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【ラジオそして読書】小説とあれこれ向き合う対話を読む
小川哲の対談集『Street Fiction by Satoshi Ogawa』が2024年12月に発売された。2024年9月まで放送されていた同名のラジオ番組を本にしたものだ。番組は早朝だったのでなかなかリアルタイムで聴けなかった。今でもAudeeで聴けるけど、文字でじっくり読みたくて手にとってみた。
小川哲の本は未読のものも多いのだが、勝手に親近感を抱いている。本をたくさん読んでいて知識もあって、でもどこか少し冷めた態度で俯瞰して人間を見ている印象がある。そんな彼がこの番組を通して様々なジャンルで活躍する人たちと出会い、語ることで、ゲストたちの魅力はもちろんのこと、小川哲の小説への向き合い方や考え方が見えてくるのがとても興味深かった。
さっき親近感があると書いたが、それは通常の小説家との出会いと違って作品からではなく人として彼を知ったからだ(もちろん、一方的にではあるけれど)。小説家の万城目学と漫画家の山本さほが友達で、オンラインでゲーム対戦をする様子を配信したことがあり、その中に小川哲もいた。東大の博士課程にいて小説を書いていて、というような話をしていて印象に残った。放送ではそのときのことも話していて、配信を観るだけの者からしたら知り得なかったお互いの当時の心境が語られていたのが面白かった。夫婦で万城目学と仲が良いから、夫婦での会話で万城目学の話になるときのことなどが話題に上がったのもなんか嬉しかった。
他の表現手段を持ちつつ執筆も行っている人物としては、小泉今日子や太田光も登場する。小泉今日子は撮影現場で話しかけられるのが面倒で本を読んでいたというし、太田光は高校で「僕は読書中です」という態勢を作りたくて本を読んでいたという。確かに教室みたいな狭い場所での生き方って難しくて、私もあの頃は読書による現実逃避を目的として読書していたつもりだけど、どこかで他の人からの見え方を考えて自分のスタンスを作るために本を手にした姿をデフォルトにしていたところがあるかもしれないと思う。思わぬところで著名人たちへの共感があった。
同世代で戦争を描く作家としては逢坂冬馬や加藤シゲアキが登場する。まず作家たちが想像以上に互いに影響を与え合っていることに驚いた。そして、30代の若い作家が戦争をテーマにして史実と向き合いつつフィクションの領域を目いっぱい使って読者に何かを投げかけようとしている態度がすごいと思った。彼らの作品は特に今後読んでみようと思った。
小川哲はゲーム好きな印象がある。ゲームつながりでは渡辺祐真や古川未鈴が登場した。私はハマったら抜け出せない質だから大人になってからはゲームはあまりやらないようにしているけど、スケザネさんの話ではゲームシナリオにおいて一つのシーンに複数の意味を持たせるように工夫しているとか、シナリオ作家の立場での考え方が知れて、そりゃハマったら抜け出せないはずだわ、と思った。そしてそこに小川哲による小説との対比が入るのでとても面白かった。みりんちゃんの話からは、アイドルという言葉のイメージと外れる部分がたくさん出てきていて、短い中に彼女の背景が詰まっていた。アイドルは期限付きというイメージが強いけど、等身大で発信を続けようとしてくれているところが素敵だし応援したくなった。
近いタイミングで直木賞や芥川賞を受賞している作家としては千早茜と九段理江が登場した。この二人に関しては同じ小説家ということもあり描写に関することが細かく語られていた。千早茜は坂口安吾の『夜長姫と耳男』が好きというところで小川哲ととても共感していたけど、私にはあの作品は衝撃が強すぎて未だに好きという次元に行けそうにないからびっくりした。千早茜は匂いを小説で描いていて、九段理江は音を小説で描いている。五感の異なる部分を文字に落とし込むということに挑んでいる人たちの作品にもっと触れてみたいと思えた。
映画監督の濱口竜介との対話では、作り手が全て一人でコントロールできる小説と、様々な人が関わることでコントロールできない部分も活かしながら作っていく映画という、作品の作られ方の違いが垣間見れたのがよかった。漫画家の福本伸行の話では、マンガは映画よりも小説に近いというのが意外だった。マンガは絵やストーリーを追っているという印象が強かったけど、確かに文字を追っているのもそうだと再認識したから、次にマンガを読むときの態度が変わりそうだ。芸人のAマッソ加納との話では、小説を読んでこれは大喜利だと思うことがあるという話が出てきて、その視点がなかったから、紹介されていた小説を読んでみたくなった。
ゲストたちの人生や読書遍歴に触れつつ、様々な角度から小説や表現することに迫っていくという点でとても面白い番組であり、文字にして本にしてくれてありがとうという気持ちだ。ゲストたちが挙げた作品たちはぜひとも読んでみたいと思うから、ブックガイドとしてこの本を手元に置いておきたい。そして、小川哲は選曲していないらしいけど、放送時に流れた曲も書いてあるから聴いてみたいと思う。