韓国映画『ランサム 非公式作戦』ネタバレ感想/ハ・ジョンウ×チュ・ジフンの掛け合いの良さ
ハ・ジョンウ×チュ・ジフンと言えば、まず思い浮かぶのは『神と共に』シリーズではないだろうか。『神と共に』でみせた2人のアクションも、キャラクターの相性の良さはとても良かったが、本作でもその相性の良さは顕在である。
監督を務めたのは、『最後まで行く』等のキム・ソンフン。ハ・ジョンウとは、『トンネル 闇に鎖された男』で共演している。
本作は、実際の出来事をベースにしつつも、エンタメに振り切ったポリティカルアクションになっている。2024年に公開された『ソウルの春』ほど重苦しい社会派映画ではない。(勿論『ソウルの春』もエンタメ要素はある)しかし、日本では2024年、韓国では2023年に公開されたこの2作は全くの無関係という訳ではない。
『ランサム』で描かれているのは、ソウル五輪を控える1987年。まさに映画『1987、ある闘いの真実』に象徴されるように民主化運動が活発化し、大統領の直接選挙を行う運びとなっていた頃だ。当時の大統領は全斗煥である。
『ランサム』の劇中で、安全企画部と外交部のいざこざが描かれている。ソウル五輪や次期大統領選に向け、イメージ回復をしたいという下心はあっただろう。
かなりマイルドに描いているが、韓国の近現代の映画を見ているが故に描けなかったであろう実情があったのだろうな…とつい穿った見方をしてしまう。さて、映画の内容に見ていこう。
レバノン内戦下のベイルートで、韓国の外交官が拉致された。一年余り音沙汰なく忘れ去られていた頃、ハ・ジョンウ演じる外交官・ミンジュンが一本の電話に出たことで、外交官が生きている可能性が浮上する。
確定はできぬ状況のため、大々的な発表はせず、秘密裏に救出作戦が動き出す。ここで、安全企画部に報告せずに予算を下ろしたことで気づかれ、内外で交渉をしつつ作戦を続行する羽目に。
外交官を救出したというのは、実際にあった出来事だが、その詳細が明かされているわけではなかろう。外交官が本当に現地に出向いたかどうかも怪しいところだ。
ましてやベイルートで在韓人に出会い、救出作戦に協力してくれていたという事実は恐らくないだろう。このあたりはフィクションであろうと推測される。
更に、先に述べた韓国内の政治情勢を鑑みると、外交官を救い出すことでソウル五輪、さらには次期大統領選に向け、国内外にアピールする必要があったことは容易く想像できる。逆に言えばそのような事情がなければ救出しようなどと思わなかったかもしれない。
本作は社会派の実録映画ではない。あくまでエンタメ作である。ハラハラする救出作戦は大方フィクションであろうが、本作の面白さはその緊迫感とハ・ジョンウとチュ・ジフンの掛け合いにある。こんな展開あり得ないと水を差すのは流石に野暮であろう。
ハ・ジョンウが以前監督とタッグを組んだ『トンネル 闇に鎖された男』もそうだが、極限状態における人間の心理を描き出すのが好きな監督なのだろう。『最後まで行く』も互いに泥沼にハマっていく男たちのイタチごっこを見事に描いていた。また、『最後まで行く』は様々な国でリメイクされ、2023年には藤井道人監督で日本でもリメイクされた。余談。
そして、ハ・ジョンウ自身も、巻き込まれたりして追い詰められ、困り顔をしている役がよく似合う。しかし、ハ・ジョンウは『犯罪都市』シリーズのマ・ドンソクのような生粋のヒーローではない。
本作でいえば、アメリカの外交官のポストなど何かしら打算的な原動力がはじめにある。そんなこんなで渋々引き受けることは多いが、持ち前の人の良さから当初の目的は忘れて誰かのために頑張ってしまう。ちょっぴり情けないが、やる時はやる男、そんな役を演じている印象はある。
一方、チュ・ジフンは飄々とした食えない男を演じている印象がある。本作で演じたキム・バンスなど、まさに!な役である。どこでも生活できてしまうちゃっかり者で信用できないようで実は誠実なところもある。
そんな2人のキャラクターのユーモラスな掛け合いが緊迫した救出作戦の良いアクセントになっている。
程よくまとまったエンタメ作だが、やりすぎかなと感じたのは予算が降りず、折角拉致された外交官を救出したというのに、あと一歩のところで韓国に帰ることができない。そんな局面で、外交官の職員らが自分たちの給料を使ってくれと署名をしたというところだ。
実際のところは、ベイルートと韓国政府の仲介役になっていた元CIAの人物が代わりに建て替えたという話が出ているが、そのお金を韓国政府はいまだに払っていないという。
劇中スイスにいる豪商がミンジョンの電報と、職員らの署名を見て信用してみようと思ったと発言し、彼が建て替えたことはわかるが…あまりにも美化しすぎではないかと感じた。
本作を見て、中東ではなく、アフリカが舞台であったが、どこか『モガディシュ 脱出までの14日間』を思い出した。
『モガディシュ』は、ソウル五輪から2年後の1990年。ソマリアの内乱に巻き込まれた韓国と北朝鮮の大使館らの脱出劇を描いている。ちなみに、大統領は、全斗煥から盧泰愚になっている。
こちらも、『ランサム』同様、実話をベースにしているがフィクションの要素が大きいポリティカルアクションといえる。しかし、1990年当時、国連加盟国ではないという立場で北朝鮮と競い合っていたという微妙な国際事情がうまく生かされていた。
またやりすぎなほどド派手なカーアクションとチョン・インソン、ク・ギョファンを中心にキャラに合ったアクションの見せ場が随所に見られ、エンタメとして最初から最後まで突き抜けるスピード感は正直『ランサム』より『モガディシュ』の方があったように思う。
とはいえ、『ランサム』も見やすく楽しめるエンタメであることには違いない。
余談だが…人質救出に対し、テロリストに直接交渉も関与もしないという姿勢の政府と翻弄される家族の姿を描き出したリアルテイストの映画に『ある人質 生還までの398日』がある。
また、韓国映画において誘拐事件を扱った映画も多く、人質が出てくる映画も多い印象だが…ファン・ジョンミンによるファン・ジョンミンのための劇場と化している『人質 韓国トップスター誘拐事件』も好き。