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第106回 暴力金脈(1975 東映)

 さて、本日は6月の最後から2番目の平日であります。それがどういう意味なのかというと、株主総会の集中日です。今日の昼にあちこちの会社で株主総会が行われたわけです。

 何故株主総会が同じ日に一斉に開かれるかというと、これは総会屋対策です。

 というわけで、今日は総会屋映画でいきましょう。松方弘樹の忘れらがちな名作『暴力金脈』でお送りします。

 今や過去の職業になった総会屋の実態に迫るこの映画、私は初めて見た時に心底総会屋に憧れたものです。

 ヤクザ映画の暴力路線が行き詰ったので、だったら経済犯罪の方にというコンセプトの元、総会屋がいかにして企業から金をむしり取るのかを中島貞夫と笠原和夫のゴールデンコンビが余すことなく描いた名作ですが、実はこの映画はヤクザ映画の終焉を決定づけた一本でもあります。

 そして、松方弘樹が攻めて受けてのBLっぷりには驚くはずです。松方弘樹であっても受けざるを得ない相手というのが世の中には居るのです。

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真面目に解説

嗚呼憧れの総会屋

 今や総会屋などという物は絶滅してしまい、若い人は総会屋という単語さえ知らない時代になってしまいました。

 しかし、総会屋が経済大国日本に与えた影響は計り知れない物であり、それはもはや経済システムに組み込まれていたのです。

 つまり、総会屋とは企業の株を持ち、株主の立場を悪用して株主総会を妨害したり、企業にたかったりする仕事です。理屈の上では簡単ですが、金をむしる方法は多岐にわたり、芸術的でさえあります。

 この映画はうだつの上がらない若手総会屋、中江(松方弘樹)が成長し、巨大な経済の闇に飲み込まれていく様を描いています。

 こう書くと松竹がやりそうな経済小説原作の映画みたいですが、そこはちゃんと東映です。適度にアホで暴力的でエロシーンも入っています。結局のところ、総会屋の大半はヤクザなので、武器が拳銃ではなく株券になったとしても東映の得意ジャンルなのです。

実録できない物もある

 本作を作るにあたり、笠原和夫は小川薫という高名な総会屋に取材しに行き、本当に仕事についていく事で総会屋のやり口を学びました。

 その甲斐あって本作は大ヒットし、『新幹線大爆破』で爆死状態だった東映を救うに至ったのですが、笠原和夫はこの映画を作った事で実録映画の限界を思い知る事になります。

 つまり、総会屋は株式会社にたかる仕事ですが、その取材を進め、突き詰めていくうちに、やがて重大な事実に行き着きます。結局のところ、黒幕は常に銀行なのです。

 とは言え、東映も会社である以上、銀行に金を借りて商売をしているわけです。笠原和夫はここでついに実録という言葉の限界に辿り着き、ヤクザ映画に携わるのをやめてしまうのです。

 実際、この映画は総会屋の実態を描いたという事になっていますが、かなりデチューンされているのは否めません。総会屋というのは、最悪の場合会社の取締役を殺すくらいのことはやるのです。

まめさが大事な「もらい屋」

 さて、本作の主人公中江は大阪に住まいし、ヤクザの組に属するでもなく、大物総会屋の門下に入るでもないフリーランスの総会屋として細々と活動しています。

 この時点で中江が行っているのが、総会屋の最底辺に位置する「もらい屋」という手口です。

 つまり、株付け(株を持っている)している会社を朝早くから回って歩き、5千円とか1万円の賛助金を貰うという、ちょっと上等な物乞い程度の仕事です。

 会社の方がもらい屋に対応する体制を整えていて、番号札を配り、順番に賛助金を渡していくシステムが完成しているのが笑えるようで笑えないポイントです。

 それはつまり、上場企業には総会屋がたかりに来る前提になっているという事です。大きな会社の総務部は、ヤクザの相手をする仕事だった時代が確かにあったのです。

 しかし、もらい屋も楽な仕事ではありません。やはり総会屋としてある程度の実績が無いと相手にされないので、フリーランスの中江はなかなか賛助金が貰えないのです。

 つまり、総会屋というのはまめさと根気が必要な仕事です。ヤクザの中で彼らが一目置かれるのはそういう事なのです。

先生と呼ばせてください

 というわけで賛助金が貰えずごねる中江ですが、それを見かねて助けてくれたのがベテラン総会屋の乃木万(小沢栄太郎)です。

 乃木万は右も左も分からない中江に何かと親切にしてくれて、ついには中江は弟子入りを志願して許されます。

 乃木万が中江に授けた教えの中でも「名を売りたいなら電鉄関係で、金が欲しいなら銀行筋」という言葉は、総会屋の偽らざるリアルを反映しています。

 つまり、電鉄関係は土地買収の絡みで総会屋が付け入るようなトラブルを起こしやすいから名を売るにはもってこいで、銀行は単純に金を持っているから美味しい獲物というわけです。

 中江は松方弘樹にしては珍しく乃木万を完全に師匠として仰ぎ、先生と呼んで慕っています。経済犯罪者である事を除けば爽やかなスポコンが貫いていて、非常においしいBLです。

度胸で勝負だ「万歳屋」

 中江は早速乃木万と一緒にある会社へ乗り込み、スピーカーで社長の誕生日を騒々しくお祝いして5万円を巻き上げます。

 実際にこんなに鮮やかに決まるのかは分かりませんが、この手口を「万歳屋」と呼びます。今でも右翼が「ほめ殺し」と称して行うような方法ですね。

 こんなしょうもない事で5万円ももらえるなら、是非とも総会屋になりたいと、ボンクラ盛りだった高校生時代の私は思ったものです。

 とは言え、現代では総会屋対策で商法が改正されてしまい、このような単純な方法で企業から金をとる事は不可能です。あくまでこれはおとぎ話なのです。

恐怖のニャンバーグ

 さて、この時点では中江は総会屋だけでは食っていけないので、恐るべき副業をしています。

 つまり、中江はネコを捕まえて売っているのです。勿論これは東映の映画ですので、ペットショップに転売などという甘っちょろい方法は取りません。

 中江は捕まえた猫を河原に小屋をかけている猫屋(汐路章)の所へ持って行きます。

 勿論、ネコは殺されて皮は三味線になり、肉は居酒屋に卸されてニャンバーグになるのです。ネコをずた袋に入れて棒で殴って殺すシーンには、最高に嫌なリアリティがあります。

 ネコ派の人はこの映画を観たら卒倒するかもしれません。

結局いつもの組み合わせ

 しかし、中江が深く考えずに飼い猫を捕まえて売り渡したせいで話がややこしくなってしまいます。

 ヤクザが姐さんの飼い猫を探しに来て、案の定ずた袋の中で死んでいたので、中江は車で連れ去られてしまいます。

 しかし、ヤクザの奥田(梅宮辰夫)は中江が九州訛りなのを聞いて急に態度を軟化させ、あまつさえ奥田と中江は集団就職列車で同じ汽車だった仲で、財布を落した奥田に中江が弁当を奢ったという事実まで発覚し、いつもの仲になってしまいます。

 総会屋とヤクザが友達。これはもう猫に鰹節状態です。それにしても、この2人は普段からいちゃいちゃしているので、こういう芝居になると心底楽しそうです。

総会屋のゴール「奥座敷」

 さて、奥田はネコの事などすっかり忘れ、中江に仕事を頼みに行きます。つまり、組と揉めた会社の総会を揉めさせてほしいというわけです。

 しかし、この会社は乃木万と因縁のある神野(田中邦衛!)という総会屋がバックについています。

 これはつまり、企業が総会屋を必要とする事がしばしばあるのです。このような総会屋を「与党総会屋」と称し、企業からの賛助金や各種の便宜と引き換えに、他の総会屋をブロックしたり、企業のトラブルに介入して解決したりする仕事です。

 この与党総会屋が総会屋のヒエラルキーの頂点で、本作ではこの立場を「企業の奥座敷」と称します。

 言うなれば、総会屋はもらい屋からスタートし、大企業の奥座敷に座るのがゴールの仕事です。

総会は男の戦場

 競輪選手は練習が仕事でレースは回収の場と申しますが、総会屋も同じ事で、総会で名を売ってこそ金になるのです。

 総会屋はただ迷惑な質問をするだけではダメです。与党総会屋は総会が揉めないように入念なリハーサルをしているので、これを切り崩さないといけないのです。

 速い話が喧嘩です。ライバル総会屋を会場入りさせないために、一緒に階段から飛び降りる覚悟が総会屋には必要なのです。その為に大手の総会屋は「げんこつ団」と称する兵隊をそれぞれ抱えているのです。

 現代の株主総会が同じ日に開催されるのはこの為です。つまり、全ての企業が一斉に総会を開いたら、総会屋は一つの総会にしか出席できないのです。

スポコン投資映画

 中江は神野もろとも階段を転げ落ちて総会への出席を阻止しようとしますが、神野は根性で階段を這いあがって失敗。しかも乃木万は神野の手下に花瓶で後頭部を殴られて失明し、仲良く病院送りになって負けてしまいます。

 しかも中江は女に株券を奪い取られ、踏んだり蹴ったりです。

 しかし、引退を決意した乃木万は自分の株券を中江に託し、総会屋の心得を残して娘の元へ隠遁します。

 つまり、喉を鍛えて議場を支配できる声を作る事。企業法と商法を勉強する事です。中江は乃木万を100%信頼しているので、これを守ります。

 雨の中で発声練習をする中江のシーンが入るのが笑いどころです。株とスポコンという一見すると極めて縁遠い要素が一つになった瞬間です。

 こういう一見するとお堅い題材でさえもこういう風に仕立ててしまう。まさに東映マジックです。

総会屋2.0

 果たして乃木万の遺志を継いで猛勉強した中江は総会屋として再起し、神野が奥座敷に座る銀行に攻撃を仕掛けます。

 まずは2000株の株券を銀行に持ち込み、2000人に1株ずつに分割するように依頼します。これは「分割屋」という手口で、こんなに細かく株式を分割すると金と手間がかかりすぎるので、相手は嫌がって金を包んで勘弁してもらうという仕組みです。

 また、中江は得体の知れない雑誌も発行しています。この種の新聞雑誌は「総会屋雑誌」と呼ばれるもので、企業に対して購読料や広告料をせびる為に用いられます。勿論、企業が金を出し渋れば誌上で叩かれてしまいます。

 しかしこれらはジャブで、中江は頭取が神野に不正融資をしている事を掴んでいて、更には奥田の助けも借りて神野を抱き込み、神野を排除するふりをして見事奥座敷に座る事に成功します。

 これが総会屋です。アホには出来ず、弱くても出来ず、やくざ者としての総合力が問われる仕事なのです。

華の東京ラウンド

 さて、関西で総会屋としての地位を確固たるものにした中江は、手下に室田日出夫なんか従えてお笑い芸人のごとく東京進出に乗り出します。

 やはり東京と大阪では大企業の数が違います。総会屋にとって最大のひのき舞台はやっぱり東京なのです。

 しかし、東京に来ればそれだけ競争相手が増えるというのが道理で、中江は最強の総会屋である西島(丹波哲郎!)と敵対する事になってしまいます。

 西島は総会屋は企業人から人間扱いされないという悲哀を中江に語り、大阪に帰るように諭しますが、これにホイホイ応じる松方弘樹ではないので、事態は泥沼に進んでいくのです。

きつ~い一発

 さて、総会屋にとって大企業の奥座敷がゴールとは言っても、ゴールが動く事があるのも総会屋です。つまり、経営体制が変わると総会屋とのパワーバランスは変わってきます。

 中江はある総合商社の副社長(大滝秀治)に腕を見込まれ、社長の退陣工作に協力します。こういう政治にも総会屋が絡んでくる時代だったのです。

 室田日出夫のスパイ活動の結果、社長の曽宮(若山富三郎)が囲っているアヤという女(池玲子)がクローズアップされます。

 なんと曽宮はアヤにセーラー服を着せていたすのがお好きな変態という事が判明します。池玲子の着ているセーラー服の素材が安っぽく、風俗嬢っぽいのが笑わせてくれます。

 この時に童謡のレコードをかけているのは、笠原和夫が取材によって「大企業の社長とか政治家は案外赤ちゃんプレイ好きが多い」という事実に行き着いたからのようです。

 これはリアリティのある話で、数年後に起きた汚職事件に際し、証人喚問で手が震えてサインできなかった総合商社の偉い人は、おもちゃと童謡のレコードが常備された隠れ家を持っていた事で世間の嘲笑を買いました。

 ここから映画は空中分解を始めます。中江は池玲子の元に隠し撮りテープを持って脅しに行き、動機の不明瞭なままこの2人はヤっちゃいます。

 松方弘樹は大張り切りで、この濡れ場の撮影にこってり5時間もかけたそうです。そして、その日の夕方に内縁の妻との披露宴に臨んだというのですから、やはりパイプカットするような男は普通ではありません。

ピラニアの共食い

 さて、これだけの面子が揃っているのですから、当然ピラニア軍団が大活躍します。既に1975年。彼らは画面に登場するだけでお客さんが喜ぶだけの人気を獲得しているのです。

 最初に現れたのは、奥田の子分として登場した川谷拓三でした。いつも通りイキりまくっていて、拓ボンは絶好調です。

 神野の子分として現れた志賀勝を寄ってたかって泥の中でリンチするシーンは、まさにピラニアの真骨頂というべきシーンです。今回は父親(加賀邦夫)も出ているというのに、こんな汚れ役を買って出た志賀勝の役者魂はやはり賞賛に値します。

 一方で室田日出夫は中江の部下として東京に来てからはずっと一緒に居ます。やはり室田日出夫はピラニア軍団のドンなので、ちょっと優遇されるのです。

 しかし、一人ピラニアMVPを選ぶならば、今回は野口貴史です。

 中江は池玲子と接触した事で西島と組んでいるヤクザの花又(伊吹吾郎)に監禁され、ヤク中の野口貴史と引き合わされます。

 ヤバいメイクでナイフ舐め舐めしていて見るからにヤバそうです。そして幻覚症状を起こすので人を殺しても死刑にはならないという更にヤバい触れ込みが添えられます。

 なるほど、こういう役をやらせるのなら、ピラニアの中で一番決まるのは野口貴史です。流石中島貞夫はピラニア軍団の正しい使い方を分かっています。

拓ボンノワール

 ピンチの中江の元に西部劇の騎兵隊のごとく颯爽と現れたのが奥田です。拓ボンを連れて。

 拓ボンは大阪に居た頃は裸アロハシャツでいつもの調子だったのに、東京バージョンは怪しいスーツに髪をポマードで固め、無口にサイレンサー付きリボルバーなんて構えちゃってキメています。

 結局中江と奥田は仲間割れし、拓ボンは室田日出夫を暗殺するというお客さん大興奮の展開に至ります。

 拓ボンは実はかなりのシネフィルで、こういうノワール物が好きなのです。せっかく地位を掴んだので、この機会にこういう役をやってみたかったのでしょう。

 勿論、それをお客さんが喜ぶ体制がすでに確立されています。だって、実録映画はそれ自体が拓ボンの壮大な出世物語なのですから。

最後に茶番になる

 ここから先はもうぐちゃぐちゃで、中江の奥田との痴話げんか、西島との意地の張り合い、池玲子の出生の秘密までからみ、わけのわからぬまま総会を迎え、中江の「全ては茶番だ!」という言葉で映画が終わってしまいます。

 つまり、映画で描ける限界をここで越えたという事なのでしょう。実録映画にも、やはり限界があるのです。

 しかし、それならそれで、私は池玲子が死んだことで感情的になる松方弘樹など見たくありませんでした。下半身は女の為に動いても、上半身は揺るぎないのが松方弘樹ではないですか。

BL的に解説

乃木万×中江

 本作は珍しく松方弘樹が受けに回る展開が多い映画です。何と言っても乃木万と中江は師弟関係ですから、もっとも純度の高いBLを展開しています。

 うだつの上がらないもらい屋としてくすぶっていた中江を、特に理由もなく助けてくれたのが乃木万でした。乃木万は上前を撥ねるどころか酒まで御馳走し、中江の弟子入り志願も快諾してくれます。

 これは人の弱みに付け込む総会屋にあるまじき人の好さです。私はここに乃木万の下心を見ずに居られません。

 乃木万は未熟ながらも情熱を抱いた中江を極上のオスと見たのか、あるいはそこに若き日の自分の姿を見たのか、いずれにしてもBLの10割配当です。

 ここで注目したいのが、中江の経歴です。つまり、中江は集団就職で株屋に勤めたものの、その株屋が倒産した事で総会屋の道に入ったのです。

 株屋の小僧が身を持ち崩して総会屋になるというのは非常によくあるパターンだったとされています。だとすれば、乃木万も似たような経歴の持ち主なのでしょう。

 そして、丁稚奉公には男色がつきものです。それは千年近くに渡る伝統であり、あなたの家の近所を探せばまだ当事者が居る根の深い問題です。貧しい実家に帰る事の出来ない小僧たちは、ホモ番頭のセクハラにも歯をくいしばって耐えるしかなかったのです。

 こうなればもう需要と供給が一致します。エコノミストである乃木万と中江の愛のロウソクチャートは、小豆相場のように激しく揺れるのです。

 果たして中江は乃木万の愛の講義を受けてめきめきと頭角を現し、ついには乃木万を警察にチクって陥れた神野との対決に至ります。

 この話を偶然奥田が持ってきたところに、神の見えざる手を感じます。神が中江に乃木万の敵を討てと言っているのです。

 乃木万は乃木万で奥田の助っ人の申し出を拒み、総会屋はあくまで総会屋同士で蹴りを付けるのが作法と妙に格好良い事を言っちゃいます。勿論、中江は損得抜きで乃木万を助ける覚悟です。

 しかし、神が味方したのはここまででした。中江は神野と抱き合って階段落ちまでやってのけたというのに神野は階段を這いあがり、乃木万は花瓶で後頭部を殴られて失明してしまいます。

 そして乃木万は中江に持ち株の全てを託し、総会屋の極意を伝授して見えない目に涙を流します。これでもう文楽が出来ます。

 中江が雨の中で発声練習をするのは、きっと涙を隠す為です。こんな救いようのないアホ映画なのに、驚くべき純愛が隠されています。

 もっと驚くべき事があります。東京進出を果たした中江は、なんと事務所に乃木万の写真を飾ってあります。さりげないシーンですが、これはとんでもなく重い愛です。

 例え中江が総会屋として浮かぼうと沈もうと、その魂は永遠に乃木万と共にあります。だって、中江が乃木万から受け継いだ株券の名義欄には、乃木万と中江の名前が書かれているのですから。

中江×奥田

 この2人の出会いは完全にBLです。甘酸っぱい青春の裏側にイカ臭い物が内包されています。

 集団就職という物は、昨今の若者が地元の大学を出て東京で就職するなどという甘っちょろい進路とは違います。

 スマホどころか電話さえ高くておちおちかけられない、なんなら実家には電話が無いような貧しい田舎少年が、単身で都会の見知らぬ雇用主の元に送り込まれ、ぞっとするような待遇でこき使われるというのが集団就職です。

 それでも若者たちには他に生きる道はなく、その途中で財布を落としてしまった奥田の絶望ぶりたるや、想像する事も出来ません。

 不安と空腹で落ち込む奥田に手を差し伸べたのが、中江だった。これはまさに地獄に下りた蜘蛛の糸です。

 BL的に考えれば、これは当然汽車の便所で身体で返さなければいけない展開です。奥田はヤクザになったくらいなので九州時代に少年院を経験していそうです。だとすれば、ケツを貸すのは慣れた物に違いありません。

 とにかく月日は流れ、どちらも猫を探していた中江と奥田は運命的な再会を果たします。泥棒猫もとい猫泥棒が中江だと気付いた瞬間の奥田の表情は、まるで同窓会で昔と変わらぬ初恋の人を見つけたかのように生き生きとしています。

 二人は猫などおっぽり出して赤提灯で再会を祝います。猫なのに当て馬です。奥田に日本一の大親分になれと言う中江。中江に大物総会屋になれと言う奥田。焼けぼっくいに火とはまさにこの事です。

 食べさせたハンバーグがニャンバーグだと中江がばらし、奥田とじゃれ合う姿に至っては、事情を知らない人が見たらゲイカップルが酔っ払っていると思うでしょう。いや、お付きの拓ボンは兄貴が年少時代のアンコに再会したと思ったに違いありません。

 勿論心も体もビジネスも中江と奥田はパートナーになります。乃木万に仇討のチャンスを持ってきたのはほかならぬ奥田です。

 しかし、奥田は弁当の恩をいつまでも忘れない義理堅い漢なので、中江と乃木万にジェラシーを燃やすでもなく、乃木万の総会屋の流儀に異を唱えるでもなく、サポートに徹する構えです。デキるヤクザです。BL的にはデキてるヤクザですが。

 この総会は失敗して奥田は高飛びしてしまいますが、再び神野と対決して窮地に陥った中江の元に奥田がさっそうと現れます。

 そして奥田は早速ヤクザとしての力を行使します。お礼と称して神野が連れていた志賀勝を袋叩きにします。これは惚れます。

 中江の乃木万直伝の総会屋ノウハウと、奥田の暴力が組み合わされば怖いものなしというわけです。そして中江と奥田は大金をつかみ取るのです。

 しかし、中江は奥田の属する寺岡組の代紋を無断借用したので、上納金と称して取り分無しになってしまいます。

 中江は「えらい死神と記者に乗ってもうた」と言いつつ嬉しそうです。

 これは損して得取れプレイです。つまり、中江は寺岡組と繋がりが出来たので、それを使って存分に総会屋として売り出せばよく、奥田はそれに協力を惜しまないし、お互いの為にもなるというわけです。

 もはやこの二人にとって金はあまり重要ではありません。一枚くらい事後のティッシュに使ってもいいかというくらいの物です。

 それを証拠に、この直後に中江は東京進出を果たして大いに売り出し、寺岡組もそれに同調するように関東進出を図ります。二人三脚は箱根八里も越えてしまうのです。

 中江が花又に殺されそうになったタイミングで都合よく駆けつけて来るのも、やはりこの二人の愛がなせる業です。

 拓ボンがお洒落になっているのも、愛の力だとすれば容易に説明がつきます。つまり、俺はこんなシャレオツな弟分を抱えていて、そんな俺は中江とラブラブだと関東者に見せつける為です。自分がゴージャスなら相方もゴージャスになるという発想、メスのそれです。

 挙句は奥田は花又に対し、中江の事務所は寺岡組東京支部だと思えと勝手に啖呵を切ります。既成事実を押し付けていくとは、やはり奥田の愛はヘビーです。

 引いてもいいような物を、命拾いした中江は奥田にブランデーなんて注いじゃって祝い酒です。拓ボンにも注いであげるのが意味深です。何しろ、奥田と中江がデキているのなら、拓ボンはいわばゲイカップルの養子。ゲイカップルの養子は溺愛されるものと相場が決まっています。

 しかし、中江はあくまで西島との直接対決を望み、奥田の助っ人を土壇場で拒否したので痴話げんかになります。

 お前は事実上寺岡組の一員だという奥田。ヤンホモ入っています。目のくらむような独占欲です。

 もっと吠えあがるのが愛する奥田の顔を潰された拓ボンです。そしてあくまで中江の味方の室田日出夫とピラニアタイトルマッチまでおっぱじめちゃいます。これはもはや再婚夫婦と連れ子のドロドロドマラです。

 奥田は五分だと思っていたが杯は割れたとか言っておきながら、その次にはこれからはビジネスの付き合いとか言い出す始末です。お前とのきつ~い一発が忘れられないと正直に言えばいいのに。

 事態は更にバイオレンスな方向に進み、室田日出夫がマル暴に相談したので拓ボンが殺しにかかるという事態に発展してしまいます。

 つまり、このカップルにとってはピラニア軍団は丸ごとコンドームなのです。半端じゃありません。

 奥田は室田日出夫殺しには知らんぷりを決め込む一方、あくまで中江の味方として振舞います。西島が総会屋を札束攻勢で買収する中、組員を動員して総会屋を物理的に通せんぼするというプランをぶち上げますが、あくまで総会屋同士の対決に断る中江はこれを良しとしません。

 それで奥田は西島の元に乗り込んでいきます。泥棒猫をニャンバーグにしてやると言わんばかりです。

 奥田は西島の配下に殺されかけながら直談判し、どんな勝負でも受けてやるという西島の言質を取り、ヤクザ抜きの総会屋同士の対決を承知させてしまいます。

 結果はともかく、最後の最後に中江の望む方法をお膳立てしたのは奥田だったのです。やはり奥田はデキます。中江とデキています。

 恐らく、映画が終わった後は中江と奥田は仲直りし、第2ラウンドに臨むはずです。男と男の愛の乗った超特急が、丸の内を疾走するのです

西島×中江

 総攻め対決は、強い方が勝ちます。なので丹波哲郎に勝てる攻め様は日本には何人も居ません。

 西島は明らかに中江を強く意識しています。総会でかち合うなり手下に中江をリンチさせ、ひとしきり弱らせたタイミングで現れて車で送っていくというのは、完全にスーパー攻め様です。

 西島は中江に贅沢を覚える前に大阪へ帰れと妙に優しく諭し、あまつさえ総会屋がいかに悲しく、奥座敷がいかに居心地の悪い場所かさえ説きます。

 中江が二度と総会に来れない身体にする方が簡単で確実なのに、この懇切丁寧さ。そう、乃木万がそうであったように、西島もまた中江に若き日の自分を見ていたとしか私には思えません。

 しかし、こういう状況になると却って燃えちゃう中江なので、西島のパーティーに乗り込んでいきます。殺されるという事は中江は考えていません。

 中江が曽宮に名刺を渡そうとして、西島が横取りして破いてしまうのも、かなりの攻め様アングルです。

 西島は花又を中江の事務所に送り込んで中江を黙らせようとしますが、これもやはり甘いと言わざるをえません。

 その気になればもっと簡単かつ確実に中江を殺す方法があります。西島はあくまで中江を生きて大阪に戻したいのです。

 ですがこの作戦は奥田のファインプレーで失敗。ここで西島は手駒の会社を40社も分けてやるというスーパー攻め様戦術で抱き込もうとします。

 明らかに西島は焦っています。このままだと花又が勢いあまって中江を殺しそうなので、その前に自分で飼いならしてしまおうというなりふり構わないプランです。

 しかし、乃木万イズムを叩き込まれた中江はあくまで西島の配下になる事を拒み、西島との対決を望みます。あくまで総会の席上で勝負をつけるという言葉は、乃木万の遺志その物です。

 西島は生意気一直線の中江に対してスーパー攻め様その物の戦術で臨みます。つまり、総会屋を札束攻勢で全員味方につけて中江を潰しにかかる力技です。

 奥田のお膳立てもあってヤクザは介入しない総会屋同士の対決が実現します。しかし、最後の最後に中江は女に狂って敗れ、文字通りの茶番劇になって映画は終わってしまいます。

 しかし、中江がこれで諦めるとは到底思えません。例えもらい屋から再出発するとしても、死ぬまで西島に勝つためにもがき続けるはずです。それが乃木万イズムであり、攻め様でも受けて立つのが西島です。


お勧めの映画

 独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介し

『県警対組織暴力』(1976 東映)(★★★★★)(松×辰の対決)
『脱獄広島殺人囚』(1975 東映)(★★★★)(明らかにおホモ達の松×辰)
『やくざの墓場 くちなしの花』(1976 東映)(★★★★)(笠原和夫が完全に諦めた一本)

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