00冊目:カレー本の制作出版は儲かるのか? 問題
本が好きだ。作るのも読むのも好きだ。
だから、僕が作っているカレー本について、これから少しずつ書いていこうと思う。
ここ数年、世の中にカレー本の新刊があまり出ていない。
その前までは年間20タイトル以上出ていた年もあったくらいだから、いまだに夏になると書店では、過去の作品が並ぶ。
新刊が出ないということは、出版社が二の足を踏んでいる状態なのかも。
本には大きく2種類あると僕は捉えている。
商業出版と自費出版。
商業出版は出版社が著者に依頼して作るケースが多い。
自費出版は著者が自主制作という形で作るケースが多い。
商業出版社はわかりやすく言えば、利益を生むために本を作るわけだから、そこからカレー本が出ないということは、「カレー本を出しても儲からない」と判断していることになる。
一方、著者の方はどうかといえば、実は、周囲が抱いている印象ほど稼げていないのが現実。
僕はよくこんなふうにうそぶいている。
「本の執筆(制作)は、割に合わない!」
「時給換算したら300円程度だ!」
これは、なんとなくの実感値で、要するに1冊を作るために自分が費やしている労力や時間を考えれば仕事として全く見合わないということ。
裏腹に周りからは「印税生活うらやましいなぁ」などと言われることが多い。「とんでもない!」と反論したところであんまり信じてくれない。だから、ざっと試算してみることにした。
※ここからは、長くなるけれど、あくまでも水野の体験に基づく大雑把な計算。この手の内容は、きっともっと正確なものが他にたくさんあると思う。
★★★印税収入について★★★
たとえば、1冊1,800円のレシピ本を出すとする。
印税は平均7%程度。
1,800円×0.07=126円
著書1冊辺り、著者に126円が入ることになる。
本が売れないこの時代に一般的なレシピ本の初版部数は4,000部程度だろうか。すると、初版印税額が計算できる。
126円×4,000部=504,000円
本を1冊出版すると著者の水野に約50万円が入る。
みなさんのイメージとの乖離はどのくらいだろうか?
飲食経営している友人がレシピ本を出した。彼の本はよく売れて、ベストセラーと言われている。
初版が売り切れて増刷したら「まあまあ良くできました」という結果。仮に2,000部の増刷を3回繰り返し、第4刷が世に出ると合計1万部になる。この時点で「ヒットですね」と言われる。2万部くらい売れたら「ベストセラーです」と言っていいだろうか。僕がレシピ本(カレー本)に対して感覚的に持っている尺度はこんな感じ。
彼は、ベストセラーを世に出した後、僕にこう言った。
「あれで(あの収入で)ベストセラーでは、夢のない世界ですね」
書籍の制作をビジネスとして捉えたら、「夢のない世界」という感想はその通りだと思う。
★★★時給換算について★★★
さて、僕がうそぶく「本づくりは時給300円」は実際本当なんだろうか?
レシピ本1冊を作るときに僕がかけた時間をざっと算出してみる。
僕の場合、商業出版社からの出版依頼は、たいてい1年くらい前にやってくる。(すなわち来年の夏前に出版する本の話はもう始まっている)
レシピ本に必要な作業は大まかに以下の通り。
↓
A. 企画構成検討……200時間
B. レシピ開発……50時間
C. レシピ撮影……50時間
D. 原稿執筆……200時間
あくまでも水野がカレー本を作る場合、である。
僕の本づくりは、AとDにものすごく時間をかける。逆にAが設計できれば、BとCは難なく終わる。Dは校了のギリギリまでしつこく何度も書き直す。だから、おそらく一般的なレシピ本制作とは真逆の制作方法を取っていると思う。実際にはAとDに関してはもっと長い時間をかけている気がするけれど、わかりやすくこの数字にしておく。
とにかく、1冊の本を制作するのにかける時間は500時間となる。これで時給を計算してみると、なんと衝撃の結果がはじき出されたのだ!
504,000円÷500時間=1,008円
あれれ???
時給1,000円ももらっていることになる。
じゃあ、僕がこれまで「本づくりなんて時給換算したら300円くらいだ!」の豪語は全くの嘘だったことになる。ごめんなさい……。
厚生労働省のホームページによれば、東京都の最低賃金時間額は、時給1,113円だそうで、それには満たないから、水野仁輔の書籍制作という労働はブラックだということにはなるが、それでも時給1,000円ももらっていただなんて。「そんなはずはない!」と口を尖らせたくなる、が計算の結果出てきた数字だから仕方がない。
★★★労働対価について★★★
本づくりが時給1,000円だという現実を素直に受け入れられないので、別の切り口を考えてみた。
たまに耳にする「水野さんはいいなぁ、印税だけで暮らしていけますもんね」という言葉。僕がカレー本の制作だけで生活するとしたら、どんな日常になるのかを検討してみる。
1冊の本を作るのに1年間で500時間がかかる。
世の中のサラリーマンと同じ(?)週休2日だとして、月曜から金曜まで5日間、50週(約1年間)制作に勤しむとする。
500時間÷50週÷5日間=2時間
月曜から金曜まで毎日2時間ずつ働くと1冊の本ができる。
仮に平日、午前10時からランチ休憩1時間をはさんで夕方5時まで働くすれば、6時間ある。毎日せっせと本づくりだけをし続ければ、年間3冊のカレー本が書ける。(商業出版社から依頼があれば、の前提だけれど……)
まとめると、1日6時間労働で週休2日、1年間、本づくりの仕事をし続ければ、3冊の本が出版できる。年収は、50万円×3冊=150万円だ。
何かの記事に出ていたサラリーマンの平均年収は、415万円程度とのこと。
もし、僕がカレー本の制作だけを仕事にその金額分を稼ごうとしたら、1年間に9冊の新刊を出版したら年収450万円で平均を超える、という計算になる。
かける時間で言えば、1日平均18時間労働が必要になる。睡眠時間が足りない……。
「本の時代は終わった」と言われるのは、出版業界側の話だけでなく、著者側の意見でもあるということなのかもしれない。
そして、長くなったが、水野の場合、これとは別に「自費出版」という、魔物を抱えている。こちらは(僕が商売感覚を度外視していることが大きな原因だが)、基本的に商業出版よりもはるかに儲からない。
それどころか、僕の自費出版レーベルに関して言えば、立ち上げてから15年以上、新刊を出せば出すほど赤字が増す形になっている。ひどいものでいえば、作った本が売れたとしても1冊あたり50万円ほど赤字になる、いわゆる「全くペイしない」シリーズもあったりする。商業出版でもらった印税がそのまま自費出版の赤字補填にまわる計算だ。
僕はこれまで商業出版で70タイトル以上のカレー本を出してきた。
自費出版では、小さな冊子レベルのものまで含めれば100タイトル以上のカレー本を出している。
そう考えれば、商業出版で稼いだお金のほぼすべてが自費出版に回り、手元には1円も残っていないような状態と言える。
独りでせっせとやっているから、作るのに精いっぱいで売る方には手が回らず、出来上がった本は、リアル書店にもネット書店にも置いていない。在庫がなくなるまで、AIR SPICEの通販サイトで細々と手売りしている状況だ。
*イートミー出版の本が買えるサイト
↓
仮に僕が会社の経営者で水野仁輔という社員を抱えていたら、真っ先に「本づくりの仕事は今すぐやめなさい」と言うだろう。
僕がいる世界を仮に「カレー本業界」と呼ぶならば、この業界はビジネスとして捉えたら、「とっくに終わっている」と言わざるを得ない。
それでも僕がせっせとカレー本を出し続けるのは、「本づくりが好きだから」だ。
好きすぎて、専門のラジオ番組までやっている。
*「カレーの寺子屋」
カレー本の制作裏話を通してモノづくりとは何かについて考える番組
↓
書籍の制作というプロセスを通すのが、僕にとって自分の考えや身に着けたことや発見したことを最も美しく整理して表現できる手段である。
だから、この作業はやめられない。商業出版なら時給1,000円ももらえるのだから、チャンスがあるならこれからも頑張ってやり続けたいと思っている。自費出版は時給マイナス1,000円なのだけれど……。
非常に長くなった。
でも自分の中でも整理ができたし、改めて「それでも僕はカレー本を作り続ける」と覚悟を持てた。そして、これからは、「カレー本づくりなんて、時給300円レベルですよ!」だなんて言わないことにしよう、と思う。
「自費出版もやってるから、プラスマイナスゼロでただ働きですよ!」とは言うかもしれないが、「それはあなたの趣味ですよね」とか言われたら黙るしかない。
そんなこんなで精力的に続けているカレー本。とにかく僕は本を作るのが好きだから、全力で取り組んでいる。できた本はどれも素晴らしいものだと思っている。だから、そんな本のことを1冊ずつ書いていきたいと思う。
そういうコンテンツは、その昔はコツコツとやっていた。
*「僕はこんな本を書いてきた」
↓
改めてこの場で、新しい本からさかのぼりながら書き続けていきたい。