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商機【ショートショート】

大昔の田舎町には、緑豊かな山々と澄んだ川が流れ、季節ごとに風景が変わる美しい景色が広がっていた。村人たちは農業や漁業で生計を立て、質素ながらも平和な生活を送っていた。その中に一人、貧しいながらも真面目に働く男がいた。名をN氏という。彼は田舎の小さな家で、愛する妻とともに慎ましく暮らしていた。

N氏は毎日、田畑を耕し、家畜の世話をしながら生活していたが、貧困から抜け出す手立てが見つからず悩んでいた。ある晩、嫁が言った。「ねえ、あなた。高原に咲く花を集めて売るのはどうかしら。あの花はとてもいい香りがするって聞いたことがあるわ。」彼女の目には希望の光が宿っていた。N氏はその提案を受け入れ、高原へと向かうことを決意した。

次の日の朝、N氏は日の出前に家を出発した。高原へ行くには険しい山道を通らなければならず、道中には野生の動物もいるという話を聞いていた。彼は籠と鎌を持ち、食料や水も少しだけ携えていた。

山道は険しく、N氏は何度も休憩を挟みながら進んだ。途中、足元の岩が崩れやすくなっており、注意を怠ると滑落する危険もあった。彼は慎重に一歩一歩進んでいった。山の中腹に差し掛かると、茂みの中からイノシシが現れ、N氏を威嚇するように睨みつけた。N氏は冷静にその場を離れ、別の道を選んで進んだ。

山を登り続けるうちに、次第に空気が薄くなり、息をするのが苦しくなってきた。しかし、N氏は決して諦めることなく前へ進んだ。高原に近づくにつれ、風景が一変した。山肌に広がる緑の草原と、その中に点在する色とりどりの花々がN氏の目に飛び込んできた。香りは風に乗ってN氏の鼻をくすぐり、疲れた体に活力を与えるようだった。

「これだ、ここで花を摘むんだ」とN氏は心の中で叫び、籠を手に花を一つ一つ丁寧に摘み取っていった。彼は特に香りの強い花を選び、慎重に扱った。何時間もかけて、N氏は籠いっぱいに花を集め、満足げに高原を後にした。

帰り道も同じように険しかったが、花を手にしたN氏の心は軽やかだった。山を降りる途中、N氏は再びイノシシに遭遇したが、今回は花の香りに惹かれたのか、イノシシは穏やかな様子でN氏を見つめるだけだった。N氏は慎重にイノシシの横を通り過ぎ、無事に山道を下りきった。

村に戻ると、N氏はすぐに花を嫁に見せた。嫁はその香りに感動し、「これならきっと売れるわ!」と喜んだ。しかし、数日が経つと、摘んだ花はすぐにしおれてしまい、香りも薄れてしまった。これでは商売にならないと頭を抱えるN氏。

だが、N氏は諦めなかった。しおれた花をよく観察していると、花の種がまだ香りを保っていることに気づいたのだ。彼は試行錯誤を重ね、種を熱したり、乾燥させたりと様々な方法を試した。最初は種を火で軽く炙ってみたが、焦げ臭さが強すぎた。次に、火加減を調整し、種を低温でじっくりと熱すると、ほのかな香ばしさが生まれた。この熱した種を水に浸して抽出液を作り、さらに乾燥させて粉末状にしてみた。

次に、N氏はその粉末を使ってスープを作ることに挑戦した。彼は熱した種の粉末を沸騰した水に入れ、丁寧に煮詰めていった。やがて、芳ばしい香りが漂うスープが完成した。N氏は心躍る思いで、そのスープを嫁に飲ませてみた。嫁は一口飲んでみると、目が覚めるようにすっきりとした気分になったが、同時に顔をしかめた。「これ、なんだかすごく苦いわ。でも目が覚める感じがするの。」N氏は落胆しながらも、彼女の言葉を真剣に受け止めた。

「これでは売り物にはならないかもしれないな…」N氏はそう呟いた。「『珈琲』という名で売ろうと思ったんだが、香りが良くても苦い飲みものなんて売れないよな。」彼は深いため息をつきながら、諦めることにした。


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