みんなと私の『動機づけ面接』ーークライエントとの同行二人指南(4) 『動機づけを邪魔しない』
前回の復習
行動変容に向かう言葉、チェンジトークへの感性を磨くことが重要だと述べた。その上でチェンジトークに反応するためだが、まずは気づくことだと(維持トークにも気づいて良いが、そちらはとりあえずスルーとする)。ぜひ自分のクライエントのチェンジトークに気づいてみよう、ということで終わったのが前回であった。
いかがであっただろう?面接がどんな風に見えるようになっただろうか?
「チェンジトークって、あるもんだな」と思えるようになればそれはすばらしいことだ。クライエントのチェンジトークは、わずかながらでもどこかに見いだせるものである。セラピストの目指すことは、嵐の中で灯台の火を見つけることだ。
相手を信じていると良い結果が得られるということは、ピグマリオン効果として知られている。ピグマリオン効果には多くの反論も集まったが、その後の多くの再試に耐えた。臨床でも、同様の効果は確実にある。カウンセラーがクライエントを信じることが良い結果をもたらすというのは、想像に難くないであろう。
例えば「クライエントは健康になりたいと思っている」ということを信じれば、健康に対する心配をクライエントの言葉や態度から見つけ出すようになる。「薬は飲まない」ということを言われても、そこに健康から遠ざかることへの無念さや悲しさ、恐怖といったものを見いだせるようになるだろう。
そこからさらに、「副作用がなければ薬を飲んでも構わないけれど、やっぱなあ」などといった、譲歩つきのチェンジトークが潜んでいると気づけるようになる。
チェンジトークを引き出す
やや技術寄りの話にはなる。
面接のほとんどあらゆるタイミングが、クライエントから更なる維持トークを引き出す危機でもあり、チェンジトークを引き出せるチャンスもある。
ここでは単純に、クライエントのセリフは現時点から、変化に向かうほうか維持に向かうほうかのどちらかに向かうものとする。
変化から遠ざかるよりは向かったほうがよい。すなわち、維持トークはわざわざ引き出さないほうがいい。
これはとても重要なことだ。当たり前すぎることなのだが、肝に命じておくと良いだろう。なんら良いことがないのに、維持トークを聞き出す人が多いからだ。どうやら人は、問題のほうを、悪くなる場合その理由を問いただしたくなってしまうようだ。
「運動しないんですか?」
「どうしてしないんですか?」
「やる気ないんですか?」
「運動しないで痩せようなんて、ちょっと舐めてませんか?」
「っていうか死んだほうがいいんじゃないですか?」
悪い行い(あるいはしなかったこと)について「どうしてやった(やらなかった)?」と聞くのは、臨床ではもっとも有害な対応だ。上記の他の質問も、維持トークを引き出すだけで何ら意味がない。むしろ有害である。こういうのを不適切な質問という。
ここを逆転しよう。
こんなのはどうかという例だが…
「今後10年間今のまま運動しないとすると、どうなると思いますか?」
こう言われた患者さんって、どうだろう?
「いや、それは…まずいな」とおびえるのではないだろうか?おや、チェンジトークが出てきた。
チェンジトークが出るか維持トークが出るかは、カウンセラーの質問如何で決まるのだ。
動機づけ面接では、イエス・ノーで答えられない、さらにはカテゴリーが限定されない、開かれた質問がよしとされる。
ソクラテスの質問という言葉もある。ただ開かれているだけでなく、適度に制約された「質問」である。
これを使ってチェンジトークを聞き出す、引き出す質問をするのだ。
ソクラテスの質問をするにも、うまくやらないと失敗する。「薬を飲みます」と答えてほしいとき、「薬を飲みませんか?」という閉じた質問をするのは論外だ。じゃあ開かれた質問ならよろしかろうと「何を飲みたいですか?」なんて聞いたりしたら、「酒だよ」とでも答えられるのがオチである。
コツがある。私の秘伝を述べる。名付けて『ソクラテスの質問作成法』だ。
1. チェンジトークからより広いカテゴリーを問う開かれた質問を考える方法
1) 他のチェンジトークも考える(非現実的でも良い)
2) 答えの共通点(カテゴリー)を考え、そこを問う開かれた質問を作る
(例.クライエントから「薬を飲みます…」という答えを導くには?(*1)
他のチェンジトークを考える。
「認知行動療法をします」「電気けいれん療法をうけます」…
共通点は「治療」である
→ 「どんな治療をしたいですか?」)
2. 『奇跡の譲歩』を考える方法
1)「〇〇だからしない」という維持トークを考える(実際に言いそうな)
2) もっと維持トークが出そうな条件を考える
3) それと逆の条件を、非現実的に(奇跡が起きたらというレベルで)考える
4) 条件の強さを調整(現実的にする・あえて強める(*2)、等)し、質問する
(例.「効かないから、薬は飲まない…」という維持トークから
【条件を強める】 「悪化するから…」
【奇跡を考えて逆転し譲歩する】 「完治するなら…」
【調整】 「効果が実感できるならどうしますか?」 )
(*1)「薬を飲みます」という言葉を質問で引き出すのはやや強引である。
(*2)わざと増幅する技術があるが、そういう技巧が良いと思われたくない。そういう話しかたとて、本心の自然な言葉として口にするものである。
この、ソクラテスの質問を作る方法は、頭の中で考えてやるのだが、紙に書いてじっくり練習しても良いので、試していただければと思う。(やがて慣れればいきなり質問が思いつくようになるだろう)
どう言うかが大事ではない
動機づけ面接を勉強するときにやりがちなのが、質問の内容といった言葉の技術に走りすぎてしまうことだ。ここ、落とし穴なので注意である。
【DISCUSSION】
不倫をして見つかった夫が、妻としている会話である。チェンジトークが出ているが、妻の発言はどうだろう?話し合って考えてみよう。
「よっしゃあ。あんな女と付き合っていてもしゃあねえな」
「家庭を省みずにいると、どんなまずいことになると思う?」(*3)
(*3)夫が不倫をやめることは妻の利益でもあり、この場合動機づけ面接のカウンセラーを妻がするのは適切とは言い難い
この夫婦の会話がなんとなく会話が噛み合っていない感じがする。動機づけの点でもうまくいかなそうなのだが、どうしてだろうか?
質問には要となる質問というのがあり、ここではそれが必要なのに欠いているのである。
変わる準備が整ったときには、行動に関する言葉が重要だ。まさに変わる決意をしようとしているとき、詰めが必要になる。
この不倫夫の言葉から察せられるのは、まさにたった今、不倫をやめるのを決意しそうである、ということだ。チャンスなのだ。チェンジトークの「強さ」が勢いをつけたのだ。
カウンセラーはこの、今まさに変わらんとするタイミングを、五感を使って感じ取るのだ。
この瞬間においては、価値を探るだのそれを複雑な聞き返しでするだのといった動機づけ面接の技術を実行することはもはや重要ではない。
私もそうであったが、「価値を探れ、価値を探れ」と言われて訓練されたので、価値の深掘りをしないとよい面接ではないとつい思い込んでしまうのであるが、「面接では価値を深く掘り下げなければならない」などといった定式化をすることは大きな謝りである。
変わる準備が整ったときには、さっさと短く行動を聞く、要となる質問をしないと、変わる機会を逃してしまうのだ。
「よっしゃあ。あんな女と付き合っていてもしゃあねえな」
「じゃあ、なにをするつもり?」
今なら相手方に話をするとか、相手の連絡先を携帯電話から消すといった話になるだろう。期待ができそうだ。
準備が整うことが重要だ。それも、一度整えば安泰ということではなく、そのタイミングをつかんだカウンセラーが面接をうまく運べるのだ。
釣りで竿を引くタイミングのようなものと言えば判りいいだろうか?(私は釣りをしないので想像だが)これはカウンセラーが話す内容よりも重要なことなので強調しておきたい。
タイミングを逸すると、チェンジトークの強さがある程度まで上がったとしても、その後失速することになり、動機づけに失敗する。詰めが甘い面接ということになる。逆に早くても準備不足だ。
どう言うかではない。いつ言うかだ。
2021/1/27 Ver.1.0
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