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シコゴン島のガメ子
1980年代の初めの頃、フィリピンの
シコゴン島に旅行した時の事です。
マニラから、舗装されていない山道を
ジェットコースター並みに揺れるバスや
ボロボロのガタガタで、シートベルトも
ないような小さな飛行機にスーツケース
ごと放りこまれるような感じで乗りこみ
(数年後その飛行機が墜落したと
ニュースで報道されていた)
小さな船を乗り継いで
ようやく目的地のシコゴン島に到着。
シーズンオフの真っただ中で
観光客は我々以外に見当たらなかった。
ホテルの食事はショボい割には高額で
デザートを頼むと缶詰のパイナップルが
出てくる始末。
外には新鮮な果物がたわわになって
いそうなのに、土地の人の感覚では
デルモンテの缶詰が高級品と言う訳で
取りあえずお客には高級品をという
発想らしい。
ジュースもデルモンテの缶ジュースで
料金は東京で食事をするのと
さして変わらない値段。
なにが悲しくて、はるばる南の島に来て
缶詰のパイナップルと缶ジュースなんだ!
と言う訳で、次の日から
食事は自分たちで調達することに。
取りあえず島にある食料品店へ行って
生水は危ないだろうと
生ぬるいコーラ数本と
菓子パンらしきものを買ってみた。
ビーチに座って食べ始めるも
独特の甘さと味わいに
どうにも食が進まない。
しばらく夫とふたりで
ぼんやりと海を眺めていると
痩せこけた犬がよたよたと
やって来る。
お腹を壊しているのか
下痢気味らしい。
我々の方を一瞥し
パンに興味を示したが
我々のこっちに来ないで!
オーラを感じてか
またよたよたと歩き始めた。
去っていく彼女の後ろ姿には
「もうアタシは長くは
ないんですよ…」的な悲壮感が
漂っていた。
どうせ食べないパンなんだし
この際あの子にやっちゃおうか
という気になった。
そこで、彼女を呼び止めパンを与えた。
パンは袋に一杯、アンパンくらいの
大きさのが7個くらいあった
彼女は、一気に4個ほどを
むさぼり食った。
日頃ありつけないご馳走なのか。
少なくとも欲しいだけ食べさせて
もらえるなんてチャンスは
貧しそうなこの村の犬としては
無い事だったのだろう。
痩せこけた体のお腹だけが
異様に膨らんだ。
彼女の犬人生で、たぶん初めて
経験する満腹感だったんだろう。
ひとしきり食べると満足したのか
よたよたと去っていく彼女を
見送っていると、ふと立ち止まり
戻って来る。
そしてまた、催促されるままにパンを
与えていると、なんと残りのパンを
全部食べきった!
もうお腹ははち切れそうだ。
危険なくらい食べ過ぎたのは
傍目からもはっきり分かった。
ずっと空腹状態で、胃腸も弱りきって
いるのに、急にあんなにどか食い
したんだもの。
でも、きっと死んでもいいから
最後にパンを一袋一気食いして
みたかったんだよね。
ぐったりした彼女に
アタシは思わず声をかけた。
「命懸けの食い意地だね、
(がめつい)ガメ子…」
我々が、結果的に彼女を死に
追いやってしまったのだろうかと
落ち込んでいると
やがて彼女はゆっくり起き上がり
再びよたよたと歩き始めた。
安堵した私達は、去っていく
その後ろ姿に
ガメ子に幸あれ!と
願ったのは言うまでもない。