「あなたの《わたしは思い出す》」水戸篇──メルマガ制作を振り返る
ひとりの女性が綴った11年間の育児日記。その再読の経験を記録した《わたしは思い出す》が、水戸芸術館「ケアリング/マザーフッド」展(2023)で展示されました。会場内では、「あなたの《わたしは思い出す》」と題したアンケートを募集。かおりさんの回想をきっかけに、来場者一人ひとりが思い出した357通のエピソードが集まりました。このたび、その一部をnoteで公開しています。
同時に、これらのエピソードをメールマガジンのかたちでお届けする試みを開始しました。メールマガジン「あなたの《わたしは思い出す》」は、どのようにつくられたのか。企画・制作を担当した安永楓哉さんと、AHA!メンバーがこれまでの経緯を振り返ります。
[座談会]このメルマガができるまで
1. 記憶に紐づいた日付
水野雄太(AHA!) この試みを始めたきっかけは、安永さんからメールを頂いたことでしたね。
安永楓哉 いまから約1年前、僕が大学3年生のときに、水戸芸術館で開催していた「ケアリング/マザーフッド」展の《わたしは思い出す》でAHA!の存在を知りました。アーカイブを公に開いていく試みに関心を持っていたことがあり、「なにか活動に関われたら」とメールで連絡を差し上げました。
水野 大学ではなにを専攻しているのですか?
安永 分野横断的に学べる学部に所属し、デザインを専攻しています。ランドスケープデザインを専門とする研究室の所属です。地形・植生といった大きなスケールからものごとを捉えることで、風景を対象にするリサーチや提案をしています。同時に学外では、空間のサイン計画やブックデザイン、展覧会などのグラフィックデザインを勉強しています。リサーチの情報源としてアーカイブの資料体を意識し始めた頃で、展示や書籍としてアウトプットをしているAHA!の活動に興味をもったんです。
水野 安永さんからメールを頂いたのは、2023年5月でした。それから、オンライン上で安永さんと顔合わせして、双方の関心や課題について話しました。私たちが話したのは、いわば「“商品”なきあとの広報」です。同年の1月11日に書籍『わたしは思い出す』(remo、2023)を出版して、手元の在庫がすでに僅少の状態でした。当面のあいだ重版の予定もない。商品がなくなったあともプロジェクトを覚えておいてもらうためにはどうしたらよいか。また、新たに知ってもらうにはどうしたらよいか。
2. いくつもの“私”と出会い直す
松本篤(AHA!) そこで、私たちが安永さんに提案したのは、「あなたの《わたしは思い出す》」というアンケートの公開方法を一緒に考えてみませんか? ということでした。そもそも『わたしは思い出す』という書籍は、語り手のかおりさん(仮名)の回想録であるだけでなく、聞き手と編者を務めた私(松本)の回想録でもあり、さらに言えば、読み手それぞれが読者自身の《わたし》に出会い直す「装置」だと捉えていました。
水野 本は記憶の記録装置でもあり再生装置でもある、と。
松本 他者の言葉によって自分の何かが喚起されていく。「あなたの《わたしは思い出す》」と題したアンケートは、そんな経験を提供するひとつの工夫です。私たちは、かおりさんの「わたしは思い出す」を発端として、来場者や読者が思い出した大切なエピソードとその日付を仙台、神戸、水戸の会場で尋ねてきました。また、記されたアンケートは会場内で閲覧できるようにもしていました。結果として、神戸の展示では171通、水戸では357通のアンケートが会期中に集まりました。
奈良歩(AHA!) それで、アンケートの公開方法を一緒に考える打ち合わせが始まりましたね。まずは水戸の会場で寄せられたアンケートのスキャンデータを安永さんと共有しました。
3. アンケートに書かれていたこと
安永 頂いた手書きのアンケートは、書き手の思い出したエピソードとその日付、現在の年齢、居住地、職業を書き込むフォーマットのものでした。それを見てはじめに考えたのは、どのようにしたら他者のエピソードを自分自身と関連付けて読むことができるか、ということでした。そこで、自分の属性にあわせて検索や絞り込みができるシステムなどを考えたりもしました。
水野 ブラウザで閲覧するウェブだけでなく、ポスターや冊子などの紙媒体も含めてアイデアを出してくれましたね。
安永 日付、エピソード、年齢、居住地、職業──これらの要素をどんなメディアに乗せて届けるか。エピソード自体の見せ方より、届け方としてどんな媒体(メディア)を選ぶのか自体をデザインすべきだと考えたんです。
4. メールマガジンという方法
水野 そのなかで検討し始めたのが、メールマガジンという方法でしたね。
安永 メルマガはマーケティングを目的としたツールですが、この形式をアーカイブに向き合うためのものとして転用できないかと考えたんです。アンケートには具体的な日付が書かれているものが多かったので、「“その日”に届くメルマガ」というコンセプトが浮かんできました。SNSのようにただ情報が流れていくのではない、独特の「遅さ」にメディアとしての面白さを見出していました。
水野 実際に安永さんがシステムをつくって配信テストをしながら、受け取り方の感触をフィードバックしていきましたね。2023年10月から翌年3月まで、計6回の打ち合わせを繰り返しました。
奈良 受信設定をしてみると、メルマガらしく定期的に届いていたかと思えば、ピタリと届かなくなったりする。そうして忘れかけていると、ふとまた届いたりする。それに、1通のメルマガに掲載されるエピソードの数も日によってまちまちです。こないだエピソードがすごく多い日があったよね。たしか、3月4日。
水野 それ、僕も同じことを思いました。日によって記憶の濃淡がまだらになっている印象です。メルマガなんだけど、不定期でどこかそっけない。次から次へと流れていくSNSのフィードとは違って、自分のメールボックスに溜まっていく感じも、独特の手触りがあります。
安永 そうですね。メディアの繊細な手触りをどのようにデザインするか、というのが今回の技術的な挑戦でもありました。既存のメール配信サービスでは難しい特殊な設定を施すため、配信システムをいちから構築しています。システムの検討をしていたのが、文章生成AIが話題になり始めた頃です。僕の職能はエンジニアリングではなくデザインですが、仕組みを大筋で理解していれば、AIの補助を受けてシステムを作ることができる。今回はそんな学びも感じています。
5. 閉じながら開く
松本 さまざまな議論や試行錯誤を繰り返しながら、「あなたの《わたしは思い出す》」のアンケートをメルマガで配信することに辿り着きました。
水野 いくつもの私と出会い直すきっかけ、他者の言葉によって自分の何かが喚起されていく契機として「あなたの《わたしは思い出す》」と題したアンケートが、さらにまた別の読み手にゆっくりと届くことになります。
松本 私的なものが、また別の私的なものへと変容・変質していく。閉じていたはずのかおりさんの育児日記は、再読という行為をつうじて展示や書籍というかたちに開かれていく。それは同時に、彼女の育児日記の言葉とは異なるものとして更新され、閉じられていく(綴じられていく)再記録化の過程でした。
300通以上の「あなたの《わたしは思い出す》」は、そのような「閉」と「開」が反復・連鎖するプロセスから発生した、もうひとつの「わたしは思い出す」に他なりません。そこで生まれた幾多の言葉の存在をどのように守りつつ、届けるのか。あるいは、言葉の存在を届けつつ、どのように守れるのか。今回の安永さんの試みから、そんな課題を与えてもらったような気がします。
安永 そのように考えると、さきほどの「3月4日はエピソードが多かったよね」とメルマガを受信した者どうしで話ができるのは興味深いですね。メルマガは個人個人の端末に配信されますが、家族や友達どうしで一緒に受け取ると、その経験が他者と共有される。
水野 個人的に印象的だったのが「1999年7月31日 ノストラダムスが予言した恐怖の大魔王が地球にやって来ず安心したこと」というエピソードです。当時9歳だった自分もこの予言の日がめちゃくちゃ怖くて、寝室の窓から夜空をずっと見て寝られなかったんです。翌朝ふつうに目を覚ましたのでホッとして、「生きててよかったー」って親に話したのに、軽くあしらわれたときのこととか。このメルマガを見て、ふと、そのときのいろんな感情とか光景をいろいろ思い出しちゃいました。
奈良 「あなたの《わたしは思い出す》」をメルマガで受け取った人が、どんなことを感じたのか。ぜひ聞いてみたいですね。
[収録=2024年3月26日]
メルマガを受け取る方法
エピソードが紐づくその日にメールマガジンを配信します。アンケートの内容によって、毎日届くこともあれば、しばらく届かないこともあります。
原則として、記入されたアンケートの紙面をそのまま配信しています。被災の経験やセンシティブな内容が含まれる場合があります。あらかじめご留意ください。
登録は無料です。
メルマガの登録は【こちらのフォーム】から
企画・制作:安永楓哉
企画協力:AHA![Archive for Human Activities / 人類の営みのためのアーカイブ]
ぜひ感想をお寄せください
この取り組みは、2024年7月23日に試験運用を開始しました。受け取られた方は、ぜひご感想を私たちにお寄せください。
送り先のメールアドレス……info[at]aha.ne.jp
件名……あなたの《わたしは思い出す》の感想