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忘れないし 忘却には売りません

ー赤毛さんに限っては、忘れた方がいいと思うんです。

PTの先生が仰る。

―記憶しておくということも、脳の大事な機能だけど、赤毛さんに限っては、忘れるということもまた、覚えておくと同じくらい大事なことだと思うんですよね。僕、忘れるって、人間にとって大事だと思うんですよ。

病気なんかしたんだっけかなあってくらい。病気したことも、離婚したことも忘れっちゃったらいいんじゃないですかね?

うん、先生、いい感じです。医療者としてじゃなくて、僕として語ってくれてる笑

-その、赤毛さんに限ってはの、「限って」が気になりますけど笑。私、実は私は記憶でてきていると思っているんです。だからズルズルとライナスの毛布みたいに持てなくなった記憶も引きずって生きてきました。だから、忘れたくないんです。忘れたら、私が私である証がなくなっちゃうじゃないですか。

-なるほど。赤毛さんが忘れたくないんですね。覚えていたいんですね。

-ええ。三歩歩いて忘れることも多いですけど、長期記憶は割と鮮明で大量に引き出しに詰め込んでるんです。

あ、でももう無理やっていうときが、自分でも突然やってきます。その時は粗大ごみの日くらい、キレイさっぱり捨て去るし忘れ去りますね。笑。

-じゃあ、その日が来るまでは全部持っているんですね。地引網みたいに引きずってでも。

-そうですね。忘れたくないです。病気をしたことも、離婚したことも、そうしてまたこの仕事に戻ってこれたことも。

京都には時薬という言葉があって、時間がすべてを癒してくれるという意味だと思うけど、確かに永遠に続く悲しみはないし、時間が少しずつ忘れるという効果効能を発揮して、悲しみを和らげてくれるのは知っている。

PTの先生も多分過去にとらわれすぎずに、今を、前を向いて生きるようにといってくれたのだと思うけれど

それを重々承知の上で、敢えて、自分がその時どう感じたかとか、何を思ったか、誰が何と言ったとか枝葉に宿るようなエピソードを覚えておきたいと思うし、それが私という人間の経験値の構成要素だと思うから、きれいさっぱり忘れてしまいたいとは、たとえそれが嗚咽するほど悲しく辛い飲み込んだ記憶だったとしても思わない。

私は時薬は飲まないよ。だって忘れたくないもの。


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