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建築論の問題群 01  〈形態言語〉   香山壽夫の形態論と、その現代性 

 木内俊彦(dsdsA)

 実は今回、私はこの小委員会に参加する初めての機会で、正直、前日に送られてきた資料を見て、身構えた。その内容が「本気」の形態論だったからである。「本気」とは、本気でないときがあるような失礼な言い方であるが、「形態について本気で話し合うぞ」という気構えを感じて、私は嬉しくなった。
 今回の「第1回ラウンドテーブル」のテーマは「形態言語とかたちことば」であったが、私はかつて自分で使うために香山の形態論を勉強したことがあるので、それに関連して考えたことを記したい。

香山壽夫の形態論の特徴

 香山の形態論の特徴は、「形態の要素の特質だけではなく、更に要素の統合関係の特質を論ずる」(*2)ところにあり、分析対象として、建築作品の「形態要素」「形態構成」「形態構造」という主に3段階が設定されている。簡単にまとめると、「形態要素」とは、その建築をパッと見てわかる「特徴的な形態」で、部分のことも全体のこともある。次の「形態構成」は「部分と全体の関係の形式」と言われ、じっくり見ると見えてくる「特徴の相互の関係」である。多くの場合、この「構成」によって「その建築を理解した」と感じられるものであるが、通常は複数存在し、「建築の多義性、あるいは複合性といった性質を支えている基本的条件」となる。最後の「形態構造」は、「複数の形態構成を統御しているひとつの構造」と言われるもので、複数の作品解釈をひとつの統一性として理解するためのものである。
 ここで正直に告白すると、私はかつて、「形態要素」と「形態構成」には納得できたものの、「形態構造」の意味が理解できなかった。それは抽象度が高すぎて、建築の特徴や魅力をわからなくしてしまっているように感じ、その手前の「形態構成」にとどめた方が良いのではないか、と思ったのである。
 そのようなことを思い出しながら今回見直して、思ったことが二つある。一つは、「形態構造」は、「要素」や「構成」のように経験で捉えられる形態を説明するものではなく、他の建築との比較や、それを継承あるいは変形する「創作」を想定した概念だったということである。「形態構造の変形」は、ある形態構造をよく理解した上で新しい様式が生み出される時に起こるようなもので、抽象度の高い分析を前提にしている。つまり、この3段階のうち、はじめの2段階は誰もが建築を理解するための「受容論」として読めるが、最後の「構造」段階は、高度な「分析論」あるいは「創作論」だということに注意が必要である。
 もう一つ考えたことは、なぜ香山がこのような「構造」にまで踏み込んで建築形態の「真の理解」にたどり着こうとしたかである。私は、それはロバート・ヴェンチューリの理論(*4)との関係を意識したからではないか、と思った。香山は、ヴェンチューリが「カーンを理解した上で、その構造を変換して何ものかを生み出そうとしているかに見える」と評価しながらも、その変形は、空間の多中心化、皮膜の相対化、歴史的モティーフの雑多な引用など、「ポスト・モダニズムのアイロニカルな表現の世界」を成立させたと批判している(*1)。このように当時隆盛となったポストモダニズムの理論に対抗しようと考えたなら、「形態要素」と「形態構成」だけでは確かに難しい。「要素」や「構成」のレベルでは、「ポストモダニズムこそ豊かだ」とも言いえるからである。

香山形態論のその後の展開と現代性

 香山は、その後の『建築意匠講義』(*3)では「形態論」と言わず、「私」を包むものとしての「空間がどのような形と意味を持つか」を論ずる「空間論」と、「建築がどのような形態によって、どのような意味を外に表し示すのか」を論ずる「表象論」に分けて、建築の形態について語った。また、ここ数年来、建築を「かたちことば」と捉えようとしているということを考え合わせても、香山は「構造論」で抽象化し過ぎてしまった「かたち」を、人々が共有できる経験の観点から捉え直そうとしている、と私は想像する(*5)。
 また私は、香山の形態論のなかで、『建築意匠講義』の「表象論」で言われている「囲いモティフ」と「支えモティフ」を、とくに現代でも有効な概念だと考えている。今回のラウンドテーブルでは、ティム・インゴルドの質料形相論批判(本質的な形相が質料に押しつけられることで人工物が出来上がるという考え方に対する批判)や、テクトニック(構築的)とプラスティック(可塑的)という構法上の違いが「かたち」に及ぼす可能性など、現代に考えるべき興味深い話題が提供されたが、そのように建築のかたちを発展的に考えていく上でも、「囲う」・「支える」という生命的な基本動機が建築のかたちに反映しうるという理解は有用ではないだろうか。

【補足】以下(別サイト)で補足を行いました。よろしければご覧ください。
(1) 「形態構造」の可能性と限界について
(2) 「囲いモティフ」「支えモティフ」とは何か?

参考文献
*1 香山壽夫「ルイス・カーンの建築の形態分析」『新建築学体系6 建築造形論』彰国社、1985.
*2 香山壽夫『建築形態の構造——ヘンリー・H・リチャードソンとアメリカ近代建築』東京大学出版会、1988.
*3 香山壽夫『建築意匠講義』東京大学出版会、1996.
*4 ロバート・ヴェンチューリ『建築の多様性と対立性』伊藤公文訳、鹿島出版会、1982.
*5 東京大学建築学専攻Advanced Design Studies編『T_ADS TEXTS 02 もがく建築家、理論を考える』東京大学出版会、2017.(人々が共有できる要素で建築を語るべきだとする香山のインタビュー「様式を共有する」を収録)


木内俊彦

1973年千葉県生まれ。卒論では伝統的町家の「形態構造」を論じた(東京理科大学伊藤裕久研究室)。 1999年 東京大学大学院建築学専攻修士課程修了(岸田省吾研究室) 1999-2002年 横河設計工房 2002-2022年 東京大学建築学専攻助手、助教、主任研究員など。 東京大学大規模公開オンライン講座 Four Facets of Contemporary Japanese Architectureシリーズ(2015-)企画・編集。 東京大学建築学専攻Advanced Design Studies編 『T_ADS TEXTS』シリーズ(「01 これからの建築理論」2014、「02 もがく建築家、理論を考える」2017)編集・執筆。 dsdsA(持続空間建築研究所)代表。

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