恐ろしいから、美しい(きつねのはなし/森見登美彦)
「強いから美しい」
ヒメユリの花言葉。
「そういうこともあるのか」と思った。ソレが美しいことに、「~だから」と理由を付けることが出来るのか。
それなら、『きつねのはなし』は、こういえるだろう。
「恐ろしいから美しい」
*
「可哀想にね」
彼はそう言って、痩せ細った首を垂れる。
――『きつねのはなし』p83より引用
可哀想にね。
可哀想にね。
ああ。
何度読んでも、身の毛がよだつ。
実際は、「何度」といえるほど読み込んではいないのだが、一度や二度、さらりとめくっただけでも、どこかへ拐かされてしまうような畏れを覚える。
畏れ。
畏怖。
畏敬。
それに類するもの。
『きつねのはなし』中に跋扈する、この世ともあの世ともいえないソレに、僕は畏れを抱いている。
僕はときどき分からなくなる。僕自身のわずかな経験が、自分の作った嘘に飲み込まれてしまうんだ。
(中略)
僕はふと、彼らのことを、本当の記憶のように、ありありと想い出している。街中を歩けば彼らに出会うような気がする。
――『果実の中の龍』p158-159より引用
もし、『きつねのはなし』で恐怖する瞬間があるとすれば、目を上げる瞬間だろうか。
『きつねのはなし』は、最も愛する小説の一つだが、最も畏れている小説でもある。小説から現実に戻ることなど、本来ごくあっさりと出来るはずだが、『きつねのはなし』は別だ。
小説から目を上げた瞬間、僕はいつも、「自分は現実に居るのだ」と自信を持つことが出来ない。
ここは、現実なのか?
それとも小説なのか?
畏れを抱いた人物が、
現実に居ないことを、
どうやって証明すればいいんだ?
コレが戯言であることは、充分わかっている。けれど、ソレを真っ向から否定することも出来ない。
自分もいつか、人ではない何かに囚われてしまうんじゃないか?
その疑念が本意なのか不本意なのか、自分でも判別が付かなかった。
いつものように、ケモノは私の先に立ってゆく。
――『魔』p229より引用
結局のところ、僕は魅入ってしまったんだろう。名の付けられない、妖しい者達に。
行ってはいけない。
それ以上、行ってはいけない。
そんな忠告が天からかかったとしても、僕は行くことを止められないんだろう。
どうか、妖しい者達の元へ――。
恐ろしいから、美しい。
その美しさは、夢でも現でも、僕を捕らえて離さない。
きつねのはなし/森見登美彦(2009年)
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