【エッセイ】 天空で過ごした最高の日曜日
――豊かであるとは、どういうことだろうか。
お金が潤沢にあること。これは素敵だ。
質のいいモノに囲まれて、綺麗な服を着て、立派な家に住む。これもまあ、素敵と言えばなかなか素敵なことではある。
けれど私にとって〝豊か〟であるということは、ちょっと違うかもしれない。
例えば、何の時間的制約も受けず、誰に気兼ねもせず機嫌よく微笑んでいられること。鳥になって羽ばたいているような、自由な心だ。私にとって、これはもう贅沢だ。豊かであるということを通り越して、ひと息にピークまで達する最高の状態だ。その状態でいられるのであれば、何を持っているかとか、どんな服を着ているかとか、どんなところに住んでいるかとかは、大した問題ではなくなる。
私にとって豊かな時間というのは、のびのびと深呼吸が出来て、自由にものが考えられて、感覚のおもむくままに目の前にあるものを感じることが出来る時間のことだ。実際、普段の生活ではなかなかそういう状態に自分を持っていくことは出来ないので、そんな時間を持てる時にこそじんわりと豊かさを感じる。
最近、そんな最高の時間を堪能してきたので、その気持ちを忘れない内にここに記しておこうと思う。
3月の日曜日。かなり久しぶりに遠出をした。前回、市をまたいで出かける移動をしたのは、いつのことだっただろう? このところ寒かったり何かにつけバタバタと気持ちが落ち着かなくて何故か出かけようという気になれなかった。……思い返してみれば、最後に個人的な楽しみの為に遠出したのは1月の22日。2月はどこにも出かけなかったということになるから、「お外出たい」欲求はかなり溜まりまくっていたと思う。
「戸外の空気が吸いたい」という言葉が自然と口から洩れ、姉を誘っていざ長距離ドライブへ。
2時間ほど車を走らせたところに、もはや私の〝行きつけ〟と言ってもいいのではないかという場所になっている天空のアレがある。そう、過去2回ソロキャンでお世話になったあの天空のキャンプ場である。
そこはキャンプのみにとどまらず、連山の一大パノラマを見晴らせる絶景カフェを併設し、さらに天然温泉の貸し切り風呂まである。休日心身をリラックスさせる為に出かけるならば、間違い無いイチオシのスポットなのだ。
と、いうわけで「ご案内します」と姉を助手席に乗せ、途中道に迷うこともなく(〝行きつけ〟ですからね…)無事に目的地まで着いた。
午前11時頃、到着。お目当てはランチだったので、さっそくカフェの方にイン。店内に入ると、いきなり目の前に山々の峰が見渡せる絶景が広がっていた。
テラス席もあるので外に座りたいところだったが、当日の最高気温は11℃。他にもお客さんはいたが、誰もテラス席を使っている人はいなかったのでなるほどと思う。店員さんにうながされて外に出てみたら、やはり空気が冷た過ぎてムリだとわかった。その日は風が吹いてなくて、方々に広がる杉林から花粉が飛んでくることは無さそうだったのに、残念だった。
戸外の空気を楽しみながらの食事は、いつになるかわからないけれど次回に延期となった。でもカフェは、室内席からも十分外の景色を楽しめる。
その日のメインメニューはハンバーグプレートとカレー。
迷わず二人ともハンバーグプレートを選んだ。
運ばれてきたプレートを、早速いただく。アラフィフはもちろん野菜の方から食べ始める。野菜→肉の順番に食べると脂肪の吸収が抑えられると聞き知っているからだ。
すると、何か食べ慣れない味のするものが舌に当たった。強い香りと、少しの苦み。何だこれ、美味しい……。
しばらくの間はそれが何なのかわからなかった。長さ2cm、幅2mmぐらいに切ってある、春の若草を思わせる濃い緑色の野菜……。
ハンバーグは純粋牛肉の旨味凝縮系で、文句無く美味しかった。付け合わせの温泉卵は殻付きのまま出てきて、自分達で割って載せるタイプ。滑り落ちてしまわないようにご飯の上にスプーンでそそっと押して卵ポケットを作り、卵を割る。生卵と違ってつるり、ぬるりという感じでしなやかにポケットに収まった。温泉卵ってこんな風に出てくるんだな…と初めての経験に微笑みがこぼれる。
そして又、例の緑の野菜を口に入れる。どこかで味わった経験があるような気はするのだけれど、何だったかなかなか思い出せない。
……でも、下の方から出てきたその野菜の頭部と思われる独特の形をしたパーツに行きついて、ハッと思った。
菜の花だ!
思いもかけず、春の味覚が入っていたことに、脳内が一気にヨロコビでいっぱいになった。こんなにさりげなく季節感入れておいてくれるなんて、カフェのシェフさん、素敵やないかーい! と。
ハンバーグプレートの後は、もちろんデザートタイム。カフェのイチオシらしき、「岩」と呼ばれるボリューム満点の一品をチョイス。何でもシュガーデニッシュという代物らしい。興味津々。
でもこの「岩」にはサイズがあって、他のテーブルのお客さんが注文していた普通サイズの「岩」はデカ過ぎてやばそうだったので「岩1/2」を注文した。
その時私に不埒なアイデアが芽生えた。メニューの写真を眺めていたら、バスクチーズケーキの写真がどうにも自分を流し目で誘っているようにしか見えなくなってしまったのだ。しかも「和菓子職人がのオーナーシェフオリジナルの、甘さ控えめであっさりした味わい」などと書いてある。たまらず追加で注文してしまっていた。
「岩」1/2は予想を遥かに上回る美味しさだった。カフェのお客さんの多くが注文するのも大きく頷ける。サクサクの味わい深いデニッシュには砂糖がまぶされているのか、シャクシャクとした繊細な歯ざわりが印象的だった。そして上に載ったサービス過多と言ってしまいそうな(笑)生クリームは甘過ぎず実際ちょうどいいバランス。その上の細かなクランチは何かのナッツなのか?、とてもいいアクセントになっていた。
美味しさを増し増しにする為に、追加でコーヒーを注文。いらないかと思って頼まなかったが、やはりデザートを楽しむ為にはコーヒーのお供は必要だった。
バスクチーズケーキは、なるほど甘さ控えめであっさりしていた。……ものの、味はしっかり濃厚で、ハンバーグ後のお腹にはズシリと来る感じだった。
でも私には1mmも後悔は無かった。何と言ったって、美味しかったのだ。男(?)らしく腹を決めて、最後のひと口まで綺麗に食べ切ってやったぜい。
――お腹を満たしていい気分になった後、更にいい気分になれるところへ移動する。
そう。後半のお楽しみ、温泉だ。
この天空では、ぬるめの非常に泉質の良い天然温泉に浸かることが出来る。
湯温はおそらく40℃くらい……(体感です)。
のぼせやすい体質の姉も、問題なく長風呂を楽しんでいたので良かった。
貸切風呂の時間は1時間だが、結構時間に余裕があって、ゆっくりと浸かっていられる。
ちなみに延長も可能だとか。
外に出ると、やはり寒かったのだが、内湯で充分に温まった体から湯気が立ち上り、むしろ心地いい。すかさず露天風呂に入る。
仕切り板があるのにもかかわらず、突き抜けるような解放感。吹き抜ける天空の清冽な風を浴びていると、嫌なことも全部吹っ飛んでしまいそうだ。
遠くに連なる山々を眺めながら、しばしボーッとする。
ああ何て贅沢なんだろう。これが毎日出来たらいいのに。ここから一生出たくない……などと、結構本気で思う。
受付小屋の裏にあるウッドデッキに、2人分の椅子がしつらえられていた。
ここに座って、のんびりとこの素晴らしい眺めを堪能出来る!
気が利いてるな~と思った。
今回は日帰りで帰らなければならなかったので、後ろ髪を引かれつつ、車に乗り込んだ。
……そして、くそー、絶対又すぐソロキャンで戻ってきてやるんだー!
と心に誓った。
ここ数日寒の戻りで寒い日が続いているけれど、ここを越えれば徐々に春らしく温かくなっていくそうなので、その日の為にまた粛々とエネルギーを溜めておこうと思う。
……でも良く考えてみたら、この日はカフェで姉と美味しいもの食べれたし、独りでは予算的にちょっと敷居の高い貸切温泉にも入れたし、雄大な連山も眺めることが出来たし、良かったなあ……。
こういう休日をもっと楽しみたいと思った。
私にとっての〝豊かさ〟が凝縮されたような一日だった。