。更に、映画の公式SNSを見てオンライン対談イベントに参加した。
主催は、『助産雑誌』を手がける医学書院。対談をするのは映画のパンフレットにも寄稿している、助産師の田辺けい子氏と、フランスに渡りフランスで2児の出産経験があるジャーナリストの髙崎順子氏。
参加者は『助産雑誌』の購読層であろう、現役の助産師や助産師を目指す学生が中心であった模様で、私のようにたまたまSNSで見つけた人はそんなに多くないと思われる。全く専門外の話であったが、非常に興味深く、映画についても理解が深まった。
以下、トークショーを聞いて思ったことをつらつらと語っていく。
一番興味深かったのは、無痛分娩に対する違いである。フランスでは、82.7%が無痛分娩による出産だという。一方日本では、8.6%だという。理由はいくつかあるが、フランスではかなり病院の集約化が進んでいるという背景がある。
麻酔医が常駐している大病院で出産するのが大多数になり、日本のように事前に無痛分娩にするかの意思決定をするのではなく、痛みに耐えられないと感じたタイミングで麻酔を希望することができるという。しかし、映画では麻酔を希望しても、助産師や麻酔医の手が足りず、妊婦を待たせてしまうという状況も浮き彫りにしていた。
そして、日本のように“母親がお腹を痛めて…”といった痛みに耐えることを一種の美徳にするかのような考え方がないというのも関係している。それより、出産後の子供の面倒を見る体力を残しておくべきだという考え方である。個人的には合理的で納得できる考え方だなと感じた。
日本では、某男性芸能人が「旦那に無痛分娩をおねだりしよう」といった旨の発言をし、炎上したということがあった。私自身も含め、無痛分娩に対する無知さも問題だなと改めて考えさせられる。勿論フランスがよくて、日本がだめという訳ではなくそれぞれ一長一短だとは思うが…助産師の現状について日本とフランスそれぞれの違いや共通する課題について知ることができ面白かった。