小説家チャレンジ40目〜神の器〜

 きょうは私にはめずらしく、1日で友だち2人に会った。

 カナダではコロナ対策が厳しく、年末から2月まで飲食店はテイクアウトのみ、同じ家に住んでる人以外と会ったり、家を訪問するのも禁止だったので、長いこと家族いがいの人間と対面で話していない。

 息子たちを学校に送り出してすぐ、もとの職場の同僚グレースと、コーヒーショップで待ち合わせる。

 彼女は40代の中国系カナダ人。そう遠くない地区に旦那さんと2人で住んでいる。ふたりともおしゃべりに飢えていたので、いっしょに朝食を食べたあと、3時間も話しこむ。

 窓際の席で、家族のこと、彼女の同僚のはなし、夢について、さいきん感動したこと、教会のこと、グレースのお母さんの健康状態などを、彼女は香港アクセントで、私は日本なまりの英語で息もつかずにおしゃべりしながら、ふと思った。


 彼女とは再就職先で、たった2年まえに知り合い1年しかいっしょに働いていない。その中国人のグレースとカナダのカフェで、旧知の友だちみたいにとりとめもないことを、英語で3時間も話してるってなかなかスペシャルなことかもしれない。


 グレースには、私が番組で見たある日本のご家族の話をした。とある東京の居酒屋さんがコロナ禍で大打撃をうけて、ご家族とスタッフさんがギリギリの状況で頑張っているドキュメンタリー。

 このご一家の現状が、3年前に泣く泣く店を手放した自分たち夫婦の姿に重なって、人ごととは思えず、必死に頑張っている皆さんの様子が胸をうった。その動画を何度もくりかえし見ながら、ひと晩号泣した。

 ほんとうはそのお店に援助金を送りたかったけど、今は生活によゆうがないので、せめて手紙だけでも出すことにする。

 手紙には私たち夫婦も似たような経験をして、今のオーナーご夫婦の心情はいたいほど分かる。私たちは店を続けられなかったけど、こちらのお店はきっと息を吹き返すこと、何もお力になれないけど、ご成功をお祈りしていることを、上手に書けなかったけど、一生懸命伝えた。


 お手紙をだすまえに、やっぱり何か同封したくなって、ささやかなカナダのお土産をいっしょに送り、その後は日々の雑事におわれて手紙の事はすっかり忘れていた。



 しばらくしたある日、心当たりのない差出人から郵便物が届く。ふしぎに思って開封すると、まったく期待していなかった、居酒屋さんご家族からのお返事。


 そこには、娘さんが私からの手紙を受けとり、店でお仕事中のオーナーご夫婦に持っていって、見せてくれた時のことが書いてあった。

 私の手紙を読んだご両親が、その場で号泣してしまい、泣きながら仕事をしていました、というお嬢さんの心のこもったお手紙と、お店の女将さんと大将からのお礼状まで入っていて、お返事を読みながら、ご家族の人柄の素晴らしさが伝わってきて、胸が熱くなりまた涙が止まらなくなった。


 お忙しいのに、ご丁寧に日本のお土産まで送ってくださっていた。私のつたない手紙が、遠くはなれた東京で、会ったこともないご夫婦の心にふれたことが、信じられなくて、感動で頭がぼうっとする。


 店を閉めたことは、自分ではいまだに受け入れがたい汚点だったのが、この失敗体験こそが、カナダにいる私と見知らぬ日本のご家族を、海を越えてつないでくれた。

 じぶんのマイナス体験が、はじめて人の役に立った。失敗した私の言葉が、誰かの胸に響いたのだ。

 大失敗でしかなかった出来事が、初めてまったくの無駄ではなくなった。報われた気がした。

 日本のご家族を応援したくて手紙を書いたのに、逆に勇気づけられたのは自分。


 このどん底にいる私でも、きっとまだできる事はある。誰かのお役に立てることがある。

 私の体験が、少しでも同じように苦しんでいる人たちのお役に立ったらすばらしいな。

 これから私の過去をいかして、世の中に愛や癒しを広めることはできないかな。


 神さま、どうかわたしを地上でのあなたの器として使ってください。

 

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みゆま
人生どん底だけど、夢にむかって歩きつづけます。読んでくださってありがとう✨