学習理論備忘録 (58) 『「こころの治療」も効果を測定しながら進めます』
「こころ」とは、脳の「はたらき」である。「悩み・苦しみ」はこの、脳のはたらきがうまくいかないことで起こる。こころの病と言いかえてもいいだろう。「こころ」をとらえどころのない曖昧模糊なものとしたままでは、その不調を治す取り組みも、本当に良くするものなのかそんな気がするだけなのかもわからなくなる。
ここに強力な道具が現れる。「尺度」と呼ばれるアンケート式の検査だ。
この質問に答えるだけの検査はメンタルヘルスの治療場面でよく行われ、今や「尺度に基づいた治療」すなわち都度検査をして悪化や回復具合をチェックしながら治療することが原則とされつつある。「最近この患者さんは安定しているな」とか思っていても尺度が悪化サインを示していてハッとするなんてこともあり、たかが紙だがその威力はバカにできない。
こころという見づらいものを目に見える形で数値化して評価する。それが尺度という検査なのだ。
だが「検査に頼ると診断の能力が鈍る」みたいなことを言う人がいる。それは程度問題だろう。多くの検証を経て洗練されたテストを有効活用しないのは、CTを使わずにトントンと胸やお腹を叩くだけで内臓の様子を調べようとするのに等しい。現代の医者の聴診や打診の腕が落ちていることを問題視してもよいが、便利なものをあえて一切使わぬとしたらもっと問題である。
こころを治す「認知行動療法」は、最初から「尺度に基づいた治療」であることが組み込まれた治療法である。たとえばうつ病の認知行動療法なら、今どれくらいのうつであるのかを評価する尺度を使わなければ、それは認知行動療法とは呼べないであろう。
ところが認知行動療法を目の敵にする人たちには、この精度の高い検査を利用するということも気に障るようなのである。
「尺度を取りながら治療をしていくんだから、効果が出るのはあたりまえだろ」
などという悪口もあるようだ。(だが冷静に考えよう。これは認知行動療法への褒め言葉でしかないんじゃないか?)
そういう連中は相手にしなくていいのかもしれないが、それでも、おごった料理人を前にする山岡士郎の心意気で直面化しておこう。
「あんたらは見立ても腕もなっちゃいねえ」
と。
ただこの感じ、患者さんにはなかなかわかりづらいところなのだよなあ。本当に効く治療や治せる治療者を見分けるだけのリテラシーを持つのは、メンタルの領域では難しいのかもしれない。
…と思ったが、
体でも同じか。身体疾患は精神よりはずっと目に見えやすそうに思えるが、そうでもない。内臓は皮膚の下にあり、ときには画像検査や血液検査等でしか異常を示さぬ沈黙した臓器もある。血圧が高くても、そのこと自体では苦しくもなんともなく、なんだったら血圧が下がったときのほうが具合が悪くなる。
あるいは発疹をはじめ、はっきりと目に見えるような症状に苦しんでいても、悪化と改善を見事に反対に捉える患者さんも多い。そういう人ならば、悪くなるほうの治療や薬を平気で選んでしまう。
たしかに検査は大事だ。客観的な判断材料として、治療の目安として。
だが「人が病や回復というものをどう理解するか」ということはそれ以上に大事かもしれない。検査結果を通して健康状態を理解できるのは玄人である。それは一般人に期待することではない。
となると、「あなたは今これだけ悪いんですよ」「ここまで良くなりましたよ」と伝える親切なガイド役が必要である。これまでそれは、治療者に当然のように期待されていた。
だが雄弁な検査に信頼を置かぬ治療者もいたり、正しいことさえ言えば通じると思っている治療者もいたり、「尺度に基づいた治療」が検査代を稼ぐ手段になってる機関もあったりで、せっかくの検査も台無しである。ここは治療者という職人に任せるのではなく、宣伝担当が必要なのかもしれない。
ところで認知行動療法の成果は、なんと脳の形にまで及ぶことが確認されている。
「認知行動療法で脳が大きくなる」とまで言うと誇大広告だが、MRIで海馬が大きくなるのが確認されることなどは治療効果についての絶大な説得力のある話である。
話を単純化してアピールする。「脳の形がまったく変わらない治療とみるみる変わる治療、あなたならどっちを選ぶ?」そんなコマーシャルのような文句で健康に導けるのならば、それはそれでよいかもしれない。
また、認知行動療法というより行動療法では、査定した結果をよくグラフに描く。これもまた目で見てたいへんに説得力のあるものである。ひと目で「ああ、たしかに治療をした途端に改善傾向が見られますね」とわかる。
すべての治療において必要なのは、こういうことのなのかもしれない。会社のプレゼンなら当然のようにしていることだから、医療顧客への「プレゼン」でも義務化してもよいくらいだ。
とにかく、よく効く治療を、よく効かない治療をする人がじゃまをしている、という現状はお分かりいただけただろうか。
そんな現状において、弱い立場の患者さんたちをどう啓蒙をしていったらよいだろうか? 正しいことを伝えるというだけでない、「説得力をもって伝える」という良い方法、アイディアがあったらぜひ教えてもらいたいものである。
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