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福祉と援助の備忘録(17) 『「眠れない」を「治療」する』

不眠の治療には誤解が多い。その話をする。


まず不眠の治療の流れの中でなされることを、列挙していく。


症状把握

眠れないからといって、それだけで不眠症という訳ではない。

睡眠障害(睡眠ー覚醒障害)の治療のためには、まずどれくらい寝ていて、どれだけ起きているか、睡眠の質はどうかといったこと(睡眠ー覚醒リズム)を知り診断する必要がある。不眠症(不障害)と診断されるには、眠くて困るなど、昼間に困っていなくてはならない。これがなければ、薬を出すことも本来は許されない。


睡眠日誌

不眠を治すためには、患者の努力が必要である。

中でも、睡眠ー覚醒リズムの把握のための睡眠の記録(睡眠日誌)をつけることが極めて大事だ。記録ができれば、本当に寝ている時間、「睡眠時間」が分かる。さらに、「不眠を招く行動パターン」にも気づくかもしれない。

睡眠日誌により睡眠の治療に対して「主体的・積極的に関わろう」という意識づけがされる。この意義は大きい。逆に睡眠日誌をつけるのが難しい患者は、何か課題を抱えているかもしれない。たとえば治療をしたいのではなく、単に薬が欲しいのかもしれない。

日誌をつけてしっかり治療しようというモチベーションが高いにも関わらず記録を続けるのが難しい場合は、ADHDなどの発達の課題が潜んでいるかもしれない(発達障害の患者は睡眠の課題も抱えやすい)。そういう場合、記録を家族に手伝ってもらったり、ウェアラブルのデバイスを使って記録すること検討する場合もある。


睡眠衛生指導

睡眠のパターンが把握できたら、次は『睡眠衛生指導』である。これは重要だ。厚生労働省と日本睡眠学会の作成したガイドラインの治療アルゴリズムにも、睡眠衛生指導ははっきり盛り込まれている。

指導においては主に、好ましい「睡眠に良い習慣」、さけるべき「睡眠に悪い習慣」を説明する。

だが私がそれ以上に重視するのは、「そもそも不眠障害とは?」ということである。不眠障害の治療目的は、眠れるようにすることではない。昼の活動を増すことである。ここは誤解されやすいポイントではないだろうか?


細かいことを気にすれば、精神科領域では「衛生指導」のことをなぜか「心理教育」と呼ぶ。方言のようなものである。睡眠に関してはあまり心理教育と呼ばれない。それが良いわけでも悪いわけでもなんでもないのだが、そういうところから「他の疾患の治療をする専門家たちと少し離れたところに睡眠の専門家がいるのだろうな」と憶測する。


認知行動療法

今や精神科領域にとどまらずあらゆる疾患や行動の課題に対し用いられる認知行動療法であるが、不眠障害の人のためにも認知行動療法の適用はある。「え? 睡眠にも認知行動療法なんて関係あるの?」と意外に思う人もいるかもしれないが、認知という点では不眠障害の患者は睡眠に関連した恐怖を抱いていることが多い。行動という点で言えば、睡眠は立派な行動である。


ちなみにかつて私は経験的に

1、実際に入眠する時刻の平均をざっくり割り出す

2、その時刻まで寝室の外で、スマホや今時のテレビなどのブルーライトを浴びるような活動以外の、本を読んだりラジオを聞くといった活動をする

3、ベッドに入って30分以内に眠れるようになったら、入床時間を30分早める

という指導をしていた。


不眠障害の認知行動療法では、刺激制御療法睡眠制限法というのが特に効果があり、それらを合わせた「睡眠スケジュール法」というものが用いられるようになった。

睡眠スケジュール法でも、患者は眠くなるまでベッドには入らない。睡眠日誌などから睡眠時間の合計を割り出し、それが平均して合計5時間しかないなら5時間だけベッドにいるようにする。一週間経って、ベッドにいる時間のうち85%以上睡眠ができていたら(睡眠効率85%以上)床に入っている時間を15分ずつ伸ばしていく。

私の「吟遊法」では30分ずつ伸ばしていたから修正が少しだけ急すぎたのはあるが、睡眠スケジュール法とは概ねずれてはいなかったようである。


薬物療法(睡眠薬)

適切であれ不適切であれ、もっともなされているのが薬物療法だ。ベンゾジアゼピン系睡眠薬はよく使われるが、やめられなくなる、転びやすい、認知機能を下げるといった欠点が知られている。そこで非ベンゾジアゼピン系睡眠薬も複数開発され、高齢者や若者にも使いやすくなった。いずれの睡眠薬も適切に使えば、忌避するようなものではない。





さて、不眠治療で重要なものを述べてきたが、ここで改めて総論を。


不眠治療は困難である

不眠の治療法が患者があらかじめ抱いている治療イメージとは大きくずれていることが多く、実際なされる治療に不満を持つことが多い。

ただ、それ以前の問題として、適切な不眠障害の治療する施設はどれだけあるだろうか? 医療者も、ガイドラインに定められるような治療観を持っていないことが多いし、とりあえず薬を出せばラクだし、儲かるという理由からあえて無視することもあるかもしれない。

すでにたくさんの睡眠薬を長らく内服している患者の場合、薬を減らす・やめるといったことには強く抵抗する。だからといって薬頼みでは、睡眠薬の効果もなくなり、抜くと離脱症状や反動による不眠をもたらすようになり、さらには睡眠薬が原因の不眠をきたすようになるだろう。使い方を誤ると睡眠薬はかなり危険なドラッグである。


「眠れなければ薬を飲めばいい」

これはかなり厄介な思い込みである。睡眠衛生指導で「眠れない=薬を飲む」ではないということと、「薬は危険だ」ということの両方の極端な思い込みを修正できると良い。だが「正しいことを言えば解ってもらえる」というのは医療者の思い込みである。「指導」とは言うが、患者を誘導するのはそう容易ではない。かなりの工夫が必要である。


Ver 1.0 2022/7/14

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前回はこちら。


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