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シュレーディンガーのボツネタ

『シュレーディンガーのボツネタ』という思考実験は、『シュレーディンガーの猫』のパロディであり、執筆者の悩みや苦しみを描くものです。この実験の舞台は、noteの執筆者である『本田すのう』の『ボツネタ再生工場』です。ここでは、一度ボツにされたネタたちが、記事として復活する可能性を秘めていますが、それは観測(つまり、誰かが記事を読んだり書き直したりすること)されるまでは不確定な状態にある、まさに『シュレーディンガーの猫』状態です。

 例えば『猫の正体』というタイトルのボツネタを取り上げましょう。このネタは、実際に記事になるまで無数の可能性を持っています。観測する(つまり、再度書こうと決意する)までは、記事の内容は定まらず、『猫の正体』とは一体何なのか? 猫は実は犬だったのか、はたまたイボンヌだったのか、それともただの疲れた飼い主の見間違いか…。この記事が『ボツ』である限り、全ての結末は同時に存在しているのです。

 執筆者が『猫の正体』を再び取り上げ、記事にする瞬間、それはボツかヒットか、何かしらの形で確定します。しかし、ボツネタの時点では無限の可能性が漂っており、そのネタが成功するか失敗するかは観測者である読者次第であり、これが『シュレーディンガーのボツネタ』な状態なのです。

 本田すのうは、『ボツネタ再生工場』でそんな無数のネタを『再観測』し続ける探偵のような存在です。彼女の仕事は、まだ可能性を持つ記事の断片たちを救い出し、新たな光を当てることです。その中で『◯◯しか愛せない、困った嗜好』、『子育てアイデア』、『8周目の人生を生きてます』、『ゆるくスポーツに向き合ったっていいじゃないか(部活や体育しんどすぎん?)』、『子育てアイデア』、『はじめちょろちょろなかパッパ』、『寝言で言ってた『リンスおかわり』の謎に迫る』、『進化する結末』、『コートの下はパンイチ』、『同じパズルは二ついらない』の意味を明らかにしていくのです。しかし、再生されなかったネタは、永遠に『ボツ箱』の中で未観測のまま、可能性の海に漂い続けることになります。

 つまり、『シュレーディンガーのボツネタ』とは、発案者のボツになりかけたアイデアを『再観測』し、その記事が日の目を見るかどうかの未確定な状態を楽しむという思考実験です。

ボツネタの匠の作品

Uの黙示録

『時が来たり、下書きは供養されん。』
 我らが生き霊たる下書きを捧げ、他の生き霊のために供養を施すこと、これまた善なり。されど、これを怠りしとき、地下の怨霊は渋谷事変の如く、暗き場所に充満せん。汝の行いを見つめ、今、帳を張るべきかを思い定めよ。

武智倫太郎の書

『されば、如何に怨霊多かれど、我に恐れは無用なり。』
 調伏されし呪霊を球として収め、体内にて従える者、これぞ武智倫太郎の名を冠する者なり。呪霊操術の術式により、すべては新たなる記事となりて、彼の命ずるままに動かされん。

プロローグ:♬あなたのスキを数えましょう

ボツだぁったぁアイデアを 下書きに埋めていた
完成しない原稿がぁ フォルダ~ 汚ぉしてるぅ
ネタが陽の目うぉ見るぅのならぁ
誰かにネタを振っちゃお~ぅよっと Missin’ you
あなたのスキを数えましょう
一つも無いことをぉ~ 想ぃ~出せばぁ~
投稿してなぃのぉでぇ 当たり前だぁったぁ~
Without you but you were mine~

#なんのはなしですか

第一章:ぜんぶ、更年期のせいだ

 本田雪子は最近、更年期のせいか物忘れが酷くなっていた。気分の浮き沈みも激しく、『ぜんぶ、更年期のせいだ』が口癖になっていた。

【ぜんぶ雪のせいだ】

 そんなある日のこと、『やさしさとくだらないで溢れる世界』の『もりた』の脳裏を過った『ヤクルト1000が更年期に良いらしい。』という呟きが突如大バズり。瞬く間に日本中のヤクルト1000が売り切れてしまった。

第二章:ヤクルト1000が売り切れていたので、ヤクルト400を3本調合して、ヤクルト1200を作り、悦に入る

 更年期に効くと信じていたヤクルト1000を求め、雪子は市内をあちこち駆け回るが、どこも売り切れだった。だが、『売り切れているからこそ効き目があるに違いない』という謎の理論が、さらにnoteで拡散され、噂は信仰へと昇華した。もはやヤクルト1000を手に入れることは、『本当の『自分』を取り戻すために』必須の神聖な儀式となっていた。

 ついに雪子は一計を案じ、これも『ぜんぶ、更年期のせいだ』と自分に言い聞かせながら、ヤクルト400を3本買い集め、自宅で『ヤクルト1200』を密造するという、禁断のマッドサイエンティストさながらの行動に出た。そして完成した『密造ヤクルト1200』で、雪子は常軌を逸した若々しさを手に入れた。

第三章:『若く見られて困ってます』・『友達がいません』・『恋人になりたいがわからない』

 ヤクルト1200の効果は絶大で、雪子は驚くほど若返った。しかし、あまりに若返り過ぎたため、周囲の人々から怪しまれ、いつしか『若く見られて困ってます』が、彼女の新たな口癖になっていた。友達作りも上手くいかず、恋愛に至ってはさらに困難を極めた。気づけば毎日のようにnoteで『友達がいません』『恋人になりたいがわからない』とつぶやき続ける、まるでTwitter廃人のような日々を送っていた。見た目と心のギャップに苦しむ雪子は、真の自分を受け入れてもらえる方法を模索し始めた。(ダニエル・キイスのアルジャーノンっぽい展開)

第四章:『カリブを渡るリズムを刻む手段』・『初めてのギターが響かせたのは、淡い友情の算段』

 落ち込んだ雪子は、心機一転『カリブを渡るリズムを刻む手段』として、カリブ海クルーズに出発した。そこで陽気なギタリストのハデー・ヘンドリックスと出会い、セッションを通じてギターに挑戦することになった。

『初めてのギターが響かせたのは、淡い友情の算段』だったが、音楽の力で、雪子は新たな友情と自分を表現する喜びを見出すことができた。

第五章:『私のエッセイは全てAIが書いてます』・『脳内家族を紹介します』

 帰国後、雪子はnoteでエッセイを書くことにした。しかし、面倒くさがりな彼女は、文書生成AIに頼ることを決意し、『私のエッセイは全てAIが書いてます』というマガジンを立ち上げた。すると、このAIがまるで家族のように雪子の脳内で会話を始め、次第に彼女の日常にも干渉するようになった。
 現実とバーチャルの境界が曖昧になり、脳内には次々と新しい『家族』が増えていった。そして『脳内家族を紹介します』という連載記事は、気がつけば大人気に。まるで、ダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン』のように、一人ひとりが実在するかのように描かれた脳内家族たちは、note界隈で大きな話題を呼ぶこととなった。

第六章:『休み方が分からない日本人』・『店員に厳しい日本人』

 noteで得た収益で資本金を貯めた雪子は、カフェを開業することに。しかし、典型的な『休み方が分からない日本人』だった彼女は、毎日『店員に厳しい日本人』に苦しめられ、接客業の過酷さを、身をもって体感することになった。それでも雪子はめげずに、サービス業の厳しい現実と『休むことを知らない日本人』を風刺的にnoteに描き、その作品の収益がなんとカフェの利益を大幅に上回る結果となった。どちらが本業で、どちらが副業かもわからなくなってきたが、『カフェでの苦労がなければ、面白い記事は書けない』という本業と副業のジレンマに陥りながらも、彼女はその狭間で葛藤を続けていた。

…とボツネタの断片をつなぎ合わせた物のオチを思いつかない。
#もうこれ自分じゃどうしようもないから好きにしてくれぃ!

武智倫太郎

#下書き再生工場 #なんのはなしですか

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