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「空白を満たしなさい」
図書館にて。尊敬する人が薦めていた本の作者さんの棚を眺めて、そこから惹かれるものを借りた。その中の一つが、平野啓一郎さんの「空白を満たしなさい」
面白くて2日で読み切った。
小説の中でも出てきた「分人」という人間観が、私の中に新しい概念をもたらした。対人関係ごとにあるいろんな自分を「分人」と呼ぶ。家族と関わっている自分は家族の分人、友達と関わっている自分は友達の分人。関わる人の分だけ分母が増えていく。自分の中にいくつもの分人がある。その分人は関わる人からの影響を多大に受けている。
果たして私にはいくつの分人があるだろうか。
そう考えてみると、なんだか猛烈に力を持っている分人の存在を感じた。ダメな自分を真っ向から否定し非難し、律する分人。それが随分と幅を利かせて、私の中に存在している。「生きづらさの正体はこれかも?」長らく抱えてきた生きづらさの尻尾が見えた気がした。
その分人は「世間一般」や「SNS」に感化されまくっている。だから正しくて正義で、そして魅力的である。自分は間違った人間だと思い込んで生きてきた私にとって、正しさや正義の前では絶対服従しかない。高校生の頃、「今日から私は完璧に正しいちゃんとした人間になろう」と決意して通学の自転車を走らせていた。完璧に正しくあれば嫌われる事もない、自分が原因で誰かを不快な思いにさせる事もない。人間関係の恐れが正しさという武器を必要としていた。でも実際は完璧なんてものは無理な話で、日々挫折しては荒地になり、また別の日に完璧を決意して、の繰り返しだった。それくらい、私にとって正しさは絶対だった。
小説の中では、自分の中にある分人同士で殺し合いが起きる。自分の理想にそぐわない分人を消そうとする。私に当てはめて考えるとすれば、世間一般の常識やSNSに影響された分人が、満たない分人を一斉に責めている。正しさや正義、そして魅力でこちらに向かってくる。満たない分人は、それらに日々ジリジリと追いやられている。反発することはできない。なぜならそれらは圧倒的に正しいからだ。正しさに追いやられる満たない分人は、ジリジリと気力を失い、やがて無気力になる。
正しさが得ようとするものは何か?
正しさが何をもたらすと期待していたのだろうか?
それは「所属する」という安心感のような気がする。要は孤独が怖いということだ。社会から爪弾きにされることは、人間にとって恐怖だ。社会に所属するために、私たちは常識を身につけ社会のルールに従う。それは間違ったことではないし、むしろ「正」だと思う。しかし、正しさや正義は行き過ぎると刃にもなってしまう。
この本の文庫本の表紙はゴッホの自画像だ。麦わら帽子のゴッホを見たときに、冷たいものを感じた。それは私が普段からいわゆるこの世に対して感じている恐怖。冷笑、嘲笑。正義の笠を被った、凶器。それには到底刃向かえない。
しかし私も外に出た際には、何食わぬ顔をしてこういう顔をしているんだろうとも思う。社会からはみ出ないように、本当の孤独にならないために。嘘でもいいからどこかに所属している安心感を得るために、満たない分人を無きものにしている。そして世の中に存在する満たない誰かも無視してしまっているのかもしれない。その悲しさを知りながら。
そういった積み重ねが、粛々と今日まで今の私の作り上げてきたんだろう。自分の中の正義に滅多打ちにされた自分。私の中で、争いや殺人が起きている。
先日、友達から相談されたときに「自分の繊細さに殺されないで」と言う私がいた。自分の中からその言葉が出てきたことに驚いたが、この小説を読み、分人という概念を通すと腑に落ちるところがある。繊細な人というのは、自分の中にたくさんの分人が居すぎるのかもしれない。頭の中がうるさくて仕方がないと言う話もよく聞く。
「分人」という新しい概念がとても興味深い。自分の中にいるごちゃごちゃとしたいろんな自分が「分人」という概念で整理されたところがある。この小説を読んで良かったと心から思う。
私がとても癒され、そして胸に刻みたいと思った一節。
以下「空白を満たしなさい」より抜粋(P292)
誰も、人間の苦悩する権利を否定することは出来ません。それは、残酷なことです。我々はいつでも、癒しを与えることを急ぎすぎ、自分の住んでいる世界を憎悪から守るのに必死で、他者の苦悩を尊重することを忘れがちです。
苦悩を否定された人間は、悲劇的な方法でそれを証明するように追い詰められます。多くの場合、我々は、決して否定できない深刻な事態が生じてから、初めて彼の苦悩を知るのです。