【大解剖】『エレファントヘッド』:ミステリーの常識を覆す衝撃作【ネタバレあり】
🏆『2024本格ミステリ・ベスト10』第1位🏆
『エレファントヘッド』
この謎に触れたら、もう引き返せない
2023年9月、白井智之氏による小説『エレファントヘッド』が刊行され、ミステリー界に激震が走った。
本作は、手にした人々に驚きと困惑、そして時に忌避感をもたらし、新たな読書体験を提供した怪作として話題である。
自分の読書経験を振り返っても『エレファントヘッド』と似た作品は見当たらない。それほどの衝撃だった。
注意:以下、本文にはネタバレが含まれています
✴︎独創的な仕掛けと展開に圧倒される!
『エレファントヘッド』の最大の特徴は、複雑かつ巧妙な仕掛けや展開にある。
◆予想を裏切るトリックが満載
この作品の驚くべき点は、これまでのミステリー小説で使われてきた様々なトリックが、物語の中で再構築されている点である。
白井氏は、読者がよく知るトリックをいくつも組み合わせ、予想を裏切る展開を生み出す。例えば、冒頭でゲームをプレイするfumiyaが実は女の子だったという古典的なトリックは、読み手の先入観を利用した見事な騙しの一例と言える。
このような仕掛けが、物語全体を通して散りばめられており、我々は常に油断できない状況に置かれる。
◆マトリョーシカ的な展開がすごい!
またこの物語は、謎の中に謎が隠されている入れ子構造を採用している。一つの謎が解けたと思えば、そこからさらに謎が現れるという展開は、我々の知的好奇心を絶えず刺激し続ける。
一つの謎のためだけに物語が進む作品の場合だと、途中で中だるみが生じる。しかし、本作では一つの謎を追いつつも、次から次へと謎が出てくるため、最後まで飽きずにハラハラとした気持ちを保ったまま読み切ることができる。
余談だが、このような作品は「多重解決ミステリ」として扱われることがある。もし興味がある方は、井上真偽さんの『その可能性はすでに考えた』もおすすめだ。2024年「#名刺代わりの小説10選 」で、ヨビノリたくみ氏も取り上げていた小説である。
◆SF要素が融合することでより複雑に!
本作は中盤からSF要素が導入され、物語が新たな次元へと突入する。特に、「並行世界の自分が人を殺すと全並行世界の同一人物が同じ死因で死ぬ」という特殊設定は、従来のミステリーでは不可能だった殺人トリックを可能にし、我々の想像力を膨らませる。
この物語の面白いところは特殊な設定を理解しても簡単には謎解きに成功しない点だろう。終始、この設定の中でどのように殺人を可能にしたのか、最後まで目が離せない。
そして、明かされた真実は驚愕そのものだ。この部分は倫理的、生理的にNGな方が出てしまうかもしれない。とにかく頭のネジが外れてしまったとしか考えられない。倫理観や生理的嫌悪を顧みず、ロジックを突き詰めた1冊と言える。
✴︎作品の挑戦性
このような『エレファントヘッド』の挑戦は、我々に独特の物語体験を提供する。一方で、この挑戦は同時に、万人向けではない要素を孕んでいる。
◆論理的思考の要求度が高め
本作は、読者の共感よりも論理(ロジック)での理解を重視している。そのため、我々は複雑に絡み合う謎や伏線を追いかけるために、常に頭を整理しながら読み進める必要があるのだ。
本作で登場する謎や伏線、そして予想外の展開を追いかけるには、読み手の積極的な思考参加が不可欠である。これは、ミステリー愛好家にとっては魅力的な要素だが、軽い読み物を求める人には少し重荷に感じられるかもしれないと感じた。
◆独特の倫理観
この物語には、人を道具として扱うサイコパス的な要素が含まれており、一部の読者には不快感を与える可能性がある。
この独特の倫理観は、物語の持ち味になっている一方で、読者を選ぶ要因になっていると予想する。グロテスクな描写や倫理観を無視したような内容に、嫌悪感を抱くこともあるだろう。
特に、登場人物に感情移入や共感しながら読む人にとって、本書の過激な内容が生理的に受け付けられないことも考えられる。
一部のレビューでは、「人間が描けていない」という評価もあるように。しかし、『エレファントヘッド』は道徳感のある人間を描くことを意図的に放棄することでしか成し得ない物語なのである。
つまり、通常の倫理観や道徳観を超えた視点から物語を構築することで、独自の世界観を創り出したと言える。
本作は、時に言語化できない不快感や不安、居心地の悪さを感じさせることがある。しかし、そうした感情的な反応こそが、この物語の本質的な部分を形作っているのである。
✴︎まとめ
『エレファントヘッド』は、ミステリージャンルの可能性を広げた野心的な作品である。その複雑な構造、予想外の展開、そして我々の思考への挑戦は、読んだ人を困惑させながらも、強烈な印象を与える。
ただし、その挑戦的な内容と独特の倫理観から、すべての読者におすすめできる作品ではない。しかしながら、ロジックを突き詰め、新たな物語体験を求める人にとっては刺激的な一冊となるだろう。
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