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染めと織りの世界を垣間見る

染織家の志村ふくみさんが100歳記念ということで今年は大々的に取り上げられる機会が多くあるようだ。その一つとして、東京の大倉集古館で「志村ふくみ100歳記念 《秋霞》から《野の果て》まで」という展示が始まったので見てきた。

《秋霞》は、志村ふくみが母の小野豊のもとで染織の道に進み、最初に織り上げた着物で1958年の作品だ。濃い藍と明るめの藍の中に白い横糸がランダムに走っている。紡ぎ糸の白が一様ではないから生き生きとして見える。遠目に見ると白の入り方によって無限に濃淡が生まれていて美しい。母である豊はこの作品を、これ以上のものは織れないよと言って評価したという。母娘で師弟となるというのは独特の緊張感があると思うが、その中で最高の褒め言葉が出てくるというのは素敵だ。

対して《野の果てⅡ》は2023年の作品。肩口は春草、裾は下から順に紫根、紅花で染められ、身頃全体にランダムにそれらの色が少しずつ入っている。《秋霞》の力強い印象とは反対に、淡く刹那的で、でも存在感があるという感じがする。春らしい色合いが繊細で美しい。

志村ふくみは近江に住んでいたので、琵琶湖に関する作品もいくつか展示されていた。《雪の湖》は染めていない白い絹糸と藍で染めた絹糸だけで織られている。しんしんと降り積もる雪の静けさが色の濃淡から伝わってきて、雪国の冬の寒さと曇り空と澄んだ空気を思い出した。

《水の想い出》は富山県は黒部の生地で飲んだ水に感動して織られた着物だという。富山の水は美味しい。臭木と藍と梔子が使われていて、特に臭木の澄んだ水色が映えていて黒部の水の清冽さを表しているようだった。

《七夕》と《早蕨》は細かく入る緑色が温かみのある優しい印象だった。草木染は驚くほど豊かに様々な色を表現することができるが、緑色はなかなか作れず、苅安で黄色に染めたあと、藍で染めることによって作り出す。2色の混じり具合によって緑の具合も変わるから、やはり一様ではなくて豊かな表現が生み出される。

天蚕糸で織られた《天蚕の夢》は、細い糸で緻密に織られたことが分かる薄い着物だ。製作中に何度も糸が切れたと書かれていたが、そんなこと想像もつかないくらい美しく完成された姿だった。真っ白ではなく少しクリーム色がかって柔らかく、格子柄に織られていて透け感のある様子は儚げ。

石牟礼道子さんと作った新作能「沖宮」の衣装も展示されていた。狩衣の《竜神》は、深い藍にランダムの横糸で梔子が入る。加えて、ブロック状に梔子色が配置されて藍色に奥行きが出る。落ち着いた色合いながらきっと舞台で映えるのだろう。

同じく「沖宮」のキャラクターである「あや」の衣装《紅扇》は、紅花色が眩しい作品。赤系の染料は他に茜や蘇芳があるが、茜はもう少し橙が強くて、蘇芳は深い赤。紅花はいちばん女の子らしいピンクという感じがする。田麩みたいでもある。でも子供っぽいとかではなく、主張が強いけど上品で安らかな色だ。この衣装はほぼ全面が紅花色で、アクセント的に使われる藍が互いを引き立て合っている。

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70年に渡って製作されてきた作品たちを短時間で一気に見るという行為は贅沢すぎて、彼女の長い人生の重みに対してチートしている気さえする。植物と向き合って糸を染め、一列ずつ機を動かしてきた日々が濃縮していた。前後期で展示替えになる作品も多いから、もう一度味わいに行くつもりだ。


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