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映画『アンダーカレント』感想 得体のしれない穏やかで平穏な日常

 ミステリでありつつ、今泉監督らしい日常の空気が描かれていました。映画『アンダーカレント』感想です。

 家業の銭湯「月乃湯」の営業を再開した関口かなえ(真木よう子)。彼女は、夫の悟(永山瑛太)と二人三脚で銭湯を経営していたが、悟が突然失踪してから休業していた。営業を再開してほどなく、銭湯組合の紹介で、堀隆之(井浦新)が働くことになる。ボイラー技士などの免許を持つ堀の働きは、月乃湯に大きな助けとなった。自身の事を何も語らない堀を、かなえは不審に思うも、どこか安らぎを感じていた。
 大学の同級生である菅野よう子(江口のりこ)と再会したかなえは、彼女の紹介で山崎道夫(リリー・フランキー)という探偵を雇い、悟の行方を調査し始める。かなえは、夫の知られざる事実と共に、かなえ自身の秘めた記憶が浮かびあがっていく…という物語。

 豊田徹也さんの同名漫画作品を原作として、『街の上で』『窓辺にて』など、傑作を連発している今泉力哉監督が実写映画化した作品。原作は未読のまま、真っ新な状態で鑑賞してまいりました。
 
 一応、サスペンス、ミステリー的な物語設定にはなっているので、今泉力哉監督作品の中では、異色な雰囲気を持つ作品に思えます。けれども、基本的には劇的な出来事が起こるわけではなく(あるいは起こっているけれども淡々としているので)、あくまで日常の延長を描く作品になっています。そういう部分で、今泉監督作品が持つ、日常の視点を活かすという狙いがあるように思えました。
 
 不穏な空気感によって物語の方向性に引き付けられていく感じはもちろんありますが、それだけでなく日常の空気感みたいなものの魅力が確かにあるものになっています。かなえと堀の距離感ある会話シーンでも、今泉監督独特の、ずっとこの空気にふれていたいと思わせる映像に仕上がっています。
 けれども、原作漫画の台詞を尊重しているせいなのか、会話の台詞そのものは、今までの監督作品と比較して、ちょっと類型的過ぎるようにも感じられました。いかにもこのシチュエーション、前後の内容から類推出来てしまうような言葉が多く、キャラクターたちが発する本当の言葉という印象が薄れているようにも感じられてしまいました。
 
 描かれているテーマ的なものは、探偵の山崎とかなえの前半での会話だと思いますが、この「近しい人のことでもわかるとは限らない」「自分のこともわかっているとは限らない」というのも、言葉にし過ぎている感じを受けました。「失踪」というシチュエーションを大きく打ち出している時点で、そういうことだと理解できる物語になっているので、この辺りは、婉曲的な表現にした方が良かったように思えます。
 
 とはいえ、伏線的な謎を散りばめながら、あくまで日常の空気をメインとした作品というのも、独特の空気になっているものですね。今泉監督の会話シーンや食事シーンの画作りも活かされていて、退屈とは違う弛緩した空気感が心地好いものになっています。
 それでいて、その謎を徐々に明かしていく作劇が、程よい緊張感になっており、最後まで集中が途切れずに観ることが出来ます。
 
 特に、その弛緩と緊張がない交ぜになった、終盤のかなえと悟の会話シーンはこの作品を象徴するクライマックスになっています。シチュエーションからしたら、ものすごい修羅場のはずなんですけど、ここで交わされる言葉には嘘が感じられず、初めて本当の夫婦の会話になっているんですよね。修羅場なのに、ずっと聞いていたい会話劇になっています。
 それでいて、永山瑛太さんのナチュラルなサイコパス演技(めっちゃ巧い!)によって、それすらも嘘かもしれないと思わせる危うさもどこかに感じさせる場面になっています。
 悟とどこか似ているようで、対称的にも思える堀という男性を演じる井浦新さんの演技も素晴らしいものでした。内省的で感情が見えないのに、内にあるものを感じさせる繊細な演じ方は流石のものです。
 
 ラストでほとんどの伏線が明かされるのは、漫画作品の物語ならではのものにも思えます。同じく「失踪」を扱った名作で、田中裕子さんの名演が光る『千夜、一夜』という作品がありますが、あちらが全てを明かさずに主人公の心情だけを明かすことでクライマックスにしていたのと、対称的なものに感じられました。

 どちらが良い悪いということではなく、漫画的作品と映画的作品の違いというものが浮き彫りになっているようで興味深いものでした。ただ、ちょっと原作のラストを調べたところ、原作の方が映画的な含み有るラストになっているようですね。あえてその後を、映画で付け加えて、漫画的な印象になっているというのも面白い結果だと思います。


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