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映画『バービー』感想 知性溢れるアイロニー映画の傑作

 きちんとした社会派メッセージを皮肉で叩きこまれつつ、爆笑できる娯楽作品。映画『バービー』感想です。

 世界中で愛されているファッションドール「バービー」。そのバービー人形たちが暮らす夢の世界「バービーランド」では、今まで生み出された様々なバービーたちと、そのボーイフレンドであるケンたちが、永遠にハッピーな毎日を過ごしている。だが、ある日、定型のバービー(マーゴット・ロビー)は、いつの間にか「死」について思いを巡らしており、ヒールを履くための踵が上がった足はベタ足に変化、肌にセルライトが出来ているなど、異様な変化が身に起きている事に気付く。
 現実世界でのバービー人形の持ち主に何かが起きているのが原因と知ったバービーは、ボーイフレンドのただのケン(ライアン・ゴズリング)と共に人間世界へ向かう。ロサンゼルスへたどり着いたバービーたちは、人間の世界が「バービーランド」とは真逆の男性優位社会となっていることに驚く…という物語。

 『レディ・バード』『ストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語』で知られるグレタ・ガーウィグによる最新監督作品。企画自体はマーゴット・ロビーがプロデュースとして名を連ね、様々なキャスティング案を経た結果、本人が主演を務めることになったそうです。
 
 予告編を観た段階では、あまり観る気もしないコメディ映画くらいな印象だったんですよね。そもそも子どものころからバービー人形は何かリアル過ぎて怖いと思っていて、マーゴット・ロビーとライアン・ゴズリングの見た目も100%それを再現していたので、ちょっと敬遠しておりました。
 ところが本国で公開されると爆発的なヒットとなっていて、しかもジェンダー問題、フェミニズムについての姿勢を散りばめた超社会派諷刺映画という評判を聞いて、自分のアンテナが錆びついているのかもと思わせられました。
 
 まず公開前に、SNSで炎上してしまった「Barbenheimerバーベンハイマー騒動」について触れておきますと、公式アカウントの担当者が日本にとっての原爆がどういう存在であるかを理解していないという(というかアメリカが全体的にそうなのでしょうが)、その事実自体は悲しいことではあります。ただ、作品そのもののテーマは全く別物なので、自分としては真っ新な気持ちで観て楽しむことは出来ました。というか、今年公開映画の中でもかなりの傑作部類になると思います。
 
 全体的には、おバカコメディ映画という雰囲気ですが、かなり諷刺が込められており、知性のレベルが相当高く感じられます。おバカコメディといっても、人形世界の美術は相当作り込んでいるし、デュア・リパ(マーメイドのバービー役としても出演)の『Dance The Night』に合わせて踊るパーティーシーンも、楽しくてカッコいいMVになっており、こういうセンスの良さが流石アメリカというものになっています。
 それでいて、ただの楽しい、カワイイで終わらず、痛烈な現代社会への皮肉を盛り込んでいるのが、痛快でありつつ、男性の立場でもある自分としては改めて自覚と反省を促されるメッセージになっているんですよね。
 
 バービーランドと現実社会の対比という構造も秀逸ですが、そのギャップに驚くバービーたちのリアクションも素晴らしい演技ですね。人形的でどこか気味悪さもある口角の上がったマーゴット・ロビーの顔が、どんどん様々な感情で歪んでいくのは、後の「人間性」を得ていく展開とも合致していて、脚本と演技がきちんとリンクしている表現になっています。
 ケンが、現実世界の男性優位社会に感化され、バービーランドを現実と同じ男性優位社会に洗脳してしまうという展開は、一見するとケン(=男性)を悪役であるようにも見えますが、それ以前の女性優位社会であるバービーランドが、現実社会の鏡になっていて、ケンがマッチョイズムに目覚める姿は、行き過ぎたフェミニズムの姿とも捉えることが出来ると思います。
 
 一応、ケンが打ち立てた男性優位社会を元の「バービーランド」に戻すための奔走がメインとなっていますが、決してバービーランドの女性優位社会を理想郷としているわけではないと思うんですよね。序盤の楽しいガールズパーティーも、毎晩繰り返されているというのは、ある意味地獄にも思えますし、先述した笑顔の気味悪さもそこからくるもののように感じられます。
 ケンが、フェミニズム大作戦みたいな感じで打ちのめされてしまうので、悪役のような損な役回りではありますが、決して男性そのものの否定まではしてないし、決して女性支配社会になれば解決という話でもないと思います。
 
 あくまで「バービーランド」を救うということがメインとなっているので、現実社会をどういう在り方にすべきという答えは出していないようにも思えますが、そこは現実的にもまだ正解を生み出せていない状況というものをよく理解して書かれた脚本に思えます。その糸口として、人間性が生まれた定型のバービーが選択した道が、そこに繋がるようにも思えるんですよね。
 
 フェミニズムを描いたコメディということで、男性からすると苦笑の連続となってしまうシーンのオンパレードです。マッチョイズムを毛嫌いする自分は、フェミニズムに同調することが多かったんですけど、『ゴッドファーザー』を薦めるケン、ペイブメントのボーカルであるスティーヴン・マルクマスのルーツを語るケンなど、今作での「文系マッチョイズム」にまで皮肉をぶちまけているのには参りました。心当たりありすぎて、心に百裂拳連打されたような気持ちです。ただ、女性目線からだと、女性への皮肉に気付く部分もあるように思えます。フェミニズムに上っ面程度でも理解がある人ほど、刺さるように出来ているのかもしれません。大統領の写真がトランプとかではなくクリントンというのも、ある程度リベラルな男性の奥底にも「有害な男らしさ」が隠れているというメッセージに思えます(トランプだとただの完全なヒールになってしまうし)。
 
 マーゴット・ロビーも名演ですが、今作のライアン・ゴズリングの繊細さと情けなさは素晴らしい演技でしたね。「モジョ・ドージョー・カサハウス」をしつこく連呼するシーンとか爆笑ものでした。『ドライブ』で知ってから、そこを超える演技は無かった俳優だったんですけど、一気に評価爆上がりでした。娘が砂場で遊んでいる時、ケンの人形が雑な扱われ方をしていたので、こいつの役を引き受けようと決めたというエピソードも最高ですね。
 
 アメリカ文化やバービー人形の知識などがあると、もっと楽しめる小ネタがありそうですね。炎上騒動もあり、海外と比較すると日本ではそれほどヒットしていないようですが、間違いなく今年を振り返る時に思い出される傑作であると思います。


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