長期記憶に釣り糸垂れて ロンドン編
ロンドンに一人旅したのは就職して2年目、だから24くらいの正月休み。
バージンアトランティックだったと思う。ヒースロー空港に1人バックパックを背負って降り立つ。
本当に往復のチケットしか取ってなかった。予定もあるようなないような、美術館と博物館をとにかくたくさん見て回ろうと思っていた。その日の宿もとっていなかった。
腐ってもロンドンだ、私一人くらい泊める宿が一つもないはずがない。何とかなるやろ。
ツーリストインフォメーションみたいなマークを探して空港内をてくてく歩く。あったあった。ほら、あるじゃん。
ー今夜の宿を探しています。紹介してもらえませんか。
そんなことを言ったと思う。海外の窓口の人は全員もれなく不愛想だけれども例にもれずそのお姉さんも不愛想、というか日本人がお愛想笑いと無駄な合いの手が多すぎるだけのこと。質実剛健必要にして十分条件を満たしてくれたら、それでいいんだ。
ー何か希望はある?
ーThe cheaper, the better !
中学英語か笑。比較級比較級がふと口をついて出てくる。
わかったわ。とにっこり笑ってお姉さんがカシャカチャとキーボード叩いて電話かけてブッキングしてくれる。
ーここよ。~線の~駅で降りるの。降りたら、これが地図。インターフォンを押してちょうだい。わかるようになっているから。良い旅を笑。
他には選択権はない。言葉もできないから、あれこれこれ以上注文することもできない。時差ぼけ。13時間くらい飛行機に揺られてこちとら頭の中は既にスリープモード。全てはお姉さんにお任せするしかない。
ーありがとうございます。お世話になりました。
そう言ってくるり踵を返す。
どこの駅だったのか、なんどいう宿だったのか、さっぱり覚えていないのだけど、閑静な住宅地だったのは覚えている。さほど迷わずに白壁の4階建て?の大きな建物につく。
チャイムを鳴らすとすぐにお兄さんが出てきて、遠いところをようこそと中に迎え入れてくれる。どうやら、そこは、ホテルでもBBでもなく、学生寮で、学生の長期休み中にその空室を一般の旅行者に向けて一時的に開放しているようだった。(当社理解)
今夜は1人部屋しか開いていないんだけど、明日からは4人部屋のドミトリーがあくからそっちに移ればといってくれる。The cheaper, the better がここまで浸透しているとは笑。疲れているし、思考能力も低下中でチェックインする。一泊2000円しなかったと思う。
部屋はベットと、机とセントラルヒーティングとシンプルで清潔、トイレはついていたような?シャワーは共同。窓の外からロンドン市内の屋根と煙突が見えて気分は夏目漱石(いつも大御所を引き合いに出して笑われる)
無計画の割には快適な部屋に泊まれて安心してどっと疲れが出る。緊張の糸が切れて泥のように眠る。
翌朝、教えられたとおりに地下の食堂に朝食を取りに行く。なんと学生寮だけあって、この宿では朝夕食がビュッフェスタイルで好きなだけ取ることができた。ロンドンはフィッシュアンドチップスとご飯がまずいことで有名だけれど、何を求めるかによるし、貧乏な社会人旅で一泊2000円で朝ごはんも夕ご飯もついて誰が文句を言おうかいわんやをや。
人見知りの 英語のしゃべれない 新参者の旅行者にふさわしく、隅っこで、こっそりご飯を食べようと席に座ろうとすると、
ーやあ、おはよう!新しい方!みんなと一緒にこっちで食べませんか!
と先に集う皆さんが声をかけてくれる。ううう、うれしい。でもしゃべれないんだけどな。ま、いっか。ここで断っても感じ悪いし。
ーありがとうございます。初めまして、赤毛のチコです。東京から昨日の夜つきました。24歳です。
ーええええ!まじー見えない!学生かと思ったよー笑
なんてお約束のやり取りで始まり、自己紹介が始まる。世界各国から写真や、演劇、文学を学びに留学していることがわかる。その中に1人浅黒い肌の青年が。浅はかな私。
ーあの、お国はどちらですか?
ー僕?僕は生まれも育ちもイギリスロンドンだよ。
げ。そうかインド系イギリス人ということか。しまった。レイシストと思われてしまうかもしれない。いや、世間知らず、いや世界知らずなアホな日本人と思ってもらおう。
ーごごご、ごめんなさい。変な質問をしてしまって。日本にいるとそこにいる人が全員が日本人で、多国籍の多様性について感覚的に理解できていなくて。
―気にしていないよ。
ラクダのような分厚いまつげをバサバサさせて、優しく微笑んでくれる。
その日からオージガール3人組とドミの4人部屋に相部屋した。本当に絵に描いたように明るくて屈託のないガールズで笑、国民性を彼女らに代表させて良いか分からないけど、言葉がわかるとか分からないを越えて、彼女たちと一緒にいるだけで薄暗いロンドンの空が夏色に青く晴れ上がる様だった。
オージーちゃんたちの次には、ドイツから週末を利用して一人一泊で旅行に来たという女の子と同室になった。これもtheドイツというような生真面目で固くて、でもトーンは日本人同士に近くて話しやすい女の子だった。ヨーロッパというのは地続きで、こうして気軽に行き来しているものなのだと肌身に感じて、お金貯めて一世一代ってテンション上げて乗り込むジャパニとは訳が違うなと思ってしまった。彼女とは暗さで意気投合してしまって、翌日一緒に美術館巡りしたりもした。
何も決めないからこそ、次々起こることをそのまま受け入れることができるし、楽しむことができると思っている。というかそもそも論、決められたことを決められたスケジュールでこなすことができない。興味関心が偏るし突然発動して立ち止まるし、走り出すから時間も伸縮自在でないと、見た気がしないし、来た気がしない。団体旅行では立ち止まって見入っている間に列が前に進んでしまって、ふと気づくと誰もいない(てゆうかお前が遅れたんだろ!)ことだらけだった。
それと、ひとりだから、日本を引きずらないで、現地をヒャクパー味わうことができる。友達が一緒だったら、こうはいかない。日本語のコミニケーションに逃げ込めるから笑
自由と選択と。引き受けるリスクと責任が山椒のようにヒリリと味を引き締めてくれる。
一つだけ決めていたのはイギリス人と結婚した学生時代の友人とアフターヌーンティーをすることだけで、リプトンかなんかの本店で洒落こんで日本語でゲラゲラしゃべり散らかしたのを覚えている笑
また行こうと多分帰りの飛行機では思っていたと思うけど、海外旅行からは遠ざかって幾年月だけど、大枠だけ決めてあとは流れに身を任せて起きていくことを楽しむスタイルみたいのは旅を離れても私の人生訓の一つで、細かいことは気にしないワカチコワカチコ赤毛のチコと、季節外れのギャグに1人笑う夜に