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可愛いあの子、芋みたいな私

どうでしょう、この見た目。
惹かれませんか?

Pâtisserie L'Authentique

ケーキを買いに来た。7年前に一度だけ食べたことのある、ホワイトチョコムースとピスタチオのブリュレで、表面は白くコーティングされた「エミリー」というケーキが忘れられなくて。

ショーケースを覗き込む。華やかに飾られたケーキたちが、誰かに持って帰られる時を待っている。どれも美味しそう…

残念ながら目当てのケーキは置いていなかった。店員さんによると、時期が来たらショーケースに並ぶようだ。また来る理由が出来て楽しみである。


左右を行ったり来たりして悩んでいた。母は「マジョレーヌ」にした。

私は赤く艶めいたころんとした見た目で、淡いピンクのクリームが絞られた「シシリー」というケーキと、白い小さなホールケーキのような見た目で、中央に真紅のジュレのようなものがトッピングされた「フロマージュ・クリュ」の2つで悩んでいた。どちらも可愛らしい見た目でインスタ映えしそうだ。

ふと右端にひっそりと置かれた茶色い塊に気づいた。
じゃがいものような見た目。窪みから白い糸のようなものが出ている様子が、やけにリアルに再現されていて少し気持ち悪い…

母と「芋みたい!」と面白半分でその見た目を笑った。他のケーキよりも一回り小さな見た目で、まるで煌びやかなケーキから離れるように、一番端で申し訳なさそうに置いてある。

ポムドテール ロタンティックのエスプリ。ロタンティックの全てが詰まった逸品』

商品カードの説明を読む。どうやらお店の看板を背負っているケーキらしい。この見た目で…?と少しツッコミをしたくなったが、店員さんによるとブランデーをふんだんに使った、お酒の強いケーキらしい。

刺激的な味を妄想して、見た目も面白かったので購入。母は「芋じゃんwww」とずっと笑っている。無理もない。


「ポムドテール」

車に乗ってポムドテールの意味を検索してみる。フランス語で「じゃがいも」を意味するそうだ。本当にじゃがいもだったのか…と苦笑してしまった。

家に帰り、早速お皿に盛り付けて写真を撮る。生えている毛(?)にフォークを突いてみる。面白い。

だが一口食べて、先程まで馬鹿にしていたことを後悔した。

固めの表面を割ると、ブランデーの染みたアーモンド生地から、レーズン、かぼちゃの種、ドライフルーツ、薄いホワイトチョコ、とにかく色々入ってる。

食感と味が食べたことのないもので、今まで食べたケーキが比べ物にならないくらい美味しい。甘さを消費する為のありふれた味ではない。

「私を味わえ!」と言われるような、重量感のある濃厚なケーキだ。一口ずつ噛み締めながら食べないと、ケーキに飲み込まれそうなぐらい。

買う時に妄想した「刺激的な味」ではなかったが、ティラミスとはまた違うブランデーの使い方だった。ブラウニーを丸く焼き、生地にドライフルーツを混ぜたようなものだ。(マジパン?という生地らしい、伝わってくれ…)

食べながら色々な事を考えた。


「女の子」であること。

女の子はスイーツと一緒だと思う。(中略)
ショーケースに並べられる容姿じゃなきゃ、誰も食べようとなんて思わない。
『西洋菓子店プティ・フール』千早茜

好きな小説の一節だ。なるほどな、と思った。ケーキを買う時、私はチョコレートケーキを選ばない。だって見た目が茶色で地味だから。同じような理由でモンブランも選ばない。黄色いだけの単調な見た目。(味は美味しいです)

フルーツや鮮やかな色でデコレーションされた、華やかなケーキが好きだ。私とはかけ離れた位置にいる、可愛らしい女の子を食べている気分になる。

造形を視覚で堪能して、柔らかいスポンジ生地にフォークを突き立てる。ゆっくり崩れていく様子も甘美で見惚れてしまう。甘さを自分の舌の温度で溶かす贅沢が癖になる。
(誤解を招く様な文章になってしまった…)

可愛い女の子が好きだ。
人の中心で花のように笑うあの子。
フリルとリボンでピンクに甘く飾られたあの子。好きな人の前で恥じらいに頬を赤く染めるあの子。

街ですれ違う女の子を見て「あの子可愛い!そう思うよね?」と隣を歩く兄に同意を求めるほどだ。いつだって笑いながら頷いてくれる。


世の女性たちは「可愛くなりたい、綺麗になりたい」と邁進する人が大半だろう。

でも私は違った。努力することも、羨望することも、憎悪することもしなかった。見て満足するだけの、可愛い女の子からしたら「芋女」と馬鹿にされ得るような人だ。

そんな価値観なので、私はショーケースに並べられないケーキだ。
でもそれでよかった。並べられるケーキの数にも限度がある。もし私がそこに置かれても、他の誰かがショーケースから外れる方が辛い。ならば、初めからその場所はその誰かに譲った方が心地良い。

自分が輝くことよりも、他者が輝いてる様を見ている方が幸せだ。欲を言えば、私が他者の輝きをサポート出来たらもっといい。


特別着飾らなくても

ふざけた見た目で端に置いてあったのに、すっかりこのケーキの虜になった。

「このケーキを置くよりも、目当てだった別のケーキを置いてほしかった…」と内心では思っていたが、食べログを覗いてみるとポムドテールのファンは多いようだ。同じファンとして素直に嬉しい。


「シシリー」と「ポムドテール」は見た目で言うと「可愛い女の子」と「芋女」みたいな組み合わせで、味を知らない人だったら「シシリー」を買う人の方が多いだろう。

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後日撮ったサバランとシシリー。どちらも華やかで可愛らしい。

この店の食べログに「残っているケーキの見た目が、地味なものばかりで凹みました…」みたいなログがあり、写真の中にこのケーキがあったけど「本当の良さなんて、食べてみないと分からないですよ!!!」と声を大にして言いたい。

特別着飾ることもないけれど、内なる魅力を秘めた少しの遊び心と、芯のある女の子を食べたような味だった。


私もそうなりたい。見た目が華やかじゃなくても、心の蓋を開けた人が一瞬で虜になってしまうような、強い引力をもたらすポムドテールのような女の子に。


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服部  藍良
舞浜に帰るための貯金に回します

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