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詩「虎」

一匹の虎がいた。

「肉を食べぬ」

そう決めていた。

理に反していた。

自然と呪われた。

呪いを引き受けた。

たくさんの悲しみを、

なすすべもなく、

ただ見つめる命を宿された。

その死骸だけを到底獣とは思えない品格を持って体内に入れた。

咀嚼する際、

心で言葉を編むことを己に許した。

そうして死者を弔った。

言葉を血肉に変えた。

獣性を縛る荒縄の如き虎縞がわなわなとゆれた。

嵐が来る。

超えねばならぬ、

砂漠の夜。

風を遮るものなどない。

砂嵐の壁

存在をめりこまされ

牙が潰れ砕けるまで歯を食いしばり

白なのか黒なのかもわからぬ闇を見つめ

瞼閉じることなく晩を明かす。

砂に削られた眼(まなこ)は漆黒の水晶の如く光なき純水を得た。

「『見えるもの』なんて、もともとほんの少しだ」

瞳失うことで新たに目を得た。

蛹の殻のように光を必要としない者たちが、

その『見えるもの』を取り巻き、

守るように包んでいるのをはじめて見た。

その蛹の殻の外側には、

無限の蝶たちが羽ばたいていた。

「私たちはそれを、何者かと定義することさえできない。それがこの宇宙であるなら、私はもうどこにも行く必要はない」

虎は砂漠で大樹になると決めた。

己を縛る黒い虎縞が解き放たれていく。

虎縞は、

虎を地面へと強く結ぶ根となり、

地下世界で最も巨大な「音の大樹」となった。

枝を縦横無尽に伸ばし、

星の核へと届いていった。

何千もの嵐が砂漠に訪れた。

まるで虎が嵐を呼んでいるかのようであった。

黄金色に輝くその虎は、

嵐の中優雅に踊る。

笑顔絶やさず、

何も映さぬ瞳輝かせ

生きとし生ける全てを感じ

それを結ぶように命動かす。

大樹が嵐を飼い慣らしていた。

いつしか虎の笑い声は、

嵐より巨大な響きを得た。

世界中に、

その風が回り始める。

その笑い声を頼りに、

様々な獣が虎の砂漠を目指した。

集まる歌や踊りはオアシスに化けた。

小さな虎たちがたくさん育った。

すべての虎たちの、

解けていく虎縞が、

空に舞い風に乗って羽ばたいていくのを、

虎は、

微笑みながら、

見つめていた。






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ポエレーベル/即興詩人 AI UEOKA
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