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日産に学ぶ病理学:日産経営危機から得られる教訓(6)

『♬ タッタタタ…タララッタラララッ…タッタタタ…タララッタラララッ…ダンダンダン!』といえば、私が何を語りたいかお分かりの方は、すでに初老に差し掛かっている可能性があります。

『初老』というと少し年配を感じさせる響きかもしれませんが、本来の初老の定義は四十歳です。かつては、幸若舞『敦盛』の一節『人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり』から、人間の寿命は高々半世紀程度と考えられていました。そのため、四十歳はすでに老人の域に達していたのです。とはいえ、近年では『人生百年時代』とも言われますから、初老の定義も八十歳くらいに変わるかもしれません。

 初老に該当する皆さまは、もうお気づきかと思いますが『♬ タッタタタ…』といえば『ナイトライダー(Knight Rider)』のオープニング曲です。

 ちなみに『ナイト』を“Night”と誤解している方もいらっしゃいますが、この『ナイト』は“Knight”――すなわち『騎士』を意味します。イギリス(GB)ではロック歌手がナイト(騎士)の称号を授けられることもありますが、このドラマのタイトルも文字どおり『騎士のライダー』という意味なのです。

 このドラマは、1982年から1986年にかけてアメリカで放送され、日本でも高い人気を誇りました。

『ナイトライダー』の概要

主人公:マイケル・ナイト(演:デヴィッド・ハッセルホフ)
AI 搭載車:KITT(キット:Knight Industries Two Thousand)

特徴
・KITTは高度な人工知能を搭載しており、人間のように会話が可能。
・自動運転や自己修復機能、レーザーやミサイルなどの武装も装備。
・主人公をサポートし、犯罪者や陰謀に立ち向かうストーリーが展開される。

 このドラマは、当時としては非常に先進的なAI技術や自動運転をテーマにしており、現在のテクノロジーの進化を予感させるものでした。また、リブート版も制作され、2008年には続編『ナイトライダーNEXT(Knight Rider 2008)』が放送されています。

 最近のAIは、ChatGPTのように、一度話し始めると止まらないほど高度化しているため、機械が話を始めても、いまどきはあまり驚かれません。しかし、1980年代において『自動車が会話する』という設定は斬新でした。しかも『ナイトライダー』のKITTは、単に話すだけの自動車ではなく『正義の自動車』という特徴を持ちます。正義の自動車がいるなら、当然『悪の自動車』もいるはずです。その『悪の自動車』が、KITTの双子として生み出されたAI自動車のKARRなのです。

 同じ性能を持ちながらも、学習方法やプログラミングの違いによって、正義のAIにも悪のAIにも成り得る問題は、1980年代のフィクションの中ですでに提示されていました。当時、世界中の自動車マニアが憧れていたのは、まさにKITTやKARRのような『未来の技術を具現化した車』だったのです。

 そして現在、その夢を現実にしようとしている人物の一人が、イーロン・マスクです。彼が目指しているのは、まさに『現代版ナイトライダー』といっても過言ではないでしょう。なかでも特筆すべきは、テスラフォンとニューロリンクを活用し、人間の脳とスマートフォン、さらには自動車を一体化しようとしている点です。一見冗談のようにも思えますが、これは実際にテスラ社が進める自動車開発のコンセプトの一部でもあります。HuaweiやXiaomiが進めるEV開発も、未来のインターフェース統合を目指しているという点では共通しているのです。

 しかしここで、重要な問いが浮かび上がります。技術が進化し、自動車がただの移動手段を超えて、人間の知覚や意思と結びつくようになったとき、その『意思決定』は誰が行うべきなのでしょうか。KITTのように『正義のために働くAI』を目指すのか、あるいはKARRのように『自己保存を最優先するAI』になってしまうのか。結局、技術の善悪を決めるのは、それを使う人間の意図と倫理観にほかなりません。

 現代においてAI搭載のEVがKITTのように信頼できる存在となるためには、AIがどのように学習し、どのような価値観を基準に行動するのかを慎重に設計する必要があります。これが不十分であれば、KARRのような予期せぬ『悪意のある行動』を引き起こすリスクもあるのです。

 さらに、イーロン・マスクが目指す『脳と自動車の一体化』が実現すれば、私たちは単に自動車を運転するのではなく、自動車と共存する時代に突入するかも知れません。

 未来のナイトライダーが『正義の味方』として人々に受け入れられるのか、それとも『予測不能な脅威』となるのかは、技術の進化だけではなく、人間の選択にもかかっているのです。

1.HarmonyOSの発展と意義

 Huaweiが開発したHarmonyOSは、アメリカの制裁によるGoogleモバイルサービス(GMS)へのアクセス制限を受け、同社が独自のエコシステムを構築するために生まれました。当初はスマートフォン向けのOSとして開発されましたが、その後、以下のように大きく進化しています。

多端末統合:HarmonyOSは『1つのOSで多端末を統合する』というコンセプトを掲げ、スマートフォン、タブレット、スマートウォッチ、テレビ、家電製品、自動車などの端末がシームレスに連携できる点が特徴。

IoTへの対応:インターネット・オブ・シングス(IoT)時代を見据え、家電や自動車などを含む包括的な制御を可能にするオペレーティングシステムへと成長。

セキュリティと分散アーキテクチャ:分散アーキテクチャを採用し、デバイス間のリソース共有を効率化。セキュリティ面も強化が進む。

世界三大OSへの成長:現在、HarmonyOSはAndroid、iOSと並ぶ主要OSとして認識されつつあり、特に中国国内では高い普及率を誇る。

2.XiaomiのEV進出の意義

 Xiaomi(小米科技)は、家電製品やスマートフォンを中心に事業を展開してきましたが、電気自動車(EV)市場への進出を表明しています。その背景と意義は以下のとおりです。

垂直統合型ビジネスモデル:これまでのスマートデバイスのエコシステムを活かし、EVにもIoTやAI技術を組み込むことで、従来の自動車メーカーとの差別化を図る。

コスト競争力:Xiaomiの『低コスト・高品質』戦略をEVにも適用し、競争が激化するEV市場での価格破壊を狙う。

エコシステムの拡大:スマートフォンやスマート家電で培ったソフトウェアやサービスをEV内に展開し、EVもXiaomiエコシステムの一部として統合。

市場の多様化:EV市場はまだ成長期であるため、新規参入企業にとって大きなチャンスが存在する。Xiaomiの参入は、テスラやBYDなど既存プレイヤーにとって競争環境を一層厳しくする可能性がある。

1.テスラの今後の進化
 テスラはすでにEV市場のリーダー的存在ですが、今後さらに以下のような進化が見込まれます。

完全自動運転(FSD)の進化:既存の自動運転システムをさらに強化し、AIアルゴリズムの改善や法規制への対応を経て、レベル4・5相当の完全自動運転を実現する可能性がある。

エネルギー分野でのリーダーシップ:太陽光パネルや家庭用蓄電池(Powerwall)などの再生可能エネルギーソリューションをEVと統合し、エネルギー管理プラットフォームの確立を目指す。

新素材と製造プロセスの革新:新型バッテリー(4680セル)の採用や車両のモジュール化を進めることで、コスト削減と性能向上を図る。

多様な車種の展開:サイバートラックやテスラセミなどニッチ市場向け車両に加え、より手頃な価格帯のモデル(仮称:Model 2)を投入し、市場シェアの拡大を狙う。

競争環境への適応:中国を中心としたEVメーカーの台頭や欧州での規制強化へ柔軟に対応しつつ、新興国市場でも影響力を拡大すると期待される。

 HarmonyOS、XiaomiのEV進出、テスラの進化は、それぞれ異なる形で技術と市場の変化を象徴しています。HuaweiのHarmonyOSはIoT時代の基盤技術を提供し、Xiaomiは価格競争力とスマートエコシステムで新たな市場を開拓。テスラは技術と持続可能性で未来のモビリティを牽引し続けるでしょう。これらの動向はいずれも、EV市場とテクノロジーの未来を形作る重要な要素となります。

 こうした状況のなか、現在は自動車の開発競争ではなく、コンピュータの開発競争の時代に入っているといえます。そして、この観点で大きく出遅れているのが日本の自動車業界です。

日本の自動車業界が抱える課題

ソフトウェア開発の遅れ
 日本の自動車メーカーは従来のハードウェア中心の技術開発に強みを持っていますが、ソフトウェア開発やデジタルエコシステムの構築では大きく遅れが見られます。特に、車載OSや自動運転技術の分野では、テスラや中国勢(BYD、Xiaomiなど)に比べて競争力が劣り、『モビリティプラットフォーム』としての価値を提供する能力が不足しています。

 日産が9000人の人員削減計画を発表する一方で、日本の自動車業界では、それを上回る1万人規模のソフトウェア開発人材が不足しているとされています。私自身、かつて自動車の制御システムを開発していた経験がありますが、この人材不足の理由は非常に明白です。それは、自動車メーカーでのソフトウェア開発が『面白くない』からです。

 自動車業界におけるソフトウェア開発は、他の業界と比べて保守的で、プロジェクトの進行が複雑かつ長期化する傾向にあります。また、最新技術への対応が遅れがちな点も、エンジニアにとって魅力的ではありません。さらに、ソフトウェア業界では、自動車業界と比べて報酬が数倍から数十倍にのぼることが珍しくなく、この格差が優秀な人材を自動車業界から遠ざけています。

 加えて、日本の自動車業界には他にも課題があります。英語を基盤としたグローバルな職場環境が整備されていないことや、IT分野の教育体制の遅れが影響し、国内外から優秀なエンジニアを惹きつけることが難しい状況にあります。その結果、エンジニアにとって魅力的な職場環境を提供できておらず、必要な人材を確保できないのです。

 このような状況を打破するためには、自動車業界全体で報酬や職場環境を改善し、最新技術の導入を加速させるとともに、柔軟で革新的な開発プロセスを取り入れる必要があります。また、グローバル市場で競争力を持つためには、多様な人材を受け入れ、彼らが活躍できる環境を構築することが急務です。

エコシステムの欠如
 欧米や中国の企業は、車両のみならずクラウドサービスやアプリケーション、さらには家電・エネルギー管理システムまでを統合するエコシステムを構築しています。一方、日本の自動車メーカーは単体の車両性能にフォーカスする傾向が強く、サービス全体を包括的に設計する力が不足しています。

人材不足
 ソフトウェアエンジニアやAI開発者の不足も深刻です。国内でのIT人材育成が遅れているうえ、海外の優秀なエンジニアを積極的に採用する動きも鈍いのが現状です。そのため、最先端の技術開発に対応するスピードが著しく遅れています。

規制と文化の壁
 日本では規制や産業構造の硬直性が、新技術の導入を妨げている場合があります。また、成功体験に基づく『ものづくり文化』が強く、従来の価値観やプロセスから脱却することが難しいといった課題も見受けられます。

世界の競争環境と日本への影響
 現在、世界の自動車市場ではEVや自動運転車の普及が加速しつつあります。これらは単なるハードウェアではなく、ソフトウェアによって制御されるプラットフォームとして進化しているのです。特に、中国やアメリカの企業は、自社の車載OSを基盤に、AI、クラウド、IoTといった技術を統合し、エコシステムを築いています。その結果、車両のハード性能だけでなく、車を使った新たなサービス価値が収益の中心となりつつあります。

 もし日本の自動車メーカーがこの流れに対応できなければ、以下のようなリスクが想定されます。

海外勢の市場独占:日本国内でも、中国やアメリカの車載OSを搭載した車が普及し、日本メーカーのシェアが大きく奪われる可能性。

技術力の相対的低下:EVや自動運転の分野で出遅れることにより、他国の技術標準に依存する形となり、自主性を失うリスクが高まる。

収益構造の変化への対応不足:車両販売だけでなく、ソフトウェアやサービスによる収益を得るビジネスモデルへの転換が遅れ、収益基盤が弱体化する。

今後の日本の自動車業界の方向性

 日本がこの競争に勝ち残るためには、以下の戦略が求められます。

ソフトウェアとハードウェアの統合
 車載OSの開発を急ぎ、車両とエコシステムを統合する能力を高める。自社開発にこだわらず、外部企業との連携やオープンソース技術の活用も重要。

人材育成と外部採用
 IT分野の人材を国内で育成するだけでなく、積極的に海外からも優秀なエンジニアを採用する必要がある。また、既存の社員にもデジタルスキルを習得させる取り組みが不可欠。

規制改革と産業構造の柔軟化
 新技術を迅速に市場に投入できるよう、規制の見直しを進める。また、企業文化の変革を推進し、新しい挑戦に対応できる柔軟性を備えることが重要。

新たな市場の創出
 車両販売だけでなく、移動中に提供できるエンターテインメントや通信、エネルギー管理など、新たなサービス価値を創出することで、収益を多様化する。

結論

 いまや自動車開発競争ではなく『コンピュータ開発競争』の時代に突入しています。日本の自動車業界が生き残るためには、ハードウェア依存からソフトウェア主導の価値創出へと大きく舵を切る必要があるでしょう。これは単なる技術革新の問題ではなく、組織文化や規制の変化も求められる、大きな転換期です。この挑戦を乗り越えられれば、日本の自動車メーカーが再び世界をリードする可能性は十分にあるはずです。

武智倫太郎

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