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『そして探求の旅は始まった』

FF14での話。僕のMMORPGとの携わり方、の話。

普段何をして遊んでいるのかというと、だいたいが景色を観ながらSS(スクリーンショット/写真のようなもの)を撮り、仲間と他愛もないことを延々喋る、というのがルーティン。
『行きつけの飲み屋に立ち寄る』みたいな感覚が近いかもしれない。誰かがいたら一緒に遊ぶし、いなければいないで一人でも過ごせる。

もちろん”ファイナルファンタジー”なので、時には戦装束で世界を救いに行ったりもする。なんなら8人がかりで100時間かけるようなコンテンツにも赴く。読者の中に何かの間違いで光の戦士がいた場合の自己紹介としては、根性版と称される旧XⅣから続けているレガシーで、ときどき絶のパッチ内クリアやソロDD踏破などをしながらまったり遊んでいる勢です。

遊び方の幅が広く、やることは無限にあるので時間はどれだけあっても足りない。普段ゲームはしないけどFF14だけはやる、という人や、はじめてのMMO/オンラインゲームがFF14というユーザーも多い。
10年間、家づくりしかしていないフレンドもいる。お店を経営して人と話すこと、交流することだけに時間を割いているフレンドもいる。アップデートの時期にストーリーだけ楽しむ、という人も少なくない。

リアルでは人と上手に話せない/関われないけれど、MMOでなら気楽に過ごせる、という人もいる。多分に漏れず、かつては自分もその中の一人だった。

「疲れたら羊を見に行く」という友人に連れ立って。

普段から人は多いが、今はちょうど新パッチ(ストーリーが更新される大型アップデート)の時期なのでどこもかしこも大混雑。今ひとつ食指が動かないのでストーリーの進行はそこそこに、例によってフレンドと連れ立って、とりとめもない話をしたりしている。

「ちょっと進めてみたんだけど」
「うん」
「暁月(前パッチ)で燃え尽きたせいであんまりだなぁ」
「わかりみ〜」

MCUでいうところの『エンドゲーム』や『ノーウェイホーム』以降の世界。セーラームーンでいうところの新劇場版。BLEACHでいうところのソウルソサエティ編以降、のような。例えが適当過ぎたかもしれない。
2011年からサービスが始まって、10年の時を経て一区切りがついたタイミングだったのもあって、自分含む周囲の古参勢は軒並み「あとは余生だな」といった様相を呈するほどには燃え尽き症候群を発症していた。

「もうちょっと進めると」
「うむ」
「アルパカに乗れるよ」
「アルパカに乗れるのかぁ」

乗った。

「そろそろ映画部やる?」

とフレンド。
映画部というのは、リアルタイムに時間を合わせて同じ作品を観ながらだらだら語らう、というもの。時に公式の生放送だったり、その時間に放映しているアニメやスポーツになったりもする。

「ちょっとしばらくは無理だなぁ」
「身体にだけは気を付けるんだよ」
「うい」

なお、実際に喋るのと変わらない速度でタイピングができるので、わざわざ通話を繋ぐことは稀だったりする。Skypeでさえ未来の技術!といった感じだったのに。遠い目。

最近ようやくDiscordに慣れてはきたものの、よほど親しくならない限り通話にまで漕ぎ着けることはほぼない。

誰も僕を「あくと」とは呼ばないし、「Akht.」というミュージシャンのことも知らない。ひょっとしたら存在を認知してくれている人もいるかも知れないけれど、その人物と「僕」が同一存在として紐付けられることはない。
人間としてのサブ垢のひとつ、のようなものだろうか。

誰しも所属するコミュニティごとに、その場所における”自分”が居ると思う。地元の友人の前の自分。会社で仕事している時の自分。趣味仲間の前の自分。
たとえば同業者なら、ファンの前での自分。仕事仲間と居る時の自分。

FF14の自分は、パーティの前線で敵を引きつけて、果敢に剣を振るっている。
フレンドはそこそこ居るけれど、特定の組織には所属せず、ソロ。誰に気兼ねすることもなく、気楽で気軽な、その日暮らしの冒険者。
バンドはやってないけどお馴染みのミュージシャン仲間がいて、集まればワイワイ楽しく過ごし、仕事を終えるとまたそれぞれの巣に帰っていく、みたいな。リアルと変わらないね。

ずっと長いことヒーラー(回復/サポート役)だったのだけれど、途中からタンク(前衛職)に切り替えたりもした。ネットの中でぐらい、フロントマンでみんなを引っ張る側になってみたい、というのもあった。

仲間内では「ちょっと人足りないから手伝って〜」要員なので、呼ばれればどこにでもホイホイとついていく。この辺りの行動原理もリアルと変わらないかも知れない。呼ばれて行った先で出会った人たちとの『はじめまして』が、新しい思い出を芽吹かせる種になる。

色鮮やかな世界。

ネットの世界、MMOの世界では、長く続けていたのに、いつの間にか目にしなくなる、気がついたら居なくなっている、ある日突然なんの前触れもなく姿が消えている、ということがザラだ。
心配して動向を気にしたりしていたのも最初だけで、何年も続けていると慣れてくる。「そういうもの」として、割り切れてしまう。
事実、僕自身「ちょっとしばらく居なくなるね」とは言わずに数ヶ月ほど離れていた。ときおり連絡をもらうことはあったけれど、それも限られた友人からのみだ。この気軽さ、気安さ、戻りやすさみたいなものも、FF14の魅力かも知れない(MMO黎明期からの変遷を思うと隔世の感がある)。

以前は、ゲームの世界で離れ離れになったらそれっきりだった。きょうびSNSがインフラ化しているので、ゲームから離れたところでお別れにはなりにくいのだけれど、その当時はゲームからの引退、サービス終了は「今生の別れ」を意味するものだった。

今も一緒に遊ぶ古参のフレンドたちは、『Ragnarok Online』や『PSO』で知り合い、共に世界を跨いで旅をしてきた。流石に10年以上も続けているので、FF14を始めてからできたフレンドもそこそこいるけれど、ネット上の友情は共有体験の多寡、一緒に過ごした時間の濃度で決まってくるので、やはり長く居た分だけ彼らへの思い入れは強い(が、常に一緒に居るわけではないし、人によってはデータセンターやサーバーも異なる)。前述したように、仲良くなっても姿を消す例が後を絶たない。戻ってくる人も多いけれど。
一部はAPEXや別ゲーに行っている。完全に退いているのでリアルでのオフ会でしか会わない、なんて人もいる。いわゆるリアル事情の進学、就職、環境の変化などに伴って、思うようにログインできなくなってしまうというのもよくある話。

大半が一期一会。
こういう人間関係の力学は、リアルの人生に近しいものがあるかもしれない。

不思議なもので『音楽』と同じで「辞めよう」と思ったことはない。好きな時に好きなだけ、好きなように関われることだからだ。仕事じゃない。
距離の取り方もペースも自分で決められる。

空を飛ぶこともできるけれど僕はバイクが好き。

いくらでも人に関わろうと思えば関われるし、一人で過ごしたいけれど他者の存在は感じたい、という関わり方もできる。

リアルで作業をするけれど、ゲーム内では雑踏の中にキャラクターを放置する、ということもしばしば。総年数とプレイ時間の量に驚かれることが多いけれど、ずっと操作し続けているわけではない。

行き交う人を眺めるのが好き。

リアルではまず起こり得ない一期一会を楽しめるのも、MMOの楽しさ。

街中では、パーティの人員補充やFC(チームのようなもの)の勧誘、友人同士ではしゃいでいるのであろう人たちのチャットがひっきりなしに飛び交う。どこの誰かは知らないけれど、誰もが血の通った一人の人間で、それぞれの目的で降り立っている(言うまでもないがリアル情報については尋ねないのが不文律)。

これまで数々のタイトルを遊んできたけれど、ユーザーの民度が高いのも良い点。年齢層も高い。運営はユーザー間の問題やハラスメントにも迅速に対応してくれるし、リアルと同じで「危ない人にはついていかない」を守っていれば嫌な思いをすることは稀。
見た目と言動に騙されないことが肝要なので、ある程度の自衛力は求められる。そういうのもリアルと変わらない。

ゲーム内での僕。エレゼン族。
顔近っ

趣味の一つとして明言してはいたけれど、あまり大っぴらには明かしてこなかったその実態をこうして書いてみているのは、この数年FF14のユーザー数がとてつもない上昇傾向にあり、同業者からも「最近はじめた」「実はやってる」と言われることが多くなってきたためだ。

羊の群れ。曰く「最高の癒しスポット」とのこと。

僕がインターネット/オンラインゲームの扉を開いた99年〜00年代初頭は、まだまだ世間の風当たりが強かったような気がする。日本におけるMMO黎明期であり、各社がこぞって大型タイトルを打ち出してきた。テレホーダイの呪縛から解き放たれる、定額制ブロードバンドのネット接続サービスが市民権を得て、爆発的に普及したような印象がある。

”リアルに居場所がなかった人たち”の楽園が築き上げられたことは『ネトゲ廃人』を多く生み出す功罪でもあったけれど、一方で自分のように世界を変えてもらった、救われたという人も多いと思う。

あの衝撃と感動が、ずっと忘れられない。

十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない

アーサー・C・クラーク

エオルゼアの1日は地球時間で70分。朝焼けも夕暮れも美しい。

FF14の好きなところは多いが、特筆すべきはMMORPGにあるまじき(失礼)”ストーリーの良さ”。これまで遊んできた「記憶を消してもう一度プレイしたい作品」の中でも殿堂入りを果たしている。
ゲームでこんなに泣かされるとは思ってなかった。そりゃ燃え尽きて抜け殻にもなるさ。

今は無料で拡張パッケージ5本目の『漆黒のヴィランズ』まで遊べてしまう。海外ドラマならシーズン5まで無料で観れる状態。なんだそれすごいな。

とある賭けで負けて罰ゲームで全裸正座させられている図。

僕はゲーム内でもビギナーの救済支援や『人を楽しませること』に全振りした活動を行っている。だいたいは冒険の合間にSSを撮りに行くか、フレンドとふざけ倒しているのが大半だけれど、気が向いた時には街中で『愚痴聞き屋さん』をしたり、仲間と一緒に、遊び慣れていない初心者向けの講習会(演劇仕立て!)を着ぐるみで行ったり、大喜利大会を開いたりと色々だ。前述した映画部や本の読み聞かせなどもある。

ちなみにゲーム内でも楽器の演奏ができて(打楽器もある)ストリートでの演奏や合奏活動をする人、中にはSNSで告知を打って定期演奏をしている団体なども存在するが、僕はリアル世界と違って上手に演奏ができないので混ざれないでいる。羨ましい。

思うままに書き綴ったらとても長文になってしまった。

自己の変遷を辿る旅の一環のようなもの。自分を何が形作っているのか、という問いへの答え合わせのひとつ。

リアルでは生きづらくても、ネットの中でなら息ができた。アナログからデジタルへの移行を肌で感じ取れる世代で良かったと心から思う。
生まれた時からインターネットが当たり前に存在していたら絶対にできなかった体験だ。

mixiやTwitterをやっていなかったら絶対に知り合えなかった、交れなかった人たちで溢れている。僕を見つけてくれた人たちがいる。それと同じこと。

生きる場所は自分で選べる。
そしてそれは、いくつあったっていい。

読んでくれてありがとう。




何かの間違いでこの記事を読んで「やってみようかな」と興味を持つ人がいたら絶対にネタバレを踏まないようにとお伝えしておく。

加えて個人差はあるけれど、ストーリーが爆発的に面白くなるまでしばらく掛かるので、それまで楽しめるかどうか、かな。戦記モノとかファンタジーの世界歩いてるの楽しい〜!わーいキャッキャ!というタイプの人なら問題なく楽しめると思う。

きょうび「はじめるにあたって」みたいなyoutube動画も多いだろうから、ふんわりと前準備はしてみて欲しいところ。

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