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映画『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』感想 幼年期の終わり(の始まり)

 感想書き始めたときに、髙石あかりさんがNHK朝ドラ『ばけばけ』のヒロインに抜擢されたとのニュース。何とめでたいことか。それも納得のシリーズ最高傑作でした。映画『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』感想です。

 殺し屋協会に属するプロの殺し屋コンビ、杉本ちさと(髙石あかり)と深川まひろ(伊澤彩織)は、出張の殺しで宮崎県へ来ていた。早々に仕事を1つ片付け、バカンスにふける2人だが、ちさとはまひろが20歳の誕生日を迎えることを思い出す。何の準備もしていなかったちさとだが、残りの1件の殺しを済ませて、まひろを祝うことを決意する。
 ターゲットがいる宮崎県庁へ向かった2人は、そこで謎の男がターゲットの松浦(かいばしら)に銃を向けている場面に出くわす。その男は、150人殺しを目前にした、協会に属さない「野良」の殺し屋・冬村かえで(池松壮亮)。同じ獲物を狙い、ちさと・まひろ、冬村は激しい攻防となるが、銃も格闘も超一流の冬村に、2人は追い詰められる…という物語。

 阪元裕吾監督の出世作であり、邦画アクションの最高地点を上げた『ベビわる』シリーズの最新作。『ベイビーわるきゅーれ』『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』に続く第3弾で、公開と同時期にテレ東深夜枠で『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ』も放送されており、その人気は大きく広まっています。
 
 ちさととまひろのキャラ造形の強みがあるため、本筋の殺し屋アクションだけでなく、日常だけでも観たくなる魅力があるし、実際『2ベイビー』はその日常の割合が大きい作品だったのですが、ドラマの『エブリデイ』でその部分を吐き出して、本作の『ナイスデイズ』では、きっちりと殺し屋アクションを魅せるという役割分担をしている構成になっています。
 そしてアクション映画としての本作は、シリーズ最高傑作というのは当然として、マジで邦画アクションの最高傑作と評価して良いんじゃないでしょうか。ちょっとレベルが3ケタくらい違う面白さでした。
 元々アクションとしての素晴らしさがシリーズの売りでしたが、今作はズバ抜けて凄まじい出来になっています。伊澤彩織さんの格闘術に続き、髙石あかりさんのアクションもキレッキレで、1作目と比較すると、相当の鍛錬を重ねた賜物という、感慨深いものがこみ上げてきます。
 
 その2人の実力を最大限に引き出すのが冬村かえでを演じる池松壮亮さんの存在ですよね。演技が上手いのは、もう広く知られている実力派でしたが、アクションでもここまでのことが出来るとは、非常に驚かされました。『シン・仮面ライダー』でこれを引き出せなかったのは、ちょっと致命的だったんじゃないでしょうか。結果として『ベビわる』でその魅力が発揮されることになったので本当に良かったと思います。
 
 冬村のキャラ造形も、主人公2人に劣らず、インパクトの大きいものになっています。特に、日々の殺人の記録と反省を綴ったノートというアイテムが、殺人鬼映画の常套句的な使い方、だけど謎の男の内面を端的に説明するのに、これ以上ない効率の良い使い方になっていると思います。それでいて、ちさと・まひろの2人と同じく、殺し以外の部分のポンコツさがキャラとして際立つものになっていて、人間味を感じさせつつ、それが故の怖さを強調するキャラクターになっています。先日鑑賞した『ぼくのお日さま』でのコーチを同じ人が演じているとはとても思えないですよね。凄まじい演技の幅を見せつけてくるという意味で、池松壮亮さんの怖ろしさも感じられるものになっています。
 
 序盤のファーストバトルからして、素晴らしいクライマックスの連続になっています。ここでの、ハンドガンの銃撃が中距離では簡単には当たらないから、近距離で多用するという格闘込みのガンアクションが凄まじく理に適っているし、それが故の「殺し合い」を観ているという感覚がゾクゾクするんですよね。実力が拮抗しあっているというバランスまで、画面で観て伝わるものだし、何よりも「殺陣」としての美しさがあると思います。昔の時代劇映画の楽しみ方を、現代版の別の形として蘇らせたものに感じられました。
 
 そして、殺し屋アクションとは真逆の魅力が、ちさと・まひろコンビが社会に折り合えず悪戦苦闘するコメディパートなわけですが、ドラマの方にそちらを割いているとはいえ、しっかりと本作でもその部分は活かされています。
 2人が苦手な社会性部分で立ちはだかるのが、前田敦子さん演じる入鹿みなみで、お局的な先輩殺し屋として、本来のコンセプトである「殺し屋おしごと物語」という部分をしっかりと継承しています。
 
 ただ、これまでの殺し以外は本当にポンコツだった2人が、ちゃんと成長して見えるのが、以前とは確実に時間が進んでいることを感じさせます。チームとして共闘する中で、入鹿とも絆が生まれるのは当然の展開ですが、折り合いの付け方もきちんとしたものになっています(それでいて我慢して自我を曲げているわけでもないし)。
 ドラマ版でもまひろのためにちさとが豚汁や親子丼を振る舞うシーンがありましたが、あんんなに汚いものの食い方をしていた若者が、ここまで成長したかと思うと、何かちょっとこみ上げてくるものがありました。
 
 これまでのちさと・まひろとは確実に思考にも変化があるように思えるんですよね。前作『2ベイビー』でのクライマックスバトルの前には、死を覚悟しているかのような会話があったのに対して、今回のラストバトル前では、まひろが死を想定した言葉を投げかけた後に、ちさとがそれを全力で否定する場面があります。プロの仕事として死も覚悟をした殺し合いから、2人で生き延びるための殺し合いという風に変化しているようにも取れる場面になっています。
 そして、実際その後の冬村かえでとのクライマックスで、壮絶な殺し合い(マジでずっと呼吸が出来ないかのような緊迫感)の際にも、まひろを殺させまいとするちさとが印象に残ります。
 2人の関係性も、かなり変わってきているように感じられます。バディとしての絆→バディ感のある親友と来て、今回はかなり明確に「百合的な関係」へと変化していますね。
 
 これまでは、時たま生死の攻防を生業とする2人のキャラが、終わらないゆるい日常を過ごす作品という印象だったんですけど、本作では時間が前に進み、ゆるく穏やかな日常は続いているけれど、そこには限りがあるものとして描き始めているように思えます。
 同時期に公開されていた『犯罪都市』シリーズなんかは、確実に同じように続く日々のままで何作も繰り返していくタイプになっていて、『ベビわる』もそう見えていたのですが、本作でそれとは決定的に違うものになっていくことを感じさせました。
 
 そして今回、冬村かえでという、最強クラスのキャラを出したことも、バトルものとしてもただパターンを繰り返すものするつもりはないとした意図があるように感じられます。これ以上強いキャラを出そうとすると、バトル漫画のインフレ状態になるので、ここで最強のラインを引いて、その前後付近で特徴ある敵を作ろうとしているのではないかと、勝手に予想しています。
 ちさと・まひろが対峙する相手と合わせ鏡になっているのは、前作の敵である神村兄弟からそうでしたが、今作でもまひろのあり得たかもしれない姿として冬村を登場させています。そして、それがちさとの存在がいかに重要であるかを強調するものになっているんですよね。キャラクター物語として、元々相当な面白さでしたが、いよいよ連載漫画が佳境に入ったような、神がかった作劇になっているように感じられます。
 
 池松壮亮さんの演技は何度も言うように素晴らしいものですが、伊澤彩織さんの演技もどんどん良くなっています。そして今作での髙石あかりさん、本当に素晴らしいんですよね。コメディパートの変顔も、アクションと同じくらいキレッキレだし、何といってもラストバトルでの、本気の殺意ある眼のひん剥き方とか、最高ですね。ここでの殺意ある眼が、前半で入鹿を殺したいと話していた時の眼と、ちゃんと同じなんですよね。ここで、あの時のコメディ部分での殺意も本気だったんだとわかるようになっていて、整合性が取れることで思い出し笑いになっています。
 
 いやー、序盤からラストまで本当に面白くて、ずっと泣きそうになってしまいました。変化が見られ始めたということで、これでラストではなく、まだ続くのでしょうが(そもそもドラマの『エブリデイ』は、本作よりも時系列としては後日のようだし)、ちゃんと終わりに向かっていきそうな感じがあるので、完結までしっかりと見届けたいと思います。本当に楽しみなシリーズ作品です。


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