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だから私は表現をやめられない

小学二年の秋

体育の鉄棒で落っこちて救急車で運ばれて、病院で何の心配もないと言われてからまた学校に戻り、ラジオで読み上げる作文の録音をした色んな意味で慌ただしかったあの日。

私の言葉が、人生で初めて公の電波に乗ることが決まった日である。

ラジオでどんな文章が流されたかはもう覚えていない。
でもあの日から、私の中にあるものを誰かに、

見て欲しい、聞いて欲しい、読んで欲しい

そう、思うようになった。

その二年後、演劇と出会った。
ずっと長く長く演劇と付き合う過程で
様々な出会いと別れがあって
夢が明確になっていった。
続けていくうちに演者だけでなく脚本にも手を出し
自分の中の世界を外に出すようになった。

高校の頃、弁論大会に出た。
学校代表として県大会に。最優秀賞を貰って地方大会に。
演劇を通して感じた“継承の難しさ”を自分の言葉で。
大会を重ねる毎に書き直す文章。
そうすることで明確になった自分の夢。
他にも、大会ではないが、とある植樹祭でメッセージを読み上げることに。今考えてみれば、それも、"継承の難しさ"である。今書いている卒業論文だってそうだ。私の根本にあるものを外に伝える日が、定期的に回ってくる。その内容はまた別の機会に。

高校の時、書道部に入った。
主に書道パフォーマンスを定期的に行うことが
活動内容だった。
小学校の頃から習っていた習字は手本通りに美しく書くこと
書道パフォーマンスでは好きな歌詞や言葉を選んで
全体のレイアウトや書く順番を自分たちで決めて
それぞれの字体が混在していてそれさえ面白かった。

大学になってからは、二次創作も盛んに行った。
Twitterでのオタ活が活発になった。
高校でも詠める瞬間があれば詠むようにしていた短歌や俳句。
オタ活をする時にも短歌を詠むようになった。
とあるジャンルで詠んだ歌は50首を超えた。
立場を変える、物の視点になる、俯瞰した歌を詠む
一つの修行の如くたくさん詠んだ。
今年は企画でもたくさん反応を頂いたり、賞を貰ったり
修行の成果は着実にあると思う。

成人の祝いにカメラを貰って以降、
カメラで切り取ることの楽しさを覚えた。

これは今年の紅葉狩り。コラージュの時はレタッチして統一感を出すことも覚えた。
撮った写真に歌を付けたり、歌に合う写真を探したり
Instagramでは言葉と写真を紡いでいる。
タグ付けで応募した写真が評価され、写真立てを貰ったりと
私"らしい"切り取り方が出来るようになってきた。

小学二年の、あのラジオ収録の日から、随分と増えたもの。

散文、演劇、書道、韻文、写真

これらが、今の私の表現ツール

今更ながら自己紹介でも書いたように、表現者、と自称するあひるの子。
このnoteを書いているのも、表現である散文の1つ。今年度中に作ろうと考えているのは、写真と文で綴る青い記憶の保存のため。

きっとあひるの子。は、何かを表現しなければ、創らなければ、沈んじゃう子。
表現の幅が人よりも広いのも、どんな時でも表現ができるように。目の前にあるのが、ペンと紙でも、スマホでも、カメラでも、舞台でもいいように。

今年の手帳の表紙に書いた言葉は

Keep Expressing

来年度の手帳にも、同じ言葉を書き記す。
沈む前に、目の前の、自分の手にあるツールで、あらわせ。

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なんくるあひる
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