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描かれた蜂の宮殿 (古代ローマの遺跡とプーリア州を巡る旅⑥)
2024年11月3日日曜日(二日目)
蜂の宮殿
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カラヴァッジョ作品に逃げられた悔しさに打ちひしがれつつ、事前に予約していたバルベリーニ宮殿へ向かう。
観光客の多い通りに辟易する。
予約の時間が迫っていたため、パンテオンもトレヴィの泉も素通りする。
重厚な黒ずんだ石の門が見えてきた。
バルベリーニ宮殿らしい。
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ん?
宮殿のように見えるが…、
布で覆われている。
外装はどうやら工事中であるようだ。
ローマはどこもかしこも工事をしている。
やはり本物が見たかったと思う。
イタリアでは多くの国立美術館が第一日曜日に無料解放される。
この日はちょうど無料解放日に当たっていたため、さぞ混んでいるだろうと思い、HPで事前にチケットを取っていた。
(無料だが予約は可能)
しかし、中に入ると思ったほどの混雑具合ではなく、ゆったりと鑑賞ができた。
蜂のモチーフを屋敷の至るところで目にした。
バルベリーニ家の紋章らしい。
最古の酒である蜂蜜酒に由来があり、酒の神バッカスにも由縁があるとかないとか。
写実的な蜂はグロテスクだが、どこか癖になるようなキャッチーさがある。
それにしても、なぜ蜂にした?
宮殿の中へ
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バルベリーニ宮殿は貴族の邸宅をそのまま美術館に転用したものだけあって、入り口からその空間の贅沢な使い方に圧倒される。
白亜の壁が美しい。
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中世の絵を軽く見たあとで、バロック絵画へ。
キリスト教の主題は日本では見ないものも多く、興味深い。
目玉のひとつ、ラファエロのラフォルナリーナ。
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モデルはパン屋の娘とも、娼婦とも言われているらしい。
いずれにしてもラファエロが愛した女性である。
透明な布を裸体に巻き、胸はむき出しにして、少し照れたような澄まし顔をしている。
神秘性はその陶器のような冷たい艶の中だけにあって、むしろ俗っぽい淫靡さに溢れている。
ラファエロは親しみを込めたものに対してこんな風に表現するのだなということに意外さを感じた。
ホロフェルネスの首を刎ねるユディト
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ずっと観たかったカラヴァッジョの作品。
ユディトの怪訝な表情、自画像ともいわれるホロフェルネスの苦悶(どこか運命を受け入れたような諦観も感じる)の顔、ユディトの横に立つ老婆の倫理性に欠いたどこか張り切った顔。
様式化による陳腐さとは無縁のドラマチックな表現であると思う。
似たようなものはどの時代にも見当たらない。
自分の中から出てくるものだけを信じて描いている人だと思う。
背景に揺れる赤い布が闇と同化して絵全体の空間を包み込んでいる。リアルな表現に見えて全体をファンタジーとして構成するような巧みさも感じる。
この辺りから疲労がピークに達し、意識のレベルが少しずつ下がっていって、バルベリーニ宮の裏にあった階段が無限に伸びていくような幻視さえ見えるようになる。
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それは錯視を利用して遠近法を強調した通路なのだった。
猫に餌をやる老人。
ゴローニャ、ゴローニャと連呼するイタリアの女性。
帰りにスーパーに寄った。
やはりワインは欠かせない。
IGPだがプーリア州のネグロアマーロで作られた赤ワインを選ぶ。
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ブレザオラ、モルタデッラなどを買う。
現地人らしき老人にレジの列を割り込まれる。
レジの女性が謝ってくれた。
部屋でワインを開ける。
無骨で旨みの強いワイン。
がぶがぶと飲みたくなる味。
買ってきた肉類もかなりいける。
それまで感じていた疲れもどこかへ飛んでいってしまい、音楽をかけてご機嫌の酒宴。
眠りの世界の中でシャワーを浴び、ベッドに入るやいなや気絶するように眠ったように思ったが、もはや記憶が曖昧なのでそれも夢かもしれず、まだ私はローマの夜にとどまったまま微睡の中にいるのかもしれなかった。
翌日へ続く