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ミスだって、唯一無二の味だって。
お昼時。
よく行く定食屋に入ると、いつもと違った雰囲気を感じた。いつもは、静かめな店の中がワイワイとしている。ふと店内に目をやると、女性が6人で食事の提供を待っていた。割と小ぢんまりとしているお店なので、6人は団体さんだ。他のお客さん達もいる中で、いつものおばちゃんは慌ただしく店内を行き来している。
僕がおろしそばセットを頼むと「ちょっと料理の提供に時間かかるかも」と言われたが「はーい」と答えて特には気にしなかった。
少し経って分かったのだが、僕はちょうどその団体さんの後に注文したらしかった。つまり、先に6人分の料理が提供されないと僕の分は出てこない。
タイミングがよくなかったかな…。
料理を提供するのは、お店の中でそのおばちゃん1人。料理を載せたお盆を持って、僕の横を何度も往復している。
「冷やし中華でーす。タレが濃いめなので、量を適度にして食べてくださいね」
「おいしそー」
僕の後ろの方では、ワイワイした声が聞こえてくる。今何人目だっけ?もうそろそろかな。
そんなことをぼんやりと考えながら料理を待つ。
「お待たせ。ごめんね、遅くなって」
おろしそばが出てきたのは、注文から30分ほど経ってからだった。申し訳なさそうにおばちゃんが言う。
「全然いいですよ!」
野菜の天ぷらと一緒に出てきたのは、ぶっかけスタイルのそば。かつおぶしや大根おろしが乗っている器に、つゆを回しながらかけいれた。割り箸をわって、そばを口に運んだところでふと思った。
…あれ、味が変わった?
これまで何度か食べたことのあるこの店の「おろしそばセット」。今日は少し酸味がある気がした。
まぁ、夏だし。
こういう酸味が食欲をそそるのかもしれない。
気にせず食べ進めていた時に、目の前にあったメニューに目がいった。「おろしそばセット」の上に、「冷やし中華」の文字が見える。
「タレが濃いめなので、量を適度に…」
おばちゃんと後ろの団体さんの会話がフラッシュバックした。
…あ、これはもしかして。
そう思ったのと同タイミングくらいで、バタバタとおばちゃんが走ってきた。
「ごめん。これ、そばのつゆだった?」
聞かれて確信した。
「…あ、少し酸っぱいかなとは思いました」
そう。僕のおろしそばについてきたのは、そば用のつゆではなく冷やし中華用のタレだったのだ。
「わー!!ごめんなさい!」
おばちゃんは僕にめちゃくちゃ謝まってくる。
「作り直すわ!」
そう言ってはもらったが、既に3分の2くらいは食べてしまっている。そして、僕はその「おろしそば in 冷やし中華タレ」の味に不満を感じていない。
「いやいや、全然大丈夫!これはこれで美味しいから」
考えてみれば、冷やし中華もおろしそばも、構成要素は一緒だ。麺に野菜にタレ。結局、僕はそれを全部食べた。味も美味しかったとすら思っている。でも僕が店を出るまで、おばちゃんは謝り続けた。
その様子に、逆に作り直してもらったほうがおばちゃん的には肩の荷が下りたのかな…と思い、少し申し訳なかった。
来週また食べに行こう。
そうすれば、きっと笑い話になるはずだ。
店を出て見上げた青空には、今年一番といってもいいくらいの入道雲が広がっていた。