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絵のない絵本「星のド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」―小説『空は絵のない絵本の影絵』― 


 むしあつい夏の夜でした。

 チョコちゃんが大好きなアニメを見ていると、ふいに家のチャイムが鳴りました。ですが、アニメに熱中しているチョコちゃんの耳に、チャイムの音がはいってこないのはよくあること。

「チョコごめ~ん!あげもの~!」

 台所のお母さんが、いつもの大きな声でさけぶと、チョコちゃんはくやしそうに、テレビのまえをはなれました。

「どちらさまですかぁ?」

 いかにもいやそうな声で、ドアに話しかけます。

「こんばんはー」

 さわやかな声がドアごしにひびきます。

 よそいきの声でこたえたコムギくんに、チョコちゃんはイライラしながら、ドアをあけました。

「なによコムギ?」

 そこには、ビニールぶくろに、おおきな魚を三匹いれたコムギくんがたっていました。

「たくさん釣れたから、これ」

 コムギくんは、ビニールぶくろをチョコちゃんにわたしました。

「いつもわるいわね、コムギちゃん」

 台所からやってきたチョコちゃんのお母さんが、ラムネのビンを、まず、コムギくんにわたし、つぎに、チョコちゃんにもわたしました。

「母さん、コムギのこと、『ちゃん』付けするのそろそろやめてあげたら。笑えるからいいけど」

「ふふ。もう四年生だもんね」

「うん。でも、僕は『ちゃん』でも『くん』でも大丈夫です!」

「ふふふ。じゃ、この世界から『ちゃん』って言葉が絶滅しないために、このまま『コムギちゃん』でいこうかしら」

「ふふふ。チョコちゃんのお母さん、チョコちゃんに似てますね!」

「はぁ?私が母さんに似たに決まってんじゃないの? はいはい。ふたりともあいかわらず平和よね。ま、いいわ。コムギ送ってくる」

 チョコちゃんはビーチサンダルをはくと、コムギくんと玄関をでました。

「コムギ、ラムネちょっと、持ってて」 

 チョコちゃんはコムギくんに、つきつけるようにラムネをわたしました。

 すると突然!

 ダダダッダダッダダッダッダダッダ!

 チョコちゃんが走りだしました。

 団地の廊下を走りぬけ、エレベーターの中に入るまで、ふたりの競争もスタートです。

「オホホホホ。コムギ『ちゃん』には、『くん』を名乗る資格は、まだないみたいね」

 さきにゴールしたチョコちゃんが、エレベーターの☟ボタンをおしながら、わざと意地悪そうな顔をつくりニヤニヤしています。

「ずるいよ、きゅうに走りだすなんて」

 コムギくんはめずらしく、少しおこってすねました。

「まぁ。自然の摂理よ」

「『自然のセツリ』? どういう意味?」

「え? 女の子は男の子よりも、加速してるってこと」

 と、チョコちゃんがえばっていいました。

「『カソク』? 『カソク』ってなに? なんで『自然』に『セツリ』がつくと『カソク』するの?」

 きょとんとしたまま、コムギくんが聞きました。

「『摂理』は『仕組み』。『加速』っていうのは、スピードがどんどんはやくなっていくことよ。コムギ、四年にもなって、そんなことも知らないの? ふぅ。五年のあなたが、すでに思いやられるわ」

 チョコちゃんのいっていることの意味は、よくわかりませんでしたが、そんなえばりんぼうのチョコちゃんのことが、コムギくんは大好きなのでした。

 エレベーターをおりると、ふたりは、すっかりくらくなった夜の道を電柱を数えながらあるきだしました。

 コムギくんは空を見上げながら、チョコちゃんにラムネをわたし、つぶやきます。

「いつの間にか、『夕焼け』も『加速』してたみたい。『1本目』!」

「あら? 相変わらずのみこみがはやいのね! そ。『夜空』も加速してこっちもあっちも電柱がひかりだしたわ!『2ほ~~ん』!」

「え? ひかっているのは、『電柱』じゃなくて『電柱のあかり』だよ!『3~』!」

「はぁ。あなたは『夜』のことがなんにもわかってないのね! 『夜』が加速するとね、『電柱』や、ここにあるもの全部が全部、ひかって浮かびあがって、いつもより大きく見えるものよ。『4ぃ~~』!」

 コムギくんは柱をみつめると、それは、外灯のあかりにてらされて、すこしかがやき、確かにいつもよりも、うきあがってみえました。

「そうか!『胴体』が『夜』とまざるから境目がふくらむんだね!『ゴゴゴゴゴ~~~』!」

「昆虫図鑑の説明みたいだけど、ま、その通りかもね!『ロロロッロロクゥ~~』!」

 コムギくんは、すこしとびだしてみえる、くっきりとした形の電柱を指さしながら、

「夜は生きてるんだよ……。星や街のひかりを食べながら。太陽が加速しちゃって寂しくて、あったいものをもとめてひろがってつながっていくんだ……『ひち』……」

 と、いいました。

 チョコちゃんは、静かになりました。

 じっと、コムギくんを見つめています。

「ん? どした?」

「んんん。別に。素直に、いいな、って思っただけよ」

「ふ~ん。そっか」

「ここは『ありがとう』って言っておくと得点高いわよ。『はち』」

「ふふふ。とくに点はいらないやぁ~『9』」

「う~ん。ムカつくわね!ふふふ!『10』!」

「ありがとう!今日は電柱十本でいいからね!暗いから」

「紳士ね!じゃ、今宵はそうするわ。『今宵』の意味はきかないで。私も適当だから」

「ふふふ。あ!かして!」

 コムギくんは、チョコちゃんのラムネをすかさずひったくると、ちかくにおちていたかたそうな枝をすばやくひろい、その枝をラムネの口に力強くつきたてて、「ポン!」「ポン!」とビー玉のフタをふたつ、いきおいよくあけました。

 そして、なんにもいわないで、ラムネを一本、チョコちゃんにわたしました。

「ありがとう……」

 そういって、ラムネをうけとったチョコちゃんは、なんだかよくわらかないけれど、きゅうに胸がドキドキしてきました。そして、

「『11』まで、いく……」

 といって、少し先をあるきだしました。

 コムギくんの顔が、さっきかぞえていた電柱みたいに、いつもよりきれいな形をして、うきあがって、すごくちかくに見えたからです。

 それは、今までに感じたことのない、変な気分だったので、「ほんとうに、夜は生きているのかもしれない」とおもいこみそうになっている自分を感じながら、いそいでラムネをのみました。

 そして、ほんとうに夜が生きてるのかを確かめるために、もう一度、さっきかぞえた十本の電柱たちを、ふり返って、みつめなおしてみました。

「あ、ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド!」

 チョコちゃんがさけびました。

 電柱と電柱のあいだにひかれた、たくさんの電線。

 それはまるで、音楽の時間でならった、楽譜の五線のようでした。

 コムギくんも、きらきらとかがやく星たちが、五線のあいだにうかんでいるのをみつけると、

「夜は星を食べるんだね。食べられた星は光りながら歌になるんだ」

 と、ぼんやり、声にかえます。

 それをきいたチョコちゃんは、こころのなかで

「わたしも星をのんでみよっ」

 と、つぶやき、ラムネのビンを目のまえにかかげました。

 ぐうぜん、コムギくんもどうじにそうしたので、ふたりは「ふふふ」とわらいあいました。

 ふたりはいっしょに、ビンのなかにある、ちいさなビー玉の中に、星の音符たちをつかまえました。

 チョコちゃんが呟きました。

「『夏のビー玉プラネタリウム』」

 コムギくんは、チョコちゃんを見つめながら、

「うん……『さかさま流星群』」

 と言って笑いました。

 ふたりはならんで、炭酸のはじける音に、耳をすまします。

 そして、チョコちゃんがしずかな声で、

「ふかみどりの宇宙のなかで、『星座のはじけ歌』がきこえるね」

 と、つぶやきました。

 コムギくんは、おなじように、しずかなこえで、

「その声好き。一年に一回くらいでる、その声」

 と、ほほえみました。

 チョコちゃんはいつもよりさらにすました顔をして、

「そ? 知らないわ。ま、『夏の光味』を楽しみましょう」

 と、まゆげをくいっと上にあげました。

「ふ~ん。ま、そうだね!」

 とコムギくんが答えた瞬間、チョコちゃんは一気にラムネをのみほします。

「ズルい!!また勝手に『加速』した!」

 あっけにとられてコムギくんがすねます。

 チョコちゃんは意地悪そうにわらいながら、

「ふふふふふ。コムギくん、まだまだだな!」

 と、大きな声で笑い、

 ダダダッダダダダダダダッダダ

 と、十一本分の電柱を走り抜け、

 団地の入口でくるりとコムギくんへとふりかえり、

 大きく手を振り、

 なにか大きな声で、ひとことだけ、叫びました。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 コムギくんのあたまのうえには、ちょうどジャンボジェット機がとおりすぎていたので、チョコちゃんのことばは、うまくききとれません。

 でも、コムギくんには、その意味がちゃんとわかった気がしたので、とてもうれしい気分になりました。

 それは、夏休みの中でも、一番熱い夜でした。






国分寺 絵本専門店 『おばあさんの知恵袋』
バトルのないただの「好き」・ビブリオパドル


僕が僕のプロでいるために使わせて頂きます。同じ空のしたにいるあなたの幸せにつながる何かを模索し、つくりつづけます。