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心を軽くしてくれる、爽やか婚活小説

『成瀬は天下を取りにいく』の宮島未奈さんが新作の『婚活マエストロ』を出したということで早速読んでみた。成瀬はやりたいことを全部やって全力で生きる若者の話だが、今回は婚活がテーマで一気に大人の内容だ。担当編集者の黒岩里奈さんが大学時代に婚活パーティーの司会のアルバイトをしていたという話からスタートしたのだという。どんなふうに描かれるのか楽しみに思いながら読んだ。

主人公の猪名川健人は大学時代から同じアパートに住み続け、Webライターで細々と収入を得て暮らす40歳の男性。アパートの大家の口利きで婚活の会社の記事を書くことになり、興味もなかった婚活の世界へと足を踏み入れる。

結婚をめぐっては、近年すごい勢いで社会の価値観が変容しているし、人によって本当に考えがバラバラだし、私自身も日々揺らいでいる。その中で「婚活」となると、ガツガツしたイメージをどうしても持ってしまう。でも、『婚活マエストロ』に出てくる婚活会社のドリーム・ハピネス・プランニングは、20年前からデザインの変わらない懐かしいホームページに、社長と社員一人の体制、椅子は参加者自身に運んでもらうスタイルなど、素朴な雰囲気が漂っている。

そんなドリーム・ハピネス・プランニングに勤める鏡原奈緒子は、婚活パーティーの司会者として数々の出会いを成就させてきたことで有名で、「婚活マエストロ」と呼ばれていた。彼女は「本気の出会い」を求めて参加する参加者に対して本気でサポートしていく、なんとも魅力ある人物だ。

荷を降ろしていいし誇っていい

恋愛するほうがいいとか恋愛しなくても幸せとか、結婚したほうがいいとかしないほうがいいとか、何かと比較した意見が声高に叫ばれる今日であるが、この作品にはそういう主張が全然なかった。押しつけがないというのがそのまま読書の心地よさにつながっている。

やはり婚活は互いに吟味して短い時間で判断するというプロセスがあるから、選んでもらえなくて悲しい思いをしたり、終わりが見えない中で疲弊することもあると思う。しかし、身構えすぎずに楽しむことだってできるのだということが物語から伝わってきた。そして、婚活を通じて自分の中にあるコミュニケーションの壁を越えられたり、自分自身のことにもっと気づけたりすることがあるのだということが描かれていて、婚活を描くことを通じてもっと大きなテーマを見せられている気がした。

特に好きなシーンは終盤、会社の事務所でパーティーの準備をするシーン。主人公がそれまでの婚活の実体験をもとに意見を言う。興味がなかった婚活というものに対してポジティブな姿勢を持つようになっているという変化が表れている。そして、言葉に関することで改善案を出せるというのは、自分では「三文ライター」と卑下していてもやっぱり長く続けてきた仕事は糧になっていると思わされる。この主人公を見ていたら私ももっと自分を誇って生きたいなと思えた。

まとめ

社会の中での自分の立ち位置にがんじがらめになったり、他人の価値観に溺れそうになったりする世の中だけど、もっと気を楽にして自分の価値観で生きていいんじゃない?と言ってくれているようで救われた。するする読めて、読後感はとても爽やかだった。令和を生きる人々には、婚活に興味があろうとなかろうとこの物語を読んで、生きるエネルギーをもらうことを強くおすすめしたい。



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