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ショートショート#2「とある一日」

――事務員Aのとある一日

7:00 
起床 着替え

7:30 
朝食(昨晩の残りもの)

8:00
メイク(2年くらい工程は変わらない)
歯磨き 食器洗いは帰宅してからでいいか。

8:30
ゴミ出し 出社

8:50 会社に到着 
同僚への挨拶を済ませ、メールのチェック。
そうしているうちに朝礼が始まる。

9:00〜始業開始
電話対応、メール返信、来客対応、お茶出し。
発注入力、納期確認、客先への連絡。

12:00 昼休憩
多くの人は、外でランチをする。
フロアに残り電話番をする。
電話が鳴る。出る。

13:00〜午後の始業開始
新入り君のミスに気が付く。こっそり直す。
伝票整理、発行、請求書処理。お茶出し。

15:00 コーヒーブレイク
 課長が気まぐれで買ってきてくれたショートケーキを頬張る。
それと同時に電話が鳴る。出る。

16:00 
もうひと踏ん張りのところで電話が鳴る。出る。
図らずしてクレーム対応に追われる。謝る。

18:00 
終業 定時帰宅
近所のスーパーでお惣菜を購入し帰宅。

23:00 
諸々して就寝

あぁ、気が狂いそうな程退屈な日常。目をつぶってでもこなせる。
変わらない毎日は、次第に"現実感"を薄れさせていく。
明日もまた、今日をコピーアンドペーストした時間を過ごすのだろう。

新卒入社でここへ勤めて早6年と1日を6回。
業務のマンネリ化に上がらない給料。昔気質な社風。長年の勤務で環境に慣れきった怠惰なお局。いつまでも呑気な新入り君。etc…

些細な不満・モヤモヤはあれど、事を起こすほどの大不満ではないので環境を変えられずにいる。ぬるま湯というのはついつい長居してしまう。
気心の知れた友人と盛大に華金飲酒でもしたい気分だったが、このご時世だ、予定は伸ばし伸ばしになっていた。


え?”1日を6回”ってなんだよ??
そのままの意味で、同じ一日を6日分ループしている。

ループに気がついたのは6日前。
つまらない朝礼の最中、課長ごしの日めくりカレンダーと目が合い違和感を感じた。日付が昨日のままなのだ。おかしい、確かに昨日私がめくったはずなのに。

他にも、済ませたはずの問合せ・発注入力・電話の内容・新入り君のミス。課長の気まぐれケーキは今日も届いたし、クレーム電話までも同じように掛かってきた。

退屈で仕方のない日常だったが「ループから抜け出す」というミッションのおかげで急に活気付いてきた。

…と思ったのも束の間。果たしてループを抜ける意味があるのだろうか?

ループってのはだいたい、「目的」があるから繰り返しているのだ。元恋人の気持ちを取り戻す・亡くなった友人を助ける・失った青春をやり直す…で、私の「目的」は??この一日に未練なんてあったっけ。全く思い当たらない。

ループしようがしまいが、同じような日々ではないか。起きる・仕事する・寝る。このままだってなーんにも困らない。まぁいいや、流されるままで。

と、いうわけで甘んじてループを受け入れている。6日間も。
あまりにも単調なため、途中2回ほど意識が途絶えかけた。人間、あまりにも退屈だと意識が飛ぶのか…今日の動作を終え、夜、ベッドの上で物思いにふける。

…さすがに飽きてきた。ループに気付いてからというもの、私以外の人には意識がないように思えてしまう。皆同じ行動をしているし、私も同じ行動をとっているし…

そうか!行動を変えればいいのか!早々に脱ループを諦めていたから、流されるままに同じ言動をしていた。7回目のループを前に気が付くなんて。なぜもっと早く気が付かなかったのだろう。流されるまま生きる自分に嫌気がさした。

嫌気がさしたついでに、いままでしてきた「流されるまま」をやめることにした。

自分勝手だろうか。でも、私の我慢は誰の役に立っているの?波風立てないことで傍若無人な人達が得をし、自分は損をしてきた。もうやめよう。自分を持った生き方をしよう。

この歳にしてやっと自我が芽生えたようだ。自分への期待を胸に眠りへ落ちる。


――私のとある一日

6:30 
起床 着替え
近所にある7時開店のパン屋さんまで歩き、
焼きたてパンを購入し帰宅。

7:30 
朝食 先ほどのパンをいただく
焼きたての塩パンは格別だ
(昨晩の残りものは冷凍)

8:00 
メイク(いつもよりアイラインを跳ね上げてみる)
歯磨き 食器洗いもしておこう。

8:30 
ゴミ捨て(鉢合わせた隣人と軽く会話) 出社

8:50 会社に到着
同僚への挨拶を(いつもよりにこやかに)済ませ、
メールのチェック。
そうしているうちに朝礼が始まる。

9:00〜始業開始
電話対応、メール返信、来客対応。
茶葉をしっかり開かせるこだわりの方法でお茶を注ぐ。お茶出し。
発注入力、納期確認、客先への連絡。いつもよりスピーディーに。

12:00 昼休憩
本当は電話番の日ではない。
正規の当番である別部署の後輩に一声かけ、外でランチをする。
ずっと気になっていた和食定食屋で腹を満たす。
お弁当を持参していないであろう彼女が
昼食を如何にして調達したのかは知らない。

13:00〜午後の始業開始
新入り君(新入り感の抜けない入社3年目)のミスに気が付く。
実は毎日同じミスをしていることを指摘し、
具体的にどう対処すれば防げるかを伝える。
素直に受け入れてくれてよかった。
伝票整理、発行、請求書処理。
おいしくお茶を淹れ、提供。

15:00 コーヒーブレイク
課長が気まぐれで買ってきてくれた
(お局に薦められるがままのショートケーキではなく、
大好物の)モンブランを頬張る。
…と同時に電話が鳴ることはわかっているので、
対応してからゆっくり頬張る。

16:00 
終業までもうひと踏ん張りのところで電話が鳴る。
(お局はいつものように知らんふりしているので)出る。
クレーム対応に追われそうになるが、担当営業へ即座に繋ぐ。
無駄に罵声を浴びずに済んだ。

17:00 終業まであと一時間。
今日一日を脳内で振り返る。
「流されるまま」をやめてみたら、とても気分が良い。「自分勝手なのでは?」と思ったが、とんだ勘違いだったようだ。

他人のした自分勝手のしわ寄せが、たまたま私に降りかかっているのではなく、流されるまま「都合のいい人」である私のもとへ引き寄せられていたのかもしれない…

なんだか、いてもたってもいられず、すぐに退職を申し出た。
課長の驚いた顔は一生忘れられそうにない。そりゃそうか。先ほどまで満足気にモンブランを食らっていた部下が、そんなこと考えていたなんて思いもしないだろう。引き継ぎのことも考えて、退職日は3か月後に決まった。その後はなにも決まっていないのに、清々しい気分だ。

18:00 
終業 定時帰宅
百貨店へ寄り道して新作コスメを購入。
近所のスーパーでお惣菜と珍しくお酒を購入し帰宅。
たまには一人で飲むのも悪くない。

久しぶりの晩酌は深酒へと変貌していった。

アルコールの海に溺れながら大事なことを思い出す。あ、私、ループしてるんだった。
明日には全部なかったことになって、また同じ一日を繰り返す。退職もなしか。くだらない、そしたらまた今日とは違うことしてやるよ。もっと派手に暴れてやる。よーしかかってこい、次はなにをしでかしてやろうか…

………

…目が覚めた頃、時計は昼の11時を指していた。あぁ遅刻だ、大急ぎで支度をしなくては。課長ごめんなさい、今すぐ向かいます!会社から怒涛の連絡が入っているのではないかと、恐る恐るスマホを覗く。

着信なし。

え、マジ?もう一度よくスマホを確認すると、今日は土曜日。会社は休み。あぁよかった。ほっと胸をなでおろした。
ん?もしかして進んでる?

長いこと金曜日に囚われたままだったが、どういう訳だかループを抜け出したらしい。

「流されるまま」をやめ、ようやく自我を手に入れたからなのか、環境を変えるという決意をしたからなのか、はたまた華金に、渇望していた飲酒をしたからなのか…脱ループのトリガーはわからないままだ。

今まで失っていた"現実感"が一気に押し寄せてくる。深酒の余韻だろうか、頭が痛い。身体は辛いのに心は活き活きしている。そうだこれが"現実感"だ、懐かしさすら感じる。あぁ今日はのんびり過ごそう、これからの人生について考えながら。

……脳裏にうっすら浮かぶ根拠のない仮説。あんなにも現実感のない世界で本当にループは起こっていたのだろうか。思い返そうと思ったが、今となってはどうでもよい。


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