映画『LAMB/ラム』感想 シュルレアリズム・コント作品
ホラー要素よりも、笑い要素の方が多い作品だと思います。映画『LAMB/ラム』感想です。
ヴァルディミール・ヨハンソンの、映画監督として初長編デビュー作となる作品。配給会社は「A24」ということで、『ミッドサマー』が受けた層に猛アピールするプロモ―ションもあり、まんまと観に行ってしまいました。
『ミッドサマー』系列であることを強調した宣伝なので、ホラー映画の印象になっていますが、観た感想としてはそれほど恐怖を描いたものではありませんでした。どちらかというと、神話・寓話的で、シュルレアリズム美術のような世界観と感じました。
まず、冒頭の羊たちが何かに怯える場面が素晴らしいものになっています。どうやって演技指導したのかというくらい、羊たちのリアクション、行動、表情に至るまで、何か異常なことが起きているという状況を、雄弁に語ってくれているシーンになっています。CGやアニメでもないのに、こんなに表情やリアクション豊かな動物は、他の映画作品にはまず無いと思います。
その表情や行動のわかりやすさで雄弁さを持つ動物たちに対して、登場する人間たちは、ほとんど喋って説明するということがありません。そもそも主要人物も夫婦である2人と、夫イングヴァルの弟であるペートゥル(ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン)の3人のみというのもありますが、人間の台詞がかなり少ないという点も、動物たちとの対比になっているように感じられます。
この作品の不穏な空気、不気味な雰囲気の象徴が、生まれ落ちるアダちゃんなんですけど、この見せ方も巧いですね。羊の顔部分のみだけしか見せず、夫婦のみが羊ではない部分を認識している状態にしておきながら、何の前触れもなく顔以外の部分をチラッと映すことで、観客をギョッとさせる効果があります。
これによって観客には不穏さがより強調されていくんですけど、それと反比例するように、夫婦の生活はアダちゃんの出現で平穏で幸せなものになっていくのも、本作の特徴ですね。夫婦も、戸惑いの表情は見せるものの、捨て子でも拾って育てているくらいの違和感しかなく、「人ならざるもの」という認識はまるでありません。
外部からやって来るペートゥルが、アダちゃんと対面した時に戸惑いを見せるので、この異常な幸せを壊す因子になるのかと思いきや、あっさりとアダちゃんを親戚の子どもとして受け入れていく展開も、肩透かし的に笑えるものになっています。
異常な事態を作中では誰も気にせず、観客だけに異様さを感じさせるという世界観は、ダウンタウン松本人志のコント作品とよく似ているところがあると思います。そういう意味で、この羊人間のアダちゃんの設定は、「ごっつええ感じ」の名作コントにして、ダウンタウンの最高傑作の一つ「トカゲのおっさん」と全く同じコンセプトになっているんですよね。
ペートゥルがアダちゃんに地面の牧草を食べさせてイングヴァルにめちゃくちゃキレられる場面とか、松ちゃんも考えそうなシーンですよね。正直声出さずに爆笑してしまいました。
作中の不穏で異様な状況を受け入れている人間たちがボケだとすると、ツッコミは誰かと考えた時、きちんと怯えや畏怖の表情を見せる動物たちという答えになってきます。そして、アダちゃんが成長するにつれて、鏡で自分の顔を見つめる場面は、人間とは違う立場を認識し始めている姿になっています。すると、アダちゃんも人間たちのボケ側ではなく、動物たちと同じくツッコミ側という構図にもなっていて、面白いですね。
おとぎ話や神話のような雰囲気を感じさせますが、特にそういう伝承があるわけではなく、監督と脚本家によるオリジナル作品だそうです。けれど、冒頭での受胎と思われる場面がクリスマスの日という点や、マリアという名前、イングヴァルとペートゥルの兄弟が「カインとアベル」という風に、聖書や神話を感じさせるものになっています。
何よりもラストのわかりやす過ぎるほどわかりやすい、因果応報を描く終わらせ方も、おとぎ話のようなシンプルさですね。現代のCG技術があるから、コントにならずに済んでいますが、ひと昔前なら、かなりB級なラストになっていたと思います。
今作がどういうメッセージ性を持っていたかということは、正直あまり確実なものが読み取れませんでした。ほとんど説明をしていないのは、余白を与えて自由な印象で考察をすべしということだと思いますが、個人的にはメッセージ性よりも、やはり羊人間のアダちゃんの姿が画として先にあり、それを撮るために物語を創ったのではないかと推察しています。
ホラーとして期待すると違うかもしれませんが、設定だけが異質なホームドラマ、コメディとして観るなら、良い意味でとても変な映画で面白いものになっています。
ひょっとして、松本人志が映画監督として目指すべきはこの作品だったんじゃないかと、無駄な空想をしてしまいました。
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