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日産に学ぶ病理学:日産経営危機から得られる教訓(11)破綻予測編

 2008年のリーマン・ブラザーズ破綻直後、日本のメディアは繰り返し『誰も予期し得なかった突然の破綻』と報じました。しかし、これは日本の金融・証券業界やマスメディアの不勉強、あるいは意図的な情報隠蔽の結果と捉えざるを得ません。なぜなら、実際にはサブプライムローン問題が表面化し始めた2007年頃から、海外ではリーマン・ブラザーズの破綻を予測する声が既に上がっていたからです。

 日本語でも田中宇氏などが、少なくともリーマン・ブラザーズ破綻の一年以上前から海外報道をもとに、メールマガジンや記事を通じて倒産リスクについて警鐘を鳴らしていました。日本のマスメディアがほとんど報じなかったため多くの人には伝わりませんでしたが、個人発信の情報、例えばメールマガジンや掲示板(BBS)、ブログなどでは、リーマン破綻の予測は既に『常識』とさえ言える状況でした。

 こうした状況を背景に、私自身も同時期に日本の銀行や証券会社の役員に忠告を行いました。しかし、2008年当時の彼らは日経新聞の内容をそのまま経営判断の基準にしていたようで、『リーマンがどんな会社かご存じですか?』と逆に笑う態度すら見せていました。結果として、破綻後には『全く予期できなかった』と口を揃えるばかりで、実際に対応すべき立場の役員たちは何も手を打てず、損失を抑える努力もせず、茫然自失の状態に陥っていました。

これまで的中してきた破綻予測──GM、ブロックバスター、コダック

 リーマン・ブラザーズ以外にも、私が破綻リスクを指摘して的中した企業は少なくありません。翌年に破綻したゼネラルモーターズ(GM)、2010年に破綻したブロックバスター(Blockbuster)、2012年のコダック(Kodak)なども同様です。こうした実績を背景に、近年では『次はどこが危ないのか?』という質問を多くの方から受けるようになりました。

 ここで強調しておきたいのは、『意外な企業の破綻を予測できなければ、予測を行う価値はない』ということです。すでに経営危機が広く認識されている企業に対して『破綻するかも知れない』と指摘しても、当たり前すぎてリスク管理の観点からはあまり意味がありません。

新たな破綻予測:OpenAI、Apple、そしてトヨタ自動車

 私が現在、破綻リスクを指摘しているのは、OpenAI、Apple、そしてトヨタ自動車です。前途洋々なベンチャー企業であるOpenAIや、『米国政府の国債よりも与信が高い』とまで言われるAppleやトヨタが破綻するなど、多くの方はにわかに信じ難いでしょう。しかし、予測とは往々にして『誰もが予想しないリスク』を見出すことに大きな意義があります。

 例えば『中国の不動産デベロッパーが破綻するだろう』や、『日産自動車が破綻するだろう』といった、すでに広く懸念されているリスクをあえて指摘しても、インパクトは薄いのです。真に有益な破綻予測とは、一見すると最も安定しているように見える企業や、誰もが『大丈夫』と考えている企業に潜むリスクを可視化することにあります。

1.米中関係のさらなる悪化

 トランプ大統領の再選に伴い、対中強硬策として追加関税の導入や技術分野での規制が強化される可能性があります。Appleは製品の大部分を中国で製造しているため、米中関係の悪化が次のようなリスクをもたらします。

ティム・クックCEOの警告
 Appleのティム・クックCEOは、第一次トランプ政権の発足から約1年半後(2018年8月時点)に米証券取引委員会(SEC)に対し、以下のような警告を発しています。

『米中間の貿易対立が激化すれば、自社の事業に深刻な打撃を与える可能性がある』

・関税や保護主義的措置により、製品や部品、原材料のコストが上昇し、粗利益率を圧迫する。
・製品価格の上昇で価格競争力が低下すれば、需要が減退する恐れがある。
・各国が保護主義的政策を強化することで、製品やサービスの提供能力が制限される懸念がある。
・貿易対立や規制強化に伴う政治的不確実性が消費者心理を冷え込ませ、業績に悪影響を与えるリスクがある。

 これらの懸念は、製造コストの増加と市場環境の変化を通じて、Appleの国際競争力を大きく揺るがす可能性があります。

中国市場での影響

製造コストの増加
・関税が引き上げられると、Appleの製造コストが高騰し、利益率の低下を招く恐れがあります。

不買運動・需要減退
・米中関係が著しく悪化した場合、中国市場でApple製品が敬遠され、売上減につながるリスクがあります。

 Appleは中国での生産・販売が大きな比重を占めるため、これらのリスクは収益モデルに直接的な打撃を与えるでしょう。

2.国内製造への圧力

『アメリカ第一主義』を掲げるトランプ政権は、Appleに対し製造拠点を米国内へ移すよう求める可能性があります。しかし、国内生産には次のようなリスクが伴います。

コスト増加
・米国内での製造は、高い人件費や設備投資を伴うため、Appleの価格競争力に悪影響を及ぼします。

国際競争力の低下
・製品コストが上昇すれば、他国市場での価格競争力が低下し、シェア喪失につながる懸念があります。

3.規制強化のリスク

 トランプ政権下では、ビッグテック企業に対する規制が強化される見込みです。特に以下の分野で、Appleのビジネスモデルが影響を受ける可能性があります。

独占禁止法
・App Storeの手数料体系などが見直しを迫られ、収益モデルの大幅な変更が必要となる恐れがあります。

プライバシー保護規制
・Appleの主張する『プライバシー重視』の理念に対して、より厳しい規制や監督が求められ、サービス提供の柔軟性が損なわれるリスクがあります。

4.ブランドイメージの揺らぎ

 Appleはこれまで社会的責任や多様性を重視する企業姿勢を打ち出してきましたが、トランプ政権下で進む社会分断が同社のブランドに次のような影響を与える可能性があります。

一部消費者からの反発
・トランプ支持層などによる不買運動が広がり、企業イメージが損なわれるリスク。

ブランド価値の低下
・多様性や社会的責任を重視する姿勢が、かえって一部顧客からの支持を失う結果につながる可能性がある。

ブランド価値の重要性
 Best Global Brands 2024によると、Appleは世界で最も高いブランドイメージを持つ企業であり、そのブランド価値は4,889億ドルに達しています。時価総額に占めるブランド価値の割合がおよそ17%であることは、『Appleだから』という理由だけで製品を購入する消費者が一定数存在することを示しています。したがって、ブランドイメージの揺らぎは、Appleにとって深刻な経営リスクとなり得ます。

国際ブランド価値ランキング
 ここで、ブランド価値のランキングに関する興味深い数字を見てみましょう。

1位:Apple=4,889億ドル
6位:Toyota=728億ドル(なんと、トヨタはメルセデス・ベンツよりもブランドイメージが高いのです。『ベンツ』といえば、昭和のヤクザやバブル成金の車というネガティブな印象があるのかも知れません)
8位:Mercedes-Benz=589億ドル
59位:Nissan=139億ドル

 ここで最も注目すべきなのが、日産のブランド価値である139億ドルです。この金額は為替や株価の影響を受けますが、直近では日産の時価総額よりもブランド価値が高いという事態も発生しています。つまり、日産にはブランド価値以外の企業価値、すなわち技術力や生産能力、販売力といった価値がほとんどないことを意味しています。これはすでに経営破綻している状態に近いとさえ言えます。

 さらに奇妙なのは、この異様に高いブランド価値が、現在進行中のホンダとの経営統合や日産再建の議論の中でほとんどテーマになっていない点です。本来、破綻した企業のブランド価値は激減し、最終的には一部のレトロカーマニアによってダットサンのエンブレムがコレクターズアイテムとして取引される程度の価値しか残らなくなるはずです。それにもかかわらず、ブランド価値が時価総額を上回る現状が続いているのは驚きです。

テスラの優位性とイーロン・マスクの影響力

 一方、イーロン・マスクは2024年の選挙期間中にドナルド・トランプ候補を支持し、選挙後には連邦政府の支出削減を目的とした委員会の長に任命されました。AIや電気自動車(EV)、宇宙探査など、マスク氏の事業領域において政策に強い影響を及ぼす可能性があります。

EV補助金廃止の影響
 トランプ政権はEV購入に対する補助金廃止を検討していますが、マスク氏はこれを支持しています。補助金がなくなれば新規参入企業や既存自動車メーカーにとって負担が大きくなり、テスラの相対的競争優位が高まるという目論見があるからです。

保護主義貿易の副作用と政治的モラルハザード
 トランプ政権の保護主義政策は、短期的には国内企業に恩恵をもたらすかも知れませんが、長期的には国際競争力の低下や消費者負担増大などの副作用が懸念されます。さらに、特定の企業や個人が政治的影響力を行使することで、自社の利益を拡大しようとする『モラルハザード』が生じるリスクも否定できません。

iPhoneの価格競争力向上とブランド価値のジレンマ

Android端末の価格上昇によるiPhoneへの乗り換え
 2024年の米国市場ではAndroid端末の価格が上昇し、結果としてiPhoneのコストパフォーマンスが高まったことから、AndroidユーザーがiPhoneに乗り換える現象が顕在化しています。市場調査会社CIRPによれば、2024年6月に新たにiPhoneを購入したユーザーのうち17%が以前はAndroidユーザーであり、過去5年間で最も高い割合となりました。

 一見するとこれはAppleにとって好材料のように見えますが、iPhoneが『価格競争力の高さ』で選ばれるようになると、これまでの『高級ブランド』としての地位が損なわれる懸念も生まれます。もしiPhoneが『情報弱者向け』や『貧者のスマートフォン』といったイメージが定着すると、長期的にはブランド価値の低下につながりかねません。

 長年のAppleユーザーだったカンナ隊長が、Appleに続いて購入し『Rin-chan』と名付けた相棒のノートパソコンは、DELLの製品です。私もDELLを使用しているので、お揃いなのです。さらに、私はHuaweiのMateBookというPCも所有していますが、こちらにはWindowsを削除し、UbuntuとKali Linuxをインストールしてデュアルブートできるように設定しています。

AI戦略の遅れとブランド価値の減少

 インターブランド社の2024年度グローバルブランドランキングによれば、Appleのブランド価値は前年比3%減の4,889億ドルとなりました。要因としては、上記のようなブランドポジションの揺らぎだけでなく、AI戦略の遅れやiPhoneの売上減少も挙げられています。短期的にシェアを拡大しても、ブランドそのものが失墜すれば長期的な経営危機につながる可能性があるのです。

破綻予測が示唆する企業の病理と今後の展望

 リーマン・ブラザーズ破綻以来、GMやブロックバスター、コダックなどの破綻を的中させてきた立場から、Appleやトヨタ、OpenAIといった『誰もが安泰だと思う企業』に潜むリスクを指摘しています。トランプ大統領の再選による米国の経済政策の転換や、Appleのブランド戦略・製造戦略への圧力など、複合的な要因がAppleの経営危機を加速させるかも知れません。

 一方で、テスラのように保護主義政策の恩恵を得易い立場の企業も存在し、その差が大きく開く可能性もあります。しかし、保護主義的な貿易政策や政治的モラルハザードが米国経済に与える長期的リスクも深刻で、決して一部企業の得失のみで語れる問題ではありません。

 企業分析やリスクマネジメントの観点からは、『すでに指摘されているリスク』ではなく、『ほとんどの人が想定外と思うリスク』に目を向けることが重要です。今回の米経済政策の転換やAppleのブランド価値低下の兆候は、その好例と言えるでしょう。今後も、意外性のある企業の破綻リスクにこそ目を配り、早めの対応や戦略転換を図ることが求められます。

今後さらに下がり続けるグローバル企業のブランド価値

 中国やインドの新興企業が国際的なブランド価値や知名度を上げていることは、注目に値します。

 15年前、ASUSといえば『安価なPCブランド』という印象が一般的でした。さらに、ASUSの読み方についても『アスース』『エイサス』『エイスス』『アスス』といった混乱があり、実際に『アス(お尻)』をいじったジョークのようなCMが作られるほど認知度が低かったのです。しかし現在では、ASUSは高級品としての地位を確立するまでになっています。

 同様にHuawei以外のXiaomiやOPPOといったスマホメーカーも、6年前までは『安物で性能も低い』というイメージが一般的でした。しかし、現在ではこれらのブランドも、手頃な価格で高性能な製品を提供するメーカーとして認識されています。

 Huaweiに至っては、機種によってはiPhoneの2倍以上の価格でも飛ぶように売れているのが現実です。

 XiaomiはEV製造事業にも参入しており、Huaweiが開発したHarmonyOS NEXTは、スマホのみならず車載OSや家電製品との連動を実現できるように設計されています。

 つまり、時価総額よりブランド価値のほうが高い日産のようなケースでも、そのブランド価値がいつ消滅してもおかしくない時代に入っていると意識すべきでしょう。

武智倫太郎

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