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映画『マリグナント 狂暴な悪夢』感想 元気がもらえる、カンフル剤ホラー

 おちこんだりもしたけれど、(たくさん人が滅多刺しにされるシーン観たから)わたしはげんきです。映画『マリグナント 狂暴な悪夢』感想です。

 妊娠中のマディソン(アナベル・ウォーリス)は、幸せな状態とはとても言えず、夫のデレク(ジェイク・アベル)のDV行為により不安な日々を送っている。ある日、デレクと口論になり、突き飛ばされたマディソンは後頭部を壁に打ち付けて出血してしまう。その深夜、家に侵入してきた何者かの手によって、デレクは無惨に殺され、マディソンもその何者かに襲われて気絶し、流産してしまう。
 悲しみに暮れるマディソンを、妹のシドニー(マディー・ハッソン)が献身的に支え、何とか退院できるまでに回復するが、自宅でマディソンは目の前で人が殺される幻覚を見る。翌朝、目覚めたマディソンは、殺人事件として報道される犠牲者が、自身が見た悪夢の通りに殺されていたことに恐怖を覚える…という物語。

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 言わずと知れたヒットシリーズ『SAW』の生みの親であるジェームズ・ワン監督による最新作ホラー。『死霊館』シリーズなどのホラーだけでなく、『ワイルド・スピード SKY MISSION』『アクアマン』なども手掛けて、活躍の幅を広げているようですが、今作はド直球のホラー作品で、原点回帰ということらしいです。
 『SAW』は1作目を観たのみで、あまりハマらなかったため、ジェームズ・ワン作品を追いかけることはしてこなかったんですけど、R18指定という過激な謳い文句、それでいて、公開されるや否や絶賛の書き込みが目に付いて、観てまいりました。

 ホラーのジャンルとしては、イタリアのジャッロ映画と呼ばれるものに近いものだと思います。メインビジュアルのアートワークなんかは、いかにもダリオ・アルジェントの『サスペリア』とかを想起させます。
 ただ、作品空気は、そこまでのおどろおどろしさ、不気味さはないんですよね。不思議とやたらポップに感じる部分が多い作品になっています。

 まず、オープニングで描かれる発端の事件から、流血ドバドバで容赦がないんですけど、恐怖よりは画面から溢れるテンションの高さの方が強く感じられます。タイトルバックの劇伴が、ホラー映画ぽくない、インダストリアルミュージックなのも、その空気を作っていますね。惨劇の始まりというよりは、激しいライブのオープニングのようでした。

 その後の、主人公マディソンを描くパートからは、かなり教科書通りのホラー空間を演出しています。後ろに何かが居るという恐怖、いつ何処から現れるのかという驚きは、苦手な人は死ぬほどイヤだろうけど、お好きな人にはいくらお約束のマンネリであっても、新鮮に楽しめる演出ですよね。
 ただ、お約束ではあるんですけど、カメラワークがいちいち凝っていて、スタイリッシュなんですよね。マディソンが階段を昇って来るのを、上からのショットで撮影するのとか、建築的にカッコイイ撮り方してくれますね。この辺りも、『サスペリア』の建築フェチな映像美の影響を感じさせます。

 けれども、よく考えてみると、この作品舞台は現代で、アメリカのシアトル州なんですよね。それに気づいた辺りから、マディソンが住む一軒家が、レトロで格調高いお屋敷風なのもおかしいし、事件を追うケコア・ショウ刑事(ジョージ・ヤング)が勤務する警察署のオフィスもやたらと天井が高い名建築というのが気になって、作中の恐怖感が、段々ツッコミを入れたくなる空気に変化します。
 極めつけは、事件の発端となった廃病院に妹のシドニーが辿り着くシーンですね。秘密の医療研究をしている病院が、海辺の崖に建てられたデカい洋風建築なのも「何でやねん」の極みのような映像だし、シドニーがその断崖絶壁スレスレのところに車を停めるのも、心の中で爆笑してしまいました。でも、確かにこの場面、一枚絵の美術としては完璧なんですよね。
 これは批判でも何でもなくて、むしろ作品の魅力はここにあると思うんですよ。整合性なく自分の撮りたい画を優先していて、それらをシャープでスピード感ある脚本で繋いでいるのが、ジェームズ・ワン監督の手腕だと思います。

 「この事件の犯人は何者か?」という真相は、さほどオリジナリティがあるものではありませんが、段々と真実に近づくサスペンス感や事実の明かし方は、しっかりとエンタメとして面白いので、チープになり過ぎず絶妙だと思います。
 何よりも見せ方の巧さは随一ですよね。きちんと正体が現れる映像には恐怖よりも、「いよっ、待ってました!」と掛け声をしたくなるほどテンションが上がりました。

 終盤での大量虐殺シーンも、もはやこちらの倫理観は吹っ飛んでいて、爆音のロック・ミュージックに興奮するオーディエンスのような気持ちでした。
 留置所の女性チンピラたち(本作唯一の「殺されても構わない要員」)も、袖の破れたGジャンを着た女性(ブルース・スプリングスティーンのファン?)や、60年代ソウルシンガーのような出で立ちのアフロ黒人女性など、「そんなファッション性豊かな留置所ある?」とワクワクさせてくれます。
 そこからの大立ち回りなんかは、もう完璧な「殺陣」ですよね。この時点で、もうホラーではなくアクション映画としての面白さの質が上回って、尋常じゃない流血シーンに、ボルテージはMAXになります。

 結末が、特撮作品みたいにチープなのも、また絶妙ですよね。野暮なテロップを出すことなく「この作品はフィクションです」と伝えてくれているようでもあります。それでいて、ちゃんとラストで家族愛を描いているのも、チープだとは思いつつ、悔しいけどジーンとしてしまいました。

 先述したように劇伴が印象的だったんですけど、メインテーマのような曲が「ピクシーズっぽいメロディだな」と感じていたんですよね。そしたら、エンドロールの楽曲クレジットにはしっかりと、ピクシーズの「Where is my mind」が入っていて、そのタイトルに思わず膝を打ちました。しっかりとストーリーにも絡んでいる選曲だったんですよね。こういう観客側のリテラシーを信用して遊びを入れてくれるのも、流石です。

 R18指定とはいえ、夜寝られなくなるとか、「決して1人では観ないでください」みたいな、おどろおどろしい雰囲気は全くなくて、観終わった帰りには、スキップ出来るくらい足取りが軽くなり、なぜだかめちゃくちゃ元気をもらえたんですよね。
 こんだけ人が殺される映画観て、何を言ってんだって感じですが、やはりフィクションとしての暴力性は必要だと思います。人間には誰しも恐ろしい加害性を秘めていて、その欲望を実現させないためには、こういう作品が効果的なんじゃないかと感じました。
 この作品には、そういう性悪説に基づいた狙いもあるんじゃないかと、勝手に思っています。そう考えると、この映画はとても健全で、全うな作品なのかもしれません。そう思わない人がほとんどだろうけど。


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