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IQと脳の消費エネルギーから考える:生成AIとASIの限界

 上記の記事について、葛西さんから『IQと必要カロリー量の関係がいまひとつ理解できない』とのコメントをいただきました。非常に的確な指摘です。なぜなら、この話は孫正義の『人類の叡智』理論を模したジョークであり、科学的な根拠に基づいていないからです。孫正義の主張自体が現実性を欠いているため、それを元にした話を真剣に受け止めると、当然疑問が生じるのです。

 そこで今回は、久しぶりに『ジョジョの奇妙な冒険の空条承太郎はどうして海洋生物学者になったのか?』について、『自己解説』を試みたいと思います。この記事で私が本当に伝えたかったのは、『ジョジョの奇妙な冒険』のストーリーそのものや、食物連鎖、シロナガスクジラの代謝メカニズムではありません。本当の主題は、孫正義がSGBの株主総会などで繰り返す『AIが進化してAGIからASIとなり、人類の叡智総和の1万倍になる』といった発言に対する批判だったのです。

 私が『IQ400だと膨大なエネルギーを消費する』と述べたのはジョークです。実際には、脳のエネルギー消費量はIQの差異によって大きく変わるわけではなく、科学的な事実に基づいています。また、IQ400のような極端な値が現れる確率は、人類史上の総人口を考慮してもほぼゼロです。

 現実的な比較としてIQ40とIQ160を考えてみると、IQ160の人がIQ40の人の4倍のエネルギーを消費することはありません。さらに、両者のエネルギー消費量に何万倍もの差が生じることも考えられません。これは、歴史的な天才が一般人より多くの食事を必要としていた例がないことからも明らかです。

 人間の脳は全体のエネルギー消費の約20%を占めていますが、IQが高いほどエネルギー消費が増大するという事実は科学的なデータと一致しません。したがって、『IQ400で膨大なエネルギーを消費する』という主張は科学的根拠を欠き、ジョークとしての価値しかありません。

 一方で、生成AIは、計算量が増えると比例して消費電力も増える仕組みになっています。そのため、仮に『人類の叡智』のような漠然とした問題を解決しようとすれば、地球上の全発電量を費やしても不可能でしょう。

 今回は、こうした批判を踏まえ、生成AIが直面するエネルギー問題の本質について改めて考察します。

IQとエネルギー消費:人間の脳の驚異的な効率性

 人間の脳はわずか約20W(小型蛍光灯や高輝度LED電球1つ分)で膨大な情報処理を担っています。この高い効率性こそ、脳が『生物工学の奇跡』と称される所以です。

 IQ(知能指数)は脳の構造やシナプス結合の効率に影響されますが、エネルギー消費量への影響は極僅かです。たとえばIQ40とIQ160の人を比べても、脳が消費するエネルギーに4倍以上の差があるわけではありません。脳の基礎消費量はほぼ一定であり、これが人間の脳が有する適応力やエネルギー効率の高さを示しています。

 前回の記事で言及した『IQ400のカーズ様』や『人類の叡智総和の1万倍になる』といった主張は、漫画やアニメの設定としては興味深いものの、科学的・確率的観点からは現実離れしています。高いIQが必ずしも脳の消費エネルギーの増加と比例するわけではなく、この図式は人間の脳には当てはまりません。

 つまり、孫正義の主張は、『孫正義に投資すれば、IQ400のカーズ様のような不老不死の究極の生命体になれるので、100兆円投資してほしい。返す気はないので、100兆円の借金でも構わない』といった虚業家の与太話に過ぎません。孫正義は10兆円と言っていたかもしれませんが、彼の世界では10兆や20兆円は誤差の範囲内です。それが兆円なのか兆ドルなのかも曖昧で、円換算では200~300兆円も誤差のうちかもしれません。

 実際、孫正義は『AIは全知全能の神』や『2兆、3兆は誤差のうち』、『ASIによって不老不死が実現できる』と熱弁しています。

 孫正義が『電気仕掛けのAI』を『全知全能の』、あるいは冗談交じりであれ『全知全能の』と発言したことを考えると、『AI創薬技術で究極の発毛剤を作れる』といった提案でドナルド・トランプを唆した可能性も否定できません。

 しかし、『全知全能の神』とまで発言するのであれば、もはや虚業家という枠を超え、カルト的な言動に傾倒していると言えるかもしれません。これは、かつてのオウム真理教の麻原彰晃や統一教会の文鮮明を彷彿とさせる、カルト教祖的な振る舞いを連想させます。

 また、孫正義の主張を無批判に受け入れる人々にも、盲目的な信仰に近い姿勢が見受けられ、対話や説得による建設的な議論は困難を極めている状況です。このような盲信が社会に悪影響を及ぼしている現状を鑑みると、ディプログラミング(脱洗脳)などの手法を通じて、冷静かつ慎重に更生を促す必要があると言えるでしょう。

生成AIのエネルギー消費:計算量に比例する制約

 生成AIは人間の脳とは異なり、モデル規模や入力データが増えるほど計算量が増加し、それにともなって消費電力も大きくなります。たとえばChatGPTのような大規模ニューラルネットワークは、膨大なパラメータを処理するため、利用が増えるほど計算量が指数関数的に増大します。

生成AIの消費電力

 文章や画像、音楽などを生成するタスクでは、1回の処理に数十~数百ワット時を要するケースがあります。仮に電気料金を1kWhあたり20円とすると、1回あたりの処理費用は数円ほどです。日常的な利用では大きな問題にはなりにくいですが、『人類の叡智をすべて計算する』といった超大規模タスクになると、全世界の発電量を投入しても追いつかないほど莫大なエネルギーを要します。

生成AIと人間の違い:柔軟性と限界

人間の脳の強み
 人間は『叡智』を直接数値化して演算するのではなく、経験や直感、創造性、社会的協力を組み合わせて問題解決に臨みます。このとき脳が消費するエネルギーはきわめて少なく、しかも多様で複雑な課題にも柔軟に対応できるのです。

生成AIの限界
 生成AIはすべての問題をデータやアルゴリズムに還元し、膨大な演算によって解決を図ります。これは特定のタスクにおいては非常に強力ですが、以下のような制約があります。

スケーリング問題:問題が複雑になるほど計算負荷とエネルギー消費が指数関数的に膨らむ。

物理的制約:ランドアウアーの原理などにより、計算効率には理論的な上限がある。

創造性の欠如:未知の問題や倫理的判断、感情的理解といった人間ならではの要素への適応は難しい。

叡智の計算は可能か?

『人類の叡智』という曖昧な概念を生成AIで丸ごと計算しようとするのは、エネルギー効率やスケーリングの限界を踏まえると事実上不可能です。人間の脳が20Wで驚異的な問題解決能力を示すのに対し、生成AIは同等の課題に取り組むには膨大なエネルギーを要します。

 したがって、孫正義の『ASIが人類の叡智の1万倍になる』という発言は、現行の技術的・物理的制約を大幅に無視した非現実的なものといえます。

武智倫太郎

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