
『SOUNDS LIKE SHIT』Hi-STANDARDというバンドの奇跡【レビュー】【DVD】
『今のハイスタについてどう思いますか?』
という質問に、ギター/コーラス担当の横山健は一瞬だけ悩み、「……最高だよ」と答え、笑った。
様々な記憶や感情が交錯し、いくつもの回答が頭をよぎったのだろう。『最高だ』というその言葉は、嘘ではないにしても、そのまま単なる称賛の意味で受け取れるほどシンプルな使われ方はしていなかったように思う。少なくとも私にはそう聞こえた。
なぜなら、一瞬の逡巡ののち、彼から発されたその言葉は、「聴衆が一番聞きたいと思っていた言葉」だからだ。意識的なのか無意識なのかはわからないけれど、そんな言葉を彼は選択したのだ。
ここに彼のバンドマンとしての立ち位置と、苦悩を見た気がした。
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『Hi-STANDARD』というバンドを知っているだろうか。
1991年に結成された日本のパンクバンドで、90年代に爆発的人気を誇った。それ以後に活動を始めたパンクバンドで影響を受けていないバンドは皆無と言っていいだろう。まだ日本に「フェス」というものが定着していなかった時代に、『AIR JAM』というフェスを主宰し、成功させてきた功績も大きい。
2000年から11年間、活動休止をしていたため、若い人では知らない人も珍しくはない。しかし今の30代や40代の音楽好きで知らない人はおらず、活動再開後のツアーでも、全国各地のホールを軽々とソールドアウトさせてきた。いまだに絶大な影響力を持つバンドと言っていいだろう。
しかし、そんなバンドの変遷は、全てが順風満帆だったわけではない。
長い活動休止の期間があり、当時「解散」のアナウンスこそされなかったものの、誰もが再結成を絶望視していた時期があったのだ。
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私とHi-STANDARDのかかわりは中学生の時にさかのぼる。
当時、私は特別音楽を好きでもなかったし、楽器をやっていたわけでもない、普通の内向きな中学生だった。明確な時期については記憶していないもののHi-STANDARDというそのバンドは、劇的に、そして急激に、私たちの周りに浸透してきた。
初めて名前を聞いたその時から、「ネコも杓子もHi-STANDARD」「Hi-STANDARD好きにあらずんば人にあらず」、そんな表現がぴったりくるような様相を呈するまで時間はかからなかった。
『PIZZA OF DEATH』というインディーズレーベルから発売されたアルバム「MAKING THE ROAD」にはそれだけの力があったのだ。
Hi-STANDARDのアルバムは、その時すでに3枚が出ており、「MAKING THE ROAD」が出たのは1999年の6月。2000年から活動を休止するのだから、私が知ったのはかなり遅い方だった。
遅がけではあったものの、メジャーのレコード会社から出たわけでもない、そのパンクバンドのアルバムは、片田舎の一人の中学生のところまで、その時、確かに届いたのだ。
当時、私は「インディーズ」という概念もよくわかっていなかった。
音楽自体に詳しくなかったし、今のようにインターネットは普及しておらず、気になっても簡単に調べることなどできない。写真を見ると日本人のようだが、英語で、魂を削るように歌う彼らに大きな違和感を感じ、「きっと海外で活動している日本人なのだろう」と、当初勝手に思い込んでいた。
その後、バンドを始めた私の周りのには、横山健と同じ「レスポール」というタイプのギターを使い、ご丁寧に本人と同じように、切り替えスイッチの部分に十字にガムテープを張っているバンドマンが山のようにいた。
そうやってHi-STANDARD熱狂し、必死に真似をした「キッズ」たちが、今では第1線で活躍しているパンクバンドになっている。Hi-STANDARDというバンドは、パンク――「メロディックハードコア」というジャンル自体を作ってしまったのだ。
私の家の寝室には、今も「MAKING THE ROAD」のレコードが置かれている。CDにいたっては、結婚した際に妻が持ってきたため2枚ある。ちなみに私の家にレコードプレイヤーは存在しておらず、ただ眺めてあがめるために、そのレコードは存在しているのだ。
人生に影響を及ぼしたCDを5枚出せ、と言われたら、間違いなく入ってくるだろう。それほどに大きな存在感を持ったアルバムだ。
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そんなバンドの活動の裏側を映したDVD 。
それが今作「 SOUNDS LIKE SHIT : the story of Hi-STANDARD」だ。
これまで出してきたDVD は、主にバンドの『表』を映していた。明るく、楽しく、光り輝く、そんな面を見せてきた。だがこのDVDは違う、そんな輝いていたバンドの裏側を――つらく、誰も見たくもないような、どす黒い部分をも映し出す。
同じ志を持ち、がむしゃらにのし上がった時代。売れるにつれて、気持ちが離れいった時代。そしてある日、突然壊れた「心」。それがどこまでも生々しく語られる。
光と闇は交互に来る。
そんなイメージがあるけれど、そこに映し出されていたのは、同時に押し寄せる光と闇の姿だった。ライブひとつとっても開催できるか、出来ないか。直前までわからない。そんなギリギリの選択を繰り返し、積み重ねてきた様子が映し出されていた。
これまでも小出しにされてきた情報から、そういった闇の部分はわかっていたつもりだった。しかしいざ、こうして本人たちの口から語られると、その壮絶さに圧倒され、言葉を失うしかなかった。
――だが、そんな軌跡を乗り越えて今がある。
今もHi-STANDARDは存在し、新しい曲を作り出している。
長い年月がかかった。本人たちすら諦めた時期があった。それでも、今またHi-STANDARDというバンドは動き出した。そこにあるのは一つのバンクバンドの軌跡であり、誰もなしえなかった奇跡の姿だ。
全国のファンたちの思いを一身に背負い、バンドは「もう一つのスタートライン」に立ったのだ。
Hi-STANDARDというバンドは、横山健、恒岡章、難波章浩という3人でしか生み出せない「何か」を持っている。
横山健は、常に高い水準で先を見据え、求められるものを察知し行動する。難波章浩は、その時思った言葉をストレートに発する。その意思を、ビジョンを思うがままに周りに発信する。恒岡章は、アクの強い二人を自分という媒体を通して、できる限りろ過するかのように、思いを絞りだし、二人の間に立つ。
誰が欠けても成立しない。そんなあまりにもアンバランスな3人が集まって、バランスを取っている。だからこそHi-STANDARDというバンドは、崇高で唯一無二なのだ。
*
DVDの中で「初めて聞いたパンクバンドが、ハイスタだったら嬉しくない?……そう言われて、純粋にそうなりたいって思った」という横山健の言葉が出てくる。
そして、まさに私が人生で初めて聞いたパンクバンドはHi-STANDARDだ。――あの時、初めて「MAKING THE ROAD」を聞いた片田舎の中学生は、20年のときを経て、バンドの軌跡を彩る当事者になったのだ。そんな私に、このDVDが刺さらないはずがなかった。
もちろん私以外にも数千、数万人のそんな「キッズ」たちがいるはずだ。私と同じように、あまりの闇の大きさに、画面の前で苦悩し、その先の希望に涙しただろう。
見ていてつらくなかったかといえば、それは嘘だ。つらく、耐えがたい部分も沢山あった。それでもバンドは先を見据え、これからの希望を感じさせてもらえる内容だった。見て良かった。心から私はそう思っている。
冒頭に出した横山健の言葉に戻に戻る。
「……最高だよ」
あの言葉だけを頼りに、バンドの100%、何の不安もない未来を夢見ることは、私にはできなかった。
それでも、それまでの様々な軌跡を飲み込み、受け入れ、消化できない部分さえ残し。また3人でバンドを続けるという選択をしてくれたこと。
それは私の人生の中でも、指折りの大いなる『GIFT』であったことに間違いない。
これからもHi-STANDARDとともに、その軌跡を、その奇跡を目に焼き付けていきたい。そう、私は願っている。
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