どんな聖人にも思春期は(多分)必ず来るのだ【エッセイ】

 中学時代からの友人Tは、中学生の頃から大人びていた。
 どんな時でも冷静沈着で、先生のギャグにも吹き出さない。教室に虫が侵入しても騒がない。みんな大騒ぎの席替えのくじの順番待ちだって毎回最後尾に並ぶ。勉強も運動もそつなくこなす。誰の噂も広めないし、ゴシップを面白がらない。
 どの同級生とも違う大人なTのことを私はとても尊敬していた。

 当時の私は年相応に痛い中学生だったのだが、なぜかTに気にいってもらえてよく遊んだ。

 大学進学を機にTは東北地方へ、私は首都圏へ引っ越したので頻繁に遊ぶことはできなくなったが、折をみてはTと連絡を取っていた。私はTを頼りにしていたので、自分では判断がつかないことは何でもTに相談していた。

 大学一年生の夏休み、Tと帰省の予定を合わせて一緒に遊ぶ計画を立てた。
 大学ではいわゆる女子女子したグループに入ってしまい、(楽しかったのだが)少し疲れたというのもあって、Tに会うことがとても楽しみだった。余談だがTに会う前の晩にみた夢は、竹林の中に建つ庵で書道をしているTを垣間見する夢だった。私のT観が現れた良い夢だ。


 Tとの待ち合わせ場所は地元のレトロな喫茶店だった。
 レトロな喫茶店を集合場所に選ぶとは流石はTだな、と感心していた。地元にいた頃は、ただの古い喫茶店だと思っていたので1回しか入ったことがなかったし、しかもその1回も、祖父の手術終了を待つための時間つぶし目的での来店だ。
 地元にいた頃からTはその喫茶店に目をつけていたのだろうか。文化的だ。

 待ち合わせ時刻より少し早めについたので、先に席に着いた。
「ブレンドコーヒーを一つ。」と頼む自分が大人のようで誇らしいようなくすぐったいような感覚を覚えた。


しばらくすると、お待たせという声が聞こえ顔を上げると、大変貌を遂げたTの姿があった。

 Tの艶やかな黒髪ロングヘアは茶髪へと変貌して、顔は化粧に彩られていた。流行の服に身を包み、表情は心なしか誇らしげだ。どっからどうみても今時の若いムスメさんだ。
 変わったね、と言うととても嬉しそうな顔になった。

 席に着くや否やTは「中高時代の自分が大嫌いだった。」と言った。中高と暗黒時代だった、イケてなさすぎてあの頃の写真は全部燃やしたい、あの頃は自意識にがんじがらめになって結局何もできなかった、きっと誰にも憎まれてないけど誰にも好かれていないしいてもいなくてもおんなじような中学生だったと思う、とTは矢継ぎ早に続けた。どうやら昔の自分を葬るために大学デビューを果たしたらしかった。 

 私は驚いた。中学時代の彼女は大人びた仮面の下にこんな感情を秘めていたのだ。

 カミングアウトしたことで心が解放されたのだろうか、彼女の告白は続く。昔から倖田來未とか聴いてたし、ギャルにも憧れていた、髪だって早く染めたくて仕方なかった、らしい。

 彼女の話が一通り終わったあと、久々に再会した友達同士のたわいの無い会話がようやく始まった。
 大学はどうか、どんな友達ができたか、一人暮らしの感想は等近況を話し合う。

 そして、恋愛の話になった。
 「私今モテ期がきてるの。」とTは言った。学部の男子たちに連絡先を聞かれて複数人とやりとりをしている、すでに一人から告白された、とのことだった。私は色めき立った。いくら何でも手が早すぎる、流石大学生男子だ、と思った。

 私の方は特に何もなかったので、その日の大半は聞き役に徹していたがとても楽しかった。


 以後も連絡を取り合い続けた。
 以前と違うのは、Tからのメッセージが文面も内容も、ハッチャケているということだ。カミングアウトしてからはなんの気兼ねもなくなったのだろうなと微笑ましかった。その大半は異彩からモテた報告だった。

 最初の方は楽しかったのだが、毎回同じようなモテ報告にだんだんと付き合いきれなくなってきて私はやがてスタンプだけを返信するようになってしまった。

 ある日、Tが不満を爆発させた。あんたは私の話を全然話を聞いてない、最近冷たい、と。
 自分も何か報告することはないのか?と言われたので、確かに何にも報告しないのは水臭かったかもなあと思い、これからは何かあったら報告するようにするよと伝えた。

 とりあえず、気になる先輩に「最近可愛くなったね。」と言われたことを報告してみた。メッセージを送信してから2、3分も経たないうちにすぐに電話がかかってきて、「あんたってオタサーの姫?」と言われた。頭が真っ白になった。あんたが何かあれば言ってくれって言うから言ったのに! Tの言葉をまとめると、別にあんたは可愛くなってないし言ってきた男もモテない男に違いないと思っているらしかった。棘がすごいなー、と思いながらも仲良しならこのくらいのイジリ(?)はあるものかもなあと流した。Tのことは親友だと思っていたので。今思うとTはこの頃すでに変だった。

 それからも、私が恋愛関連のことを報告するたびに反撃を受けるようになった。そしてその後必ず自分のモテ自慢になった。
 流石に苦しくなってきて、インターネットで色々と調べてみるとTがしていることは「マウンティング」というものらしいと知った。あのTがマウンティング、とても信じられなかった。

 私の中ではTが神格化されていたので、Tがそんな人間くさいことをしているのがショックだった。例えるなら天皇が万引きしているのをみてしまったくらいに。(この例え不敬罪ですかね)それだけTは私のなかでプレシャスワンだった。


 中高時代の私は、いつでも何にでもイライラしていた。思春期のダサさイタさが身に纏わり付いているのを自認していながらもどうにもできないもどかしさがあった。自分だって同類なのにそれを棚に上げて、周りの同級生はみんな痛くてダサくて嫌だと思っていた。そんな中を清廉潔白に飄々と颯爽にすり抜けていくTがとても素敵で大好きだった。Tはとっくのとうに思春期なんか超越してしまったのだと思っていた。

 でも、違かった。中高時代にはまだ思春期が来ていなかったというだけのことだったのだ。大学デビューをきっかけに思春期に入ってしまったのだ。
 そして成人してしばらく経った今でも、思春期から抜け出せていない。つい一ヶ月前も「私って猫みたいな性格かもw」とツイートしていた。私は、彼女が1日でも早く思春期を終わらせる日を待ち望んでいる。


 大人になってから、Tのように思春期が遅れて到来した人を多くはないが何人か見た。彼らは思春期をかなりこじらせていて、中二病罹患期間も長期にわたっている。中二病が治ったと思ったそばから高二病大二病に罹患している。完治までにはかなりかかりそうだ。大人はいちいち本人にイタさを指摘したりはしないので、気づくきっかけが少ないのだろう。(これが中高生だったら指摘の応酬で即気づけるのだが…)


 今回書いたことでTへの気持ちを整理することができた。同じような経験をして上手く対処できた人がいるなら教えてくれたら嬉しい。ネットで調べると縁を切った人が大半なのだが、私はTと縁を切りたくはないし、Tが奇異な目で見られるのも耐えられない。


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