【学習者の質問に答える】単語が覚えられません。どうしたらいいですか?
「単語がどうしても覚えられません」
こうした質問をするのは、オトナの学習者だけではありません。フレッシュな大学生からも、これまで何十回と同じ相談を受けてきました。私個人の人生を振り返っても、英単語、中国語単語、何なら漢字やら熟語やらを機械的に暗記してテスト対策してきました。こうした行動パターンは、日本(東アジア)の学校教育では長年「お決まり」だったのです。
大学では、4月始めに韓国語学習がスタート。GW頃に文字を習得し終え、単語の暗記が始まります。なので、この時期になると、決まってこの質問を受けるのです。
韓国語業界では、「韓国語は日本人にとって簡単。単語についても、漢字語が多いから覚えやすい」というのが通説でした。でも、韓国語の単語は本当に覚えやすいのかと今更ながら強く疑問に思うようになりました。
英単語なら、どんなに英語が苦手だとしても中学生から(現在は小3から)最低6年間勉強してきた経験値が少なくともあるし、中国語には「漢字」という強力なアドバンテージが存在します。それらと比べて韓国語は、つい先ほど真新しい文字を習得したばかりの状態で、一つの課で50個ほどもある進出単語を、怒濤のように覚えよと要求されるのです。これは、英語や中国語などと比べて、簡単だと本当に言い切れるのでしょうか。
よく考えてみてください。文字を覚えたてなんですよ? 母音がㅓなのかㅗなのか区別も付かないし、「ウェ」の音の文字は왜・외・웨となぜか3つも存在するし、「ん」に聞こえるパッチムもㅁ・ㄴ・ㅇの3つもあると知って、混乱している最中です。さらには、連音化(パッチムの引っ越し)など字と音が一致しない単語にとどめを指され、単語の暗記を始めた途端、挫折する学習者は相当いるものと見ています。
韓国語の単語は、文字を覚えただけで書けるものではない
そうなのです。韓国語にはㅓとㅗといった日本語にない音の区別があるだけでなく、「ひらがな」よりも表記パターンがそもそも多いのです。聞こえた発音の通りに文字を書くだけでは、単語を書けないのです。
微妙な長さと丸みを帯びた線でできたひらがなより、幾何学的なハングルを書くことはそれほど難しくありません。でも、文字を読むことに関しては、ハングルはひらがなと比べて、はるかに難易度が高いのです。「は」を[わ]と読むなど、ひらがなの読みの例外はほんのわずか。それに対してハングルは、前後の文字の並びに影響されて、読み方がどんどん変わっていくのです。
例えば「末っ子」は「マンネ」といいます。これはご存じの方も多いでしょう。ハングルを覚えたての人が、「マンネ」を音通りに表記したとしたら、망내(さらには3種類の「ん」、2種類の「え」があるため、マンネの音を知っているだけで正しい文字を選択することは不可能です)となるでしょう。しかし、実際には막내と書きます。単語を音として知っているだけでは、書くことができないのが韓国語の単語なのです。文字を覚えたはずなのに単語が書けない、それは当たり前です。こうした難表記が、初心者にとって高い高い壁となっているのです。
この難しさは、西欧の方が漢字を覚えるのに等しいと考えてもいいかもしれません。西欧の方が漢字を間違えたり正しく書けなくても当たり前だと思いませんか? だって漢字の習得には、少なくとも小学校入学当時から、漢字ドリルでの練習と小テストをしつこくしつこく繰り返して、ようやく習得したものだと私たちは知っていますから。昨日今日、ハングルを覚えたばかりの人が単語を書けないのは、至極当然のことなのです。
はっきり言います。韓国語の単語を覚える、つまり正しいスペルで書けるようになることはかなりハードルの高いことです。スペルが難しいことはネイティブも知ってますから(ネイティブもよく間違えますし、何なら、何が正しいスペルなのかが不明な単語、幾通りもの表記が共存する単語も沢山存在します)、間違えても恥ずかしくないし、「いつかは完璧なスペルを習得できるようになる」というものではないのです。とっさに漢字が思い出せないときに、スマホでちゃちゃっと検索しませんか? 韓国語の単語のスペルも、迷ったら検索すればいいだけの話です。自分が日常的によく使いたい単語は、頻繁に書くことで自然とスペルが身につくでしょうし、読むためだけの単語は、正しいスペルで書けるようになる必要など正直ありません。見た時に、何となく意味が浮かぶ程度で十分なのです。小説や論文を読んでいて、読めるけど書けない漢字なんて、いくらでもありませんか? その漢字を書けないからといって、それらをわざわざノートに書き留めて暗記しますか?
「単語を覚えるコツ」を考える前に、そもそも「単語を暗記する」という行為は必要なのか
そういう私も、学生から「それでも何とか単語を覚えるコツを」と聞かれるので、具体的なテクニックや既存の学習法は一通り紹介してきました。
単語帳アプリを使う(最近のアプリは読み上げ機能付き)
スキマ時間を活用する
五感を使う(眺めてみる、殴り書きをする、発音してみる、発音を聞いてみる)
忘れてもいいから何度でも暗記する
単語をグルーピングしてみる…
「漢字音の類似性を利用する」というのもありますね。でも、これは単語を500、1000個と覚えてきた中級者にとって有効なコツであって、文字も危ういレベルの人にとって即効性のあるアドバイスではありません。
さらに、こうした暗記のコツといったテクニックやマニュアルは、「単語の暗記は必要なのか」という、根本的な問題には応えてくれません。
そこで、こうした単語暗記にまつわるモヤモヤに一石を投じたいと思って作ったのが、2022年5月10日に発売される「くらべて覚える韓国語」という単語集です。
一般に販売される単語集は、ここ10年ほどで検定準拠もの・検定対策ものがかなり目立つようになりました(それまでは、検定準拠の単語集なんてごくごく少数派だったのに)。「自分の級に合った単語を暗記する」という学習スタイルが、いつの間にか広がってしまったようです。でも、この級という考え方は、必ずしも従わなければならないものではありません。現に、単語を暗記するために何度も読み上げる、何度もノートに書き写すといった、試験前に一夜漬けをする中高生のように機械的に覚えても、すぐに忘れてしまうという現象が大発生しています。「文字を覚えたら次は単語の暗記」という学習法は、唯一で絶対の韓国語学習法では全くないのです。
自分にとって興味のある言葉・ときめく言葉から
そこで今回の書籍執筆でまず行ったのは、提案する単語そのものを見直すことでした。覚えてもすぐに忘れるのは「自分にとって切実な情報ではないから」だといえます。だって、推し関連のことなら一発で覚えられませんか? 目の前の単語に、あなたは興味を抱いていない、ときめきを覚えていないということなのです。確かに私も、高校時代にあれだけ苦労して覚えた英単語を今は綺麗さっぱり忘れています。大学時代に死ぬ気で覚えた中国語単語は、もはや何を覚えたのかさえも思い出せません。ときめき? 全く感じませんでした。
このように、単語が暗記できないのは、学習者の能力が低いからでは決してありません。そもそも人間の脳が、自分にとって切実でないことは忘れるようにできているのです。昨今の学習者がバイブルのように思い込んでいる検定準拠の単語集は、あなたの韓活とあまり関係がないのでしょう。逆に、自分にとって切実なものであれば、一度覚えたら二度と忘れないはずです。だから、興味のない初級単語をいちから順に覚えていくことに、こだわる必要などどこにもありません。自分にとって興味のある言葉から取りかかればいいのです。
スペルだけをむやみに暗記しようとしない
単語に対するアプローチも変えました。単語の音や文字を暗記することではなく、意味を重視したのです。そのため、単語をただ暗記させようとするのではなく、細かいニュアンスや例示、背景にある文化にまで話を広げました。これらの単語のスペルを覚える必要などなく、書き写す行為も不要です(もちろん書きたい方は書いていただいて結構ですが)。
「単語を100回書く」といった行為は、涙ぐましい努力ではあるけれど、あまり意味がないし非生産的であるという考えは、昨今それなりに知られつつあるようです。「推しも日本語を頑張って勉強しているから、自分はひたすら写経をする(書き写す)」と発信している方を見かけたことがあります。単語の丸暗記は精神的鍛錬でしかないと薄々感づいているのでしょう。
誤解しないでいただきたいのは、その行為をするなと否定しているわけではありません。私も含めて、そういう学校教育を受けてきた人間には、単語をひたすら書いて覚えるこの学習法がもっとも馴染んでいるからです。でも、つらいし効果がなくてつまらないなと思うなら、あるいはこれから学習を始めようと思っている方には、別のアプローチもあるのだということを知っていただきたいのです。
目の前の単語ではなく世界観ごとインプットする
これが、最も大事なポイントはこれです。今回の単語帳が既存の単語帳と最も異なるのは、解説が長いこと(それでも書き足りませんでしたが^^;)です。K-POP関連単語を並べ立てた単語帳は、すでに書店に並んでいます。この本も、一見、単語帳のような体裁ではありますが、それらとは全く別ものです。単語の辞書的な意味を羅列するのが目的ではなく、韓活・推し活で知りたいであろう、深めたら楽しいであろう文化的な知識と単語を絡めて理解してもらうことを目指したからです。単語そのものではなく、単語から導き出される「世界観」へと学習者を誘導したかったので、「暗記すること」よりも「読むこと」に主眼を置いています。
カバーだけを見ると、「アミにジャケ買いさせたいのね」と思うかも知れませんが、読み物としての解説が、著者としては一番重視していたところです。「言葉は文化の凝縮である」がゆえに「言葉と文化はセットで学ぶべき」というのが韓活韓国語の神髄だからです。なので、21年・22年放送のラジオステップアップハングル講座の単語バージョン、「読む単語帳」と言ってもよいかもしれません。
こうした書籍は、オトナの方にこそお勧めしたいと思っています。昨今の韓国語学習環境は、機械的な「暗記」や文法事項の「運用」といった、表面的な学習に偏る傾向が強まっています。こうした表面的なものは、インターネットやアプリが肩代わりしてくれる時代ですし、動画には字幕付け師や先行学習者が素早く適切な訳を付けてくれます。そうした分野はAIや専門家にお任せして、自分は自分がときめく世界を入口に、その世界を深めて広げていく学習に没頭しても良いのではと提案したいのです。言葉と絡めて、内面的な世界や背後に横たわる文化を理解していく学習はワクワクして楽しいし、無理な暗記などしていない割には忘れにくいものだからです。
さあ、ようやく最初の質問に回答できます。私の提案はこうです。
Q:単語が覚えられません。どうしたらいいですか?
A:単語は覚えるな、理解せよ。