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好かれる会社【ショートショート】

N氏はゴシップ記者だ。芸能スキャンダルから政治家の裏金問題まで、暴けるものはすべて暴いてきた。
フリーで働くN氏には匿名で依頼が来る。今回のターゲットは、世界一人気があると評判の総合企業。社員、投資家、顧客、誰に聞いても絶賛しか出てこないという。恨みがあるのかわからないが、ゴシップが無いかを調べて欲しいとのことだった。

「そんな夢のような会社があるわけがない」

そう確信したN氏は、早速調査を開始した。


最初に話を聞いたのは、開発部の若手社員だった。この企業は商品力が高く次々と新しい商品を生み出している。その源泉となる企画部であれば職場環境から不満が聞けるはずと考えたのだ。

「職場環境について、不満はあるか?」

「うーん…強いて言えば、食堂のメニューが豪華すぎて選ぶのに時間がかかることでしょうか」

N氏は思わず眉をひそめた。

「いや、もっと深刻な問題とかないのか?パワハラとか、待遇の不満とか」

「ないですね!上司は優しいし、給料も業界平均以上。リモートワークも柔軟にできるし、福利厚生も充実してますし!」

目の明るさから、早々に諦め、次の方法を考えた。中途採用として応募し、懇親会から人事部のベテラン社員にも話を聞くことにした。

「離職率は高くないですか?」

「昨年は0.3%ですね。大半が定年退職か、夢を叶えるために独立するケースです」

「実際のところ、社内トラブル等ないでしょうか?」

「ほぼありません。もし問題が起きても、社内カウンセラーが即対応しますので安心してください」

N氏は不信感を募らせた。次に投資家にも話を聞くことにした。何分巨額の投資が入る企業なので、金の悪い噂の一つや二つあるはずだ。

「この会社、何か怪しい動きはしていないか?」

「むしろ透明性がすごいんですよ。決算報告は詳細まで開示され、経営陣は誠実そのもの。株主としては最高です」

N氏はその後も複数人の投資家を訪ねたが、みんな感謝をするばかりで何もゴシップ等無い。稼がせてくれている以上に感謝をしているのだから弱ったものだ。

最後にダメ元で、一般の顧客にも尋ねてみた。

「悪い評判とか聞かない?」

「ないですねぇ…商品は高品質だし、カスタマーサポートも神対応。SNSでも称賛の声ばかりですよ」

N氏は頭を抱えた。企業というものは、どこかに闇があるものだ。しかし、この会社は完璧すぎる。

しかし、N氏のプライドが許さない、その後SNSなども通じてあらゆる角度からこの企業について調査した。そしてついに、匿名の情報提供者から「不正取引の疑惑がある」というリークを得た。

証拠を集め、記事をまとめあげた。リークするには事前連絡が必要であるため、ターゲットの会社に宣告通知を送った。これでこの企業に一泡は吐かせられるというものだ。

すると翌日、N氏はターゲットの会社に呼び出された。普段なら無視をするものだが、ここまで調査した企業は早々無い。怒り心頭なのか、泣きつかれるのか、いずれにせよリークを止めるつもりはないが、興味本位でN氏は会うことにした。

受付で名前を伝えると、即座に個室に案内をされた。

「よくぞ見つけてくれました!」

満面の笑顔で迎えたのは、社長本人だった。

「……は?」

「実はこの調査を依頼したのは私自身です。みんなに好かれる会社を作るには、不満や不正を徹底的に洗い出す必要がありますからね。あなた方に依頼するのがベストだと思ったのです。まさか不正取引が見つかるとは思いませんでしたが、取引先と担当者は即刻解雇しました。」

「つまり、俺は社長のために働いてたってことか?」

「そうなりますね。もちろん、報酬はもう振り込んでありますよ」

N氏は口座を確認した。そこには依頼額以上の数字が並んでいた。

N氏は小さく笑った。
だれもから推される会社づくりに最も貢献していたのは我々だったのかもしれない。しかし仕事に対して十分な報酬を貰ってしまえば満足でしかない。

気づけばN氏もターゲットの会社を推していたのだった。


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竹貫裕哉|ショートショート作家
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