みんなと私の『動機づけ面接』ーークライエントとの同行二人指南(3) 『チェンジトークのアンテナ』
解答と解説 チェンジトークを識別する①
行動変容に向かうクライエントの言葉をチェンジトークと呼んだ。その逆が維持トークだ。では次の、治療を拒否し暴力を繰り返す患者さんのセリフはチェンジトークか?維持トークか?という問題だけ出して終わったのが前回であった。
答えを載せておこう。実は、どちらとも言い難いものがある。
これも細かく見ていくと、「クスリなんて必要ないんだよ」は維持トークというよりは不協和という別に考えたほうがよいものかもしれないとか色々考えられる。今は維持トークとチェンジトークの2つで考える。
例えば「副作用のない薬に変えろよ」というのだと、「副作用がなければ薬を飲む」という風に解釈すればチェンジトークともいえるし、「今出ている薬は飲まない」ということならば(しかもそれが良くないことなら)維持トークということになる。
もっと細かいことを言うと、「副作用のない薬」などといった「あり得ないもの」を期待するのは維持トークとする、という決まりもある。
ひとつのセリフを取っても、チェンジトークとも維持トークとも思われることがある。さらには、形の上では維持トークでもその背後にチェンジトークの意味を探れることもあるし、「変わります!」とは口ばかりの「疑わしいチェンジトーク」(dubious change talk)というものもある。
だがここでは単純に、クライエントのセリフはチェンジトークか維持トークに分けられるものとしたい。そういう明快なものについて考えていく。
あれ?これってどっちだっけ?と迷いやすいのは
「10年間入院はちょっとまずいかな…」
といった類のものである。
入院しつづけることに危機感を感じているのだから、「治療しないとまずい!」と考えているということである。変化しない不利益、というのは変化したほうが良い理由を述べているとも言えるので、チェンジトークだ。
この判断は重要だ。動機づけ面接の手始めは、チェンジトークを聞き分けられるようになることだからだ。明らかなチェンジトークについては、すぐに気づくようになることだ。
だがこの判定に自信が持てない学習者も多い。そこで、私なりのコツを伝授しよう。
ちょっとセリフを次のように書き換えてみた。
「10年入院、10年入院…いやもしかしたら100年入院?一生入院?いくらなんでもそれはまずいまずいヤバイヤバイギャアアアアそんなのいやだあああぁぁぁーーっっ!」
こう口にする患者さんって、どうだろう?その後「先生、治療しますぅぅー」って言いそうではないだろうか?つまりチェンジトークだと判るのである。
このようにチェンジトークか維持トークか迷うときは、クライエントのセリフを極端にしてみるのだ。何度もなんどもそのセリフを繰り返させ、程度も強く変える。すると、判定が容易になる。
この、相手のセリフを頭の中で増幅する、という方法は、相手の感情に敏感になるやり方でもあるので試していただければと思う。(やがて増幅しなくてもそのセリフのままで感情に敏感に気づけるようになるだろう)
チェンジトークが多ければ行動変容するなんて大間違い
このタイトルは、動機づけ面接にある程度詳しいけれど誤解している人を意識してのものだ。ここ、落とし穴なので注意である。
不倫をして見つかった夫が、妻に責め立てられている。その会話を考えてみよう。
「あなた、二度と不倫はしないでしょうね」
「えーっと、不倫を、やめることはできます」
この夫、あまり不倫をやめなさそうだ。
発言はチェンジトークではある。「やめることはできません」というよりははるかにましだ。
だがこの誰が聞いてもやめなさそうな感じはどこから来るのだろう?
実はチェンジトークには種類があり、そのそれぞれに「強さ」がある。
この際、願望のチェンジトークだの、理由のチェンジトークだのといったチェンジトークの「種類」については、深く考えないことにしよう。これらを覚えて正しく分類できるようになったところで、面接の役に立つわけではない。
だが、強さというものはある。こちらは極めて重要だ。この「強さ」というのは、すんなり理解できるのではないだろうか。
先の不倫夫のセリフは、強さという観点から考えると、チェンジトークとしては「弱」かったのだ。
言葉だけでない。語調や表情、熱の入りよう、そういったものからチェンジトークの強さを、カウンセラーは五感を使って感じ取る(これを言うと嘘だろとバカにされるが、私は匂いからもそれを判定する)。
上の表には、「数より強度」とタイトルをつけたように、実はチェンジトークの数は重要ではない。
よくある誤解なのだが、クライエントのチェンジトークが多いと行動変容する、というのは嘘である。
では行動変容するのはどういう場合だろう?次の2つの例で考えてみよう。10ヶ月間の薬物離脱指導に参加した2人の受刑者の発言のビフォー・アフターである。どちらがより、覚醒剤をやめそうだろう?
A. 初回の発言 「覚醒剤はやめます」
→ 最終回の発言「覚醒剤はやめます」
B. 初回の発言 「覚醒剤なんて、やめなくてもいいよ。べつに」
→ 最終回の発言「先生、俺分かったよ。覚醒剤、ちょっとやめてみようかと思う」
直感的に判るだろう。最初「やめない」という維持トークを言っていたBのほうが明らかにプログラムの効果が出ているし、Aさんよりもずっと確実に覚醒剤をやめそうだ。
強さが重要だ。それも、単に強い、ということではなく、後半で決意の強さが強まっている面接がうまくいく面接なのだ。
積分よりも微分係数の方が大事、と言えば判りやすいだろうか。え?判りにくい?私は判り良いんだけれどなあ。
このへんのことは、動機づけ面接の勉強会等であまり語られないことだが、実はかなり重要なことなので強調しておきたい。
逆に、チェンジトークがどれだけたくさんあって、ある程度の強さがあったとしても、後半で失速するような面接は動機づけに失敗する。
(例. 最後の最後に「でもやっぱりねえ……」と言われてしまうような面接)
動機づけ面接のカウンセラーに最も重要な視点
とにかくこれまでの説明から、動機づけの流れを大きく決めるポイントはチェンジトークであることが判ったと思う。
【DISCUSSION】
チェンジトークというものがどういうものであるか、またその強さがどうやら大事だ、ということは分かった。だがチェンジトークとはクライエントの言葉である。聞いているカウンセラーはなにをすればよいのだろう?先を読む前に、話し合って考えてみては?
この章のタイトルで「最も重要な視点」と書いた。最初の最初に、このもっとも重要なことを伝えたい。動機づけ面接にはいくつかの原理があるが、その中でも、もっとも基本的なことだ。
ここに、他の原則も合わせて載せておこう。動機づけ面接の原則(「枠組み」と言ったほうがいいかもしれない)のごろ合わせで、RULEというのがある。
R: Resist the righting reflex 間違い指摘反射に抵抗する
U:Understand your client's motivation クライエントの動機を理解する
L:Listen to your client クライエントの話に耳を傾ける
E:Empower your client クライエントを力づける
この中で動機づけ面接の中核はU、動機を理解する、であろう。これがなければ、他の原則にいくら基づいていてもいっこうに動機づけられない、あるいは他の原則が使えさえしないない。
"動機を理解する"ためには、まず「チェンジトーク」に気づけるようになる必要がある。
あえて「気づく」という最初の最初の小さなステップを切り分けて取り出した。"カウンセラーが気づく"というだけでは、相手に何をしたことにもならない。「もうどれがチェンジトークかは判るようになったから、それをどうしたらいいのかそろそろ教えてくれ!」と思われる方もあるかもしれない。
だが、動機づけ面接を身につけたいなら、ここを徹底したほうが実は早い。おそらくだが、「気づくセンス」を磨くだけで、動機づける力は高まってしまうと思われる。テクニックなど用いなくてもだ。
チェンジトークに気づくには、知識よりも感性のほうが求められる。「あ、クライエントは今チェンジトークを話した!」と気づけるだけでも前進だが、そこからさらに「チェンジトークの強さ」にまで気づけることが大事になってくる。
私たちは「動機づけ」というものを心の中にあるものだと思っているが、面接ではそれを、外に現れるもの、言語行動から測っている。
だからそれは、心の動きの反映だと解釈してもいい。カウンセラーはクライエントに注目し、「どうしようかな」「行動変容しようかな」「よしやろう」という心の揺れ動きを感じるのだ。
我々は、関与せずに観察することはおそらくできない。「チェンジトーク」という概念を知り、特にそれに注目し、クライエントが行動変容に向かうのを敏感に察しようとする態度は、きっとクライエントに影響する。
解決志向アプローチという技法で言われる言葉に「問題を探せば問題が見つかる」というものがある。医療面接はそのようになりがちである。
逆に、変化を探せば、変化が見つかる。変化を見つけているカウンセラーは、クライエントの変化を好ましく思い、それで表情なりうなずく声なりが温かくなり、好ましい反応が出てくるはずだ。だからカウンセラーの態度だけでクライエントは変わるのだ。
だからとにかくクライエントに、わずかな変化の兆しをも探し、それを追おうとすることだ。
チェンジトークを扱う
さて、チェンジトークに気づくのが大事だとは判ったとして、さらにチェンジトークを積極的に強める方法もあるのであれば、ぜひそれはやりたいところだろう。少なくともチェンジトークが強まるのを邪魔するようなことは、クライエントの行動変容を妨げるのでやめたほうがいい。
では、強める方法だ。よし、強めよう、チェンジトーク。
…だが、チェンジトークが出てきたときにどんなふうに対応する、という技法についてはまだ述べない。
前回登場した津辺ゆうさんの例を考えたい。デンタルフロスが必要な患者さんである。実は歯周病であった。
「まずいとは思うけど、デンタルフロスをするのは面倒だなあ…」
読者の皆さんはもうチェンジトークというものに慣れてきただろう。これは、チェンジトークと維持トークが一文に含まれたセリフである。
「まずいとは思う」
これが、チェンジトークである
「デンタルフロスをするのはめんどうだなあ…」
これは維持トークである。
まず気づくことが大事であるから、
「まずいとは思う・・・」
と聞いたときに、「あ、チェンジトークだ!」とカウンセラーは察知し、微笑ましく思えばよい。
次はなにができるか。どう返せばいいか?
例をいくつか挙げてみた。次のどれがいいだろう。
「どうしたら続くでしょう?」
「まずいと思っている⤵︎(語尾を下げている)」
「フロスをしないと歯が抜けてもてなくなっちゃうなあと⤵︎」
実は、どれでもいい。
もう少し見ていこう。実は津辺さん、歯茎のためにタバコをやめる必要もある。
それに対して、次のいずれのカウンセラーの反応も優れている。
お判りだろうか。
津辺さんのセリフで、チェンジトークと呼べるのは「でも歯周病がひどすぎて、喫煙中も「いま歯茎の血管やられてんのかな」と考えるようになりましたね」という部分だ。
カウンセラーのセリフがそれぞれどういう対応であるかの説明は置いておいて、どのセリフも、チェンジトークだけに反応している。
ということでやっと、カウンセラーがするとよい対応法について述べる。
どうあれ、チェンジトークに反応すればいい。
(逆に、維持トークはスルーする)
チェンジトークに反応すればいいと言われたところで、反応の仕方は無数にある。ご自由にどうぞと放置されても、面食らってしまうかもしれない。
だが、なんか今は敢えて伝えないほうが良いと思う。技術を覚えるよりはまずチェンジトークへの感性を磨いてほしいし、それに対する反応を試行錯誤して手応えを確かめることは初めのうちしかできないかもしれないからだ。
宿題 チェンジトークに反応する
とりあえずチェンジトークを知ったので、明日の自分のクライエントの言葉に注意してみよう。チェンジトークに敏感に気づくのだ。余力があるならそれに反応するのも良いだろうが、まずは気づこう。何かが変わる。
(これを読んでやってみて、何かが変わったという人がいたらコメント欄で教えていただきたい。質問もお待ちしています。直接は答えずにいじるかもしれませんけれど)
2021/1/21 Ver.1.0
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