これからの歯科保健推進への展望 Vol.01
Ep1-1.「仕上げはお母~さん♪?!」
“食べたら磨くやくそくげんま~ん 仕上げはお母~さん♪”
このフレーズは多くの方が知っていると思いますが、これはNHK の「おかあさんといっしょ」という幼児教育番組の中で歌われていたもので、歯磨きの衛生習慣育成のための定番コーナーとして昭和60 年ぐらいから放映されていたものです。このコーナーの放映が始まる前のお母さんは、仕上げ磨きなる歯科保健行動は知らないし、その時(=このコーナーの放映が始まる前に)子どもだった年代は、仕上げ磨きをしてもらった経験がないので、昭和60 年ごろを境に歯磨きの概念のジェネレーションギャップが現れます。
仕上げ磨きはしてもらったことはないけれど“自分の子どもにはしなくちゃ!” と頑張ってきたお母さんの世代から、自分が仕上げ磨きをしてもらって育ったから“自分の子どもにもしなくちゃ!”というお母さんの世代に突入してきています。もはやNHK だけではなく、「しまじろう」や「たまひよ」などの媒体が教育を推進してくれており、ネットで「仕上げ磨き」でEnter⇒すると、Youtubeや歌詞だけでなく方法論から質問、嘆きに至るまで数多くヒットします。
私事ですが、現在、高校3年生と高校1年生の娘がおります(平成26年時点)。歯科衛生士である限り、自分も子どもには“やっぱり仕上げ磨きしなくちゃ!”と思っていました。ところが、当時、某短期大学で常勤職員として働き、夜7 時に保育園にお迎え、娘2人が2歳違いでややこしい中、夫の仕事の帰りは遅く、一人でお風呂に入れ、ご飯を食べさせ、山のような洗濯物に~ああ、もう限界…という毎日の中で、「なんで“仕上げはお母さん”やねん?!」(関西弁ですいません( ^^ゞ)との疑問が湧き上がってきました。
しかし、そこは曲がりなりにも歯科衛生士!子どもがう蝕にならない程度の食生活ぐらいは心得ているし、お口の扱いや仕上げ歯磨きの要領もいいばかりか、“ これぐらい磨かなくても大丈夫( ^^ ) v”の適当さやいい加減さで、何とか乗り越えてきた次第です。
この経験を通して、私が若いころに臨床現場で保護者に向かって行っていた、「お子さんのここに磨き残しがあるので気をつけて下さいね。」という安易な指導がどれだけ無責任であったか、というよりむしろ「専門家として予測されることを伝えただけ=実行しなかったあなたの責任」という責任転換だったことに気付かされました。歯科衛生士法第1条の「歯科疾患の予防及び口くう衛生の向上を図ることを目的」とした資格であることを改めて肝に銘じ、以来、生活者の視点からお口の健康を応援する活動を子育て支援活動の一環として行ってきました。
Ep1-2.「歯磨き神話」からの脱却をめざして!
皆さんは、「三歳児神話」をご存知でしょうか?『ウィキペディア(Wikipedia) 』で検索すると、三歳児神話とは、「子供は三歳頃まで母親自身の手元で育てないとその子供に悪い影響があるという考えを指す。」とあります。しかしその続きには、平成10 年(1998年)版「厚生白書」が「少なくとも合理的な根拠は認められない」と初めてこの問題に絡む記載をしたが、厚生労働省はその後の国会答弁で「三歳児神話というのは、明確にそれを肯定する根拠も否定する根拠も見当たらないというのが事実」と記載されており、現在では多様な子育て支援施策が展開されるようになり、子育て家庭を応援し、社会全体で子どもを見守り育てるという認識も高くなってきています。
そして今では“パパもする仕上げ磨き”の時代ではありますが、歯磨きに関しては今なお「三歳児神話」とよく似た概念装置として機能しており、母親の役割として強固に位置付けられ、母親を呪縛する生活行動の一つとして少なからぬ育児負担となっていることを実感しています。このような現状を「三歳児神話」になぞらえて、私が勝手に「歯磨き神話」と命名しました。
『ウィキペディア(Wikipedia) 』風に「歯磨き神話」を表現すれば、「母親が仕上げ磨きをしな
かったり、子供にキチンと歯磨きをさせないと、その子供の歯に悪い影響がある(=むし歯になる)という考えを指す。」といった具合でしょうか。そして、う蝕予防としてのエビデンスが明確でないにもかかわらず、未だにこの「歯磨き神話」により、多くの母親は必死で歯磨きに取り組もうとし、それでも上手く出来ない中で子育ての辛さ感を背負わされているのではないでしょうか。
最近、多職種参加のワークショップで、歯科以外の専門職が「押さえつけてでも磨いたほうがいいでしょうか?」「歯磨きを嫌がる」などの養育者からの相談場面での指導を困り事として挙げられます。曰く「やっぱり磨かないとだめですよねえ、どうしたらいいんでしょうか?」と歯科専門職に疑問を投げかけてこられることが多く、社会全体だけでなく専門職ですらこの神話に縛られていることを再認識しています。「むし歯予防のことを保護者から質問されても私たちはよくわからないし、専門外だから…」と、他職種との連携や協働を阻む壁にもなっています。
<地域住民さんとのワーキング風景>
子どもさんのお口や食のことで困っていることは何?
<地域組織とのワークショップ風景>
今どきの子どものお口や食の困り事いろいろ
家庭において子どもが入浴や排便などの衛生行動を自立してできるようになるためには、子どもの発達段階を熟知した専門職から沐浴指導やトイレットトレーニングなどの指導を受けながら、「オマルに座れるようになった」、「子どもと一緒にお風呂に入れるようになった」、「少しずつ自分で顔が洗えるようになった」というような、子どもの個性や発達状況に合わせた家庭での取り組みが大切になります。歯磨きや仕上げ磨きも、赤ちゃんへの沐浴指導等の一環として「お口に触りましょう」から始め、「ガーゼで拭いてあげましょう」と、親子のスキンシップやコミュニケーションを図りなから子どもの発達段階に応じて徐々に獲得する衛生行動と捉えると、“押さえつけてでもする”ことではないことが自然と理解できるでしょう。そんな生活習慣の育成や衛生行動のしつけへの指導は、助産師さんや保健師さん、保育士さんが得意とする分野であり、お口の扱いや歯の磨き方の指導は歯科専門職が得意とするところですので、楽しい歯磨き、気持ちいい歯磨き、口腔衛生の向上に大切な家庭での歯磨きの習慣化に向けての支援は相互に学び、協力し合える題材になると思います。
このような「生活習慣」「衛生行動」の一つとしての歯磨きと、世間一般では依然「う蝕予防」として有効な方法と認識されている歯磨きとが混同され、未だに多くの子育ての呪縛や他職種との壁となっている「歯磨き神話」を脱却し、う蝕を母親の歯磨きの責任にしない生活者の立場に立った支援を展開していくことが私の活動の柱となっています。
<健康づくり推進員さんへの活動支援>
MIDORI モデルで考える、地域のむし歯の要因分析